1-2 新妻
「男女の営みがどんなことか、あなたは知らないでしょう?
それはあちらの皇太子もたぶん同じ。
母妃の口から出た言葉が、『男女の営み』とは…。
そっと部屋に置かれていた、その方法を書かれた本はさりげなく読んでいたが、あからさまな表記は出てこないので、夫になる人に任せておけば良いと思っていた。
「…一度だけなら、分からないと思うの。後は
そう言って、母は部屋を出ていった。
侍女の佳玉は、二人だけになるとこういった。
「王妃さまが…、姫さまが望む相手がいるなら、あちらの国に行く前に手ほどきしてもらえ、とおっしゃいました」
遠回しな言い方ではあるが、それは千慧里の想像を超えていた。
生まれた時から千慧里の傍で見守ってきた佳玉は、母の五つ下で千慧里にとっては最も頼りになる存在だ。
嫁ぎ先へも一緒に行くことになっている。
「姫さまの月のものの巡りは、私が承知しています。
お子が授かる可能性の低い日を設定すれば、一度くらいなら、そういうことをされてもたぶん、あちらの皇太子さまには気づかれないと思います。姫さまが気をつければですが…」
そう言われて、思い浮かぶ顔があった。
「ただ、
「…お母さまは、相手は誰なら良いと言われたの?」
頭に浮かぶ顔が、それを許される相手かどうかを確かめたくて、千慧里は佳玉の言葉に被せて聞いた。
「姫さまか正妃さまの御殿に関わる者で、あちらの国にはお連れにならない者から選べと。
あまり若くても、年を取っていてもいけないし、本人の口が堅くなければなりません。
名前をおっしゃっていただければ、さりげなく様子を見ておきます」
千慧里は少し考えた末、ひとりの男の名を、そっと佳玉に告げた。
その日、千慧里は王宮の別荘の一つである
いつもの彼女の
霊山荘は、山から流れ出た水を湛えた湖の畔にあって、宮殿からそれほど離れておらず、日帰りの足休めとしても使われていたし、宮殿で働く者の多くが、婚儀の準備やその後の彼女の生活に必要な物を整えるのに追われていて、不思議に思う者もいなかったようだ。
残り少ない自国での日々を楽しむ、という名目で、それ以前からあちらこちらと出かけていたせいもあった。
明るいうちは水辺や別荘の周辺を散策し、湯殿で汗を流した後、軽く夕飯を食べると、千慧里は佳玉に言われるままに、客間のひとつに入った。
避暑地ということもあって、万事がゆるやかなこの別荘は、床に薄縁を引いて直接座る形式で、その部屋には丸い卓に、酒といくつかの小鉢が用意されていた。
部屋の中央に立てられた背の低い屏風の後ろには、すでに赤い絹に包まれた夫婦布団が引かれている。
自分でも、この先どうなるか分からない状況の中、卓の前にぽつんと座り、何かが起こるのを待つしか無かった。
しばらくすると廊下に足音がして、扉がさっと開いた。
ひとりの男が押し込められるように中に入れられ、外から鍵の掛かる音がする。
…あの扉に鍵なんて付いていたかしら?
そんなことを考えていると、入ってきた男がそこへ座り込んだ。
目の前にいる千慧里を見ると、驚き、怯えたような表情になる。
「…王妃さまに言われて、荷物を運んできたのです。ひと休みしていけ、と佳玉さまに酒を飲まされ、帰ろうとすると」
自分がここにいる理由を必死で言いつのる。
「ここにおいでになる方に、大事なことをお教えしろと…」
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