三章

異世界就活

「はぁ……。食べ過ぎたなぁ、完全に」

 朝食を終えてからシャワーを浴びて、それから用意されていた新しい服に着替えた俺は、役所の椅子に座りながら膨らんでしまったお腹を擦っていた。

 朝から随分と食べてしまった。昨夜の夕食を抜かしてしまったことを考えても完全に食べすぎだ。まあそれだけメイヤーさんの朝食が美味しかったのだから仕方ないし、それに過ぎたことは仕方ないと俺は自分に言い聞かせる。

「……そう言えば、あの人は何の種族なんだろ」

 シルフィーさんが来客対応中だから少し待ってほしいと言ってきた、赤髪の男性職員の姿を俺は眺めながら呟く。別に男を眺める趣味はないのだが、待っていてと言われた以上は周りの様子を伺うくらいしかやることがない。更に言えば、外見が普通の人間でもなにかの種族なのだろうかと気になってしまうのだ。

「うーん、なんだろう。エルフ……って感じじゃないんだよなぁ。どっちかと言えば髪型とかがライオンとか、そういう獣っぽい気もするし……」

 テキパキと客対応をする姿はどう見ても人間と変わらない。ただその身のこなしと言うか、雰囲気がどこか獣っぽい気がするのだ。

「……まあ、考えてても仕方ないか」

 見たところ昨日みたいな列は出来ていないみたいだが、それでも来客はひっきりなしに続いている。単に何かの書類を渡して帰っていく人もいれば、込み入った相談なのか面接室に案内されている人がいるのは、日本の福祉事務所と変わらない。

 ただその誰もが異種族であること以外は、だけど。

「あのー、収入申告に来たんですけど」

「収入申告ですね。ではこちらの用紙に記入をお願いします。仕事の内容は……」

「販売店のアルバイトです。小人小道具店の……」

「ああ、あのお店ですね。だとしたら給料日は昨日ですか?」

 今もまた、手慣れた様子で対応をしているのは、先程の赤髪の職員。そして彼が対応しているのは、どこか見覚えのある民族調の衣装に蓮の葉を携えた小人だった。その呼び名そのままかは分からないが、強いて言うならコロポックルという妖精に似ている。

「……あれ、腰痛そうだなぁ」

 子供にそうするみたいに、赤髪の職員は腰を落として小人の来客に対応している。彼がもしもただの人間だとしたら、あの体勢は相当腰に来るはずだ。しかし苦しそうな表情一つ見せず、爽やかでありつつも絶妙にラフな接客をこなしている。

 そんな彼やその周りの来客者を眺めながら、うちの事務所にもあんな先輩が居たなぁ。なんてことを俺がボンヤリと考えていると、

「すまない、待たせたかな? よかった、ちゃんと来られたんだね」

 柔らかくて優しそうな、それでいて心無しか弾んでいる声が後ろから聞こえてきて。俺は慌てて立ち上がってから振り返った。

「あ……。お、おはようございます、シルフィーさん」

「ふふっ、おはよう。そんなに慌てなくても私は逃げないよ。昨夜はよく寝られたかい? この街で初めて過ごす夜が、君にとって幸せな夜だったならいいのだけれど」

 前の接客が終わってから急いで来てくれたのだろう。真っ白い頬は微かに上気していて、そしてその瞳は楽しそうに細められている。

「まあその、おかげさまで。気持ちよく寝すぎて、夕飯を食べ損ねたくらいです」

 その美貌に見とれて吃りかけた言葉を、俺はなんとか強引に口にする。コミュ障にも維持くらいはあるのだ。まあ、仕事で接する人だからなんとかなっている節はあるけど。

「夕食を? おや、それはもったいないことをしたね。メイヤーの作る食事は本当に美味しいというのに」

「はは、朝に十分実感しました。まさかあんなに美味しいとは思わなかったけど」

「そうだろう? 私も初めて彼女の食事を食べた時は、心から感動したものだ。だけどそうか……夕食の時間に君を起こさなかったんだね、メイヤーは」

 シルフィーさんはどこか感慨深くそう呟く。それからこっちだ、とシルフィーさんは歩き始めて、俺もそれに従いながら首をかしげる。

「ええ、まあ……。朝はニシキさんに起こされたんですけど……」

 そんなに珍しいことなのだろうか。

「いやなに、メイヤーは自分の作った夕食が無駄になることが何よりも嫌いでね。だけどそれを堪えてでも、疲れ切った君を起こさないでくれたのが嬉しかったのさ。気遣いができるようになったんだな……とね」

「……なるほど。でも、それなら尚更悪いことを……」

「いや、疲れ切っていたんだし仕方ないよ。それに彼女のことだ、きっと保存が効くものは今日の夕食にでも持ち越しているだろう。ニシキが居たのなら、痛み易いものを中心に献立を組み立てても、問題なく食べてくれるだろうしね」

 なんて主婦力の高いメイドだ。あんなに気怠そうにしておいて、室内の掃除も料理も全部こなしているなんて、もう普通に物凄い有能なのではないだろうか。

 ……あとニシキさんはシルフィーさんにすら、大食いだと思われているのか。まあ確かに女性にしてはたくさん食べていた気はするけれど、少しだけ可哀想な気がしないでもない。

「まあそれならいいんですけど……。でも帰ったら改めて謝っておきますよ。少しは食材も無駄になってしまってるかもしれませんし」

「ふふ、ユウトは真面目だね。それに人を気遣える優しさも持っている、と。……いよいよ本当に私達と一緒に働いて欲しくなるよ」

「それは、その……とりあえずは遠慮しておくということで」

 昨日よりは少しは冷静に、俺はお断りを入れておく。一晩経って冷静になっても、やはり福祉関係の仕事をする気にはどうしてもなれなかった。

「ふぅ……また振られてしまったか。まあ仕方ない、また折を見て誘わせてもらうとしよう。それくらいはいいだろう?」

「ええ、まあ。気が変わることもあるかもしれませんしね」

 今の所は自分の気が変わるとは思えないのだが、彼女が心からの善意で誘ってくれていることは分かるだけに無下に断ることも出来ない。それに正直、シルフィーさんみたいな人に仕事に誘ってもらえる事自体は嬉しいのだ。

「ふふっ、ならそれに期待しておくとしよう……かなっ、と」

 面接室に入ったシルフィーさんは、例の如く机と壁の間にお尻を支えながら机の向こう側に座る。いちいち目の毒だと思っているし、じっと視線を送らないように苦労しているけれど、俺がシルフィーさんに特別に邪な心を抱いているわけはないと断固主張したい。

 むしろ出来るだけ触れないようにして、出来るだけ見ないようにしているだけ紳士的だと思う。……チラチラと視線がいくのは、もう条件反射みたいなものだ。

「コホン。それでは本題に戻して……と言っても全く別の話というわけではないけれど。君の仕事探しについてだ」

「あ、はい」

 シルフィーさんは軽く咳払いをしてから、にこやかな笑みを浮かべながら話し始めた。それに俺はピンク色な方向に行きかけていた脳内を、なんとか頭を振ってもとに戻す。シルフィーさんの表情こそ柔らかいけれど、これが真剣な話だということくらいは俺にも分かる。

「この街に来たばかりで、いきなり自分で仕事探しをするのは難しいと思う。人を募集していますと言って回っているお店だけではないからね。だから君には、ひとまず私達が集めた求人に応募してもらおうと思うんだ」

 正確には、別の部署の役人が集めたものだけどね、と彼女は補足してくれる。

 まあなんとなく想像していたことではある。これだけ福祉が充実している国だ。まず間違いなく、職業安定所のようなものはあるだろうとは思っていた。

 そもそも、こんなに沢山の種族が居る街なのだ。種族ごとに生活様式も違うし、価値観だってバラバラ。それがこうして秩序だって平和に共存しているのが、まずもって奇跡みたいなもの。だとしたらその奇跡を成立させるため、福祉と同様に仕事に関しても取り仕切りをする人が居ると考えるのが妥当だろう。

「俺みたいに生活に困ってる人向けの求人……ってことですか?」

「まあ、端的に言ってしまえばそうなるね。高度な技術が要らない仕事が集まっている代わりに、割がいいものばかりとは言い難いし大変な仕事も少なくはない。だけど本当に危ない仕事や、不当な搾取をしてくるような仕事もないと保証しよう」

「……なるほど、本当にハローワークみたいな感じなのか。って言うことは、仕事をし始めた後のサポートなんかもあるんですかね?」

 俺みたいにこの世界のことを何も知らない人間にとっては、仕事をし始めた後の方が怖い。働いていく中で生じた疑問に、仕事の外で質問できる相手が俺には必要なのだ。

「ああ、もちろんだとも。少なくとも君の仕事が安定するまでは、私が君を見放すことはないと約束するよ」

「よかった、助かります。正直、この国の常識もなにもないので、働くのが少し不安で……」

 溢れてしまう弱気を少しでも隠すように、俺は苦笑しながらそう言った。俺にとって、この世界の全てが未知数だ。やたらと日本に似ている部分があると言っても、町中を歩けばどんな特性を持っているのか分からない異種族だらけ。

 シルフィーさんにしたって、エルフの中では常識とされていることがきっとあって、俺はそれを何一つとして知らないのだ。だからこそ、弱音を情けない苦笑なんかで覆い隠そうとしている。

 だけど彼女はそんな俺の顔を見て、悲しげな顔をするでも嫌そうな顔をするでもなく。ただ優しく微笑んでくれた。

「君はまだ、この街に来てまだ一日しか経っていないんだ……無理もないさ。だが、どうか安心して欲しい。君が知らないことは私が教えよう。君が不安な時は私が支えよう。そして君が嬉しい時は、一緒に喜ばせてくれ」

 彼女はそう言ってから、一瞬だけ考え込むように視線を持ち上げる。それからほんの一呼吸の間をおいて

「……それに言っただろう? 私の友人であるノスリの友人なら、君も私にとっては友同然だとね。私は訳も分からず困っている友人を見捨てるほど、薄情なエルフではないつもりだよ?」

 それくらいは分かってくれているだろう? とでも言うように、茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべてそう言った。

「……ありがとうございます。なんていうか、だいぶ気が楽になりました」

 不安が完全が綺麗サッパリ消えてくれたわけではない。そんな都合のいいことは最初から期待していない。だけどそれでも、シルフィーさんの言葉とそして態度に、俺は間違いなく救われていた。

「ふふっ、それなら重畳だ。ではさっそく仕事の紹介に移ってもいいかな? 恐らくどんな仕事があるかも、君はまだ分からないだろうからね」

「そうですね、助かります」

 軽く俺が頭を下げると、シルフィーさんは「いやいや」と変わらない口調で言ってくれる。それから彼女は居住まいを正して、まるで教師のように人差し指を建ててから話し始める。

「それではひとまず、この街について話しておこうかな。確か……この街が多種族共生を謳って作られた街だということは覚えているかな?」

「それは、はい。確か共生都市エッセ・ウーナ……ですよね」

「ああ、そうだ。君もこの街を歩いていれば分かっているとは思うけれど、この街には本当に様々な種族が暮らしている。だからこそ、仕事も多種多様なものが存在しているんだ」

 例えば……と。シルフィーさんはそう言って、手元にあった書類の束から一枚の紙を取り出した。

「これは、この街にある商店の求人だ。業務内容自体はそれほど難しいものではない、商品の売り買いや管理を行う接客が主なもの。恐らくは、君なら問題なくこなせる仕事内容だろう。だが……ここを見てくれ」

 彼女がその細い指を立てた部分に書かれている文字に俺は視線を送る。そこに書かれていたのは、注意を促しているであろう※印とそして、

「なお、身長一メートル以下の方に限ります……?」

 そんな募集の条件が、ハッキリと書かれていた。

「これって、もしかして──」

「ああ、恐らくは君の想像通りだよ。ここはノームやドワーフ、それからフェアリーなどの背丈の小さな種族が中心に経営しているお店でね。店舗自体は様々な種族に対応出来るようになっているが、裏側はどうしても小人が使いやすいような設計になってしまっている」

「……なるほど。これが、様々な種族がいる街の特色なんですね。店員に求められるのがスキルだけでなく、種族的な適性も必要になってくる……と」

 努力ではどうしようもない種族差。生まれ持った性質による違い。同じ人間という種族で統一されていた世界にも、身長や性別や才能の壁は存在した。だがこの世界には、種族の差というものがそこに加わるのだろう。

「そうだ。これは一例に過ぎないけれど、種族の差で就労のしやすい仕事が分かれるのは確かなんだよ。逆に背の高い種族でないと就けない仕事もあるし、魔導に関わるスキルさえあれば構わないという仕事もあるけれどね」

「種族の差ではあるけれど、優劣ではない……ってことですよね。ならヒューマンに出来る仕事も……」

「ああ、もちろん存在するとも。種族差はあくまで差であって優劣ではない。どんな種族にも適した仕事があり、そしてこの街でなら必ずそれが見つかる。それが例え、器用貧乏と言われるヒューマンでもね」

「そう言ってもらえると頼りに……え、ヒューマンって器用貧乏なんですか?」

 なんだかいい話風だったのに、俺は思わず素に戻って顔を上げてしまう。器用貧乏……少なくともあまりいい意味ではない。と言うか、明らかにシルフィーさんもいい意味では使っていなかったと思う。

「へっ? ……あっ、えーっと、その……」

 だがそんな俺の、きっと情けない目線を受けたシルフィーさんは、頬を紅潮させて彼女にしては珍しい素っ頓狂な声を上げた。

「ち、違うんだこれは。そういう意味ではなくて……。す、少なくとも私は君のことを素敵な人だと思っている。ほ、本当だよ? お願いだ、信じて欲しい」

「シルフィーさんのことは信じてますよ、こんなに良くしてもらっているんですし」

「そ、そうかい? それなら──」

「でもやっぱり、ヒューマンは器用貧乏なんですね」

「うっ……それは、その……」

 言葉を詰まらせて、シルフィーさんは気まずそうに目を逸らす。どこかいつも落ち着いている雰囲気を纏っているだけに、こうして慌てているシルフィーさんはギャップが凄い。素直に言って、めちゃくちゃ可愛い。

「やっぱり……。そうですよね。空を飛べるわけでも、魔法を操れるわけでも、力が強いわけでもないですし……。俺みたいなヒューマンに出来ることなんて……」

「そ、そこまで言ってないだろう……。悪かった、私が悪かったから自分を卑下しないでくれ。それにさっきも言っただろう? この街でならどんな種族にも合った仕事があると。だから君にだってちゃんと──」

 明らかに早口になりながら、シルフィーさんはアワアワと手を動かしながら俺を励ましてくれる。そんな彼女の姿を見てると、つい笑いが堪えきれなくて。

「ぷっ……ははっ。分かりました、分かりましたから落ち着いて下さい」

 俺は申し訳ないと思いつつも、思わず吹き出してしまった。見ればシルフィーさんは一瞬だけポカンとして、何度か瞬きをしてから顔を更に真っ赤にして口を開く。

「なっ──。も、もしかして、私をからかったのかい?」

「いや、すみませんそんなつもりじゃ。ただその、シルフィーさんが物凄い慌てるものだからつい……」

「やっぱりからかってるじゃないか!! 私は本当に心配していたというのに、その気持を弄ぶだなんて……酷いじゃないか」

「うっ、それは……」

 恥ずかしさで林檎のようになっている頬と、澄んだ泉のように潤んだ瞳で、シルフィーさんは上目遣いで俺を非難するように見つめてくる。そのいじらしい仕草に、俺が適切な言葉を口にできるはずもなくて。今度は逆に、俺が言葉に喉を詰まらせてしまう番になっていた。

「もう知らないからなっ。君みたいな酷い人の相談になんて乗ってあげるものか」

 そんな俺の反応をどう思ったのか。シルフィーさんはまるで子供みたいに唇を尖らせて、わざとらしくそっぽを向いてしまった。え、何その仕草、可愛すぎるんですけど……じゃなくて。

「そっ、そこまで!? いやその、今のはちょっとした出来心というか、シルフィーさんが可愛すぎたと言うか……」

「……ほら、また可愛いなんて言ってからかおうとする」

「いや本当に可愛いんですけど!? っていうか俺が言いたいのはそういうことではなくじゃなくてだな。とにかくその……からかってすみませんでした」

 形勢逆転は一瞬。からかう側だったはずの俺は、気が付いたら机の前で頭を下げることになっていた。

 実際、今シルフィーさんに見放されたら俺は終わりだ。親身に相談に乗ってくれる彼女のような存在が俺には必要だし、それに、こんなに親切で優しい彼女に嫌われたくないと思うのは、人間として当然だ。だけどそんな俺の心配は、

「……ふっ、ふふっ……あはははっ。き、君は……ふふっ、本当に素直なんだね」

 頭の上から聞こえてきた笑い声に、文字通り笑い飛ばされていた。

「えーっと……もしかして」

「ああ、冗談に決まっていだろう? 見放さないと約束した舌の根も乾かぬうちに、言葉を翻したりするものか」

「はぁー……よかった。てっきり知らないエルフのタブーでも踏み抜いてしまったのかと……」

 俺は盛大な安堵のため息を吐き出す。彼女の人格を疑っているわけではないが、本来は誰でも知っているであろう種族の地雷も知らないのだ。だけど目の前で、目尻に涙を浮かべるほどに笑っている彼女は、そんな心配が全部杞憂であったと何よりも態度で示してくれている。

「ふふっ、いやすまない、少し慌てさせようと思っただけなんだが、まさか真剣に謝ってくれるなんて思わなくって。まあなんだ、君風に言うのなら、つい……というやつだね。いや、久々にこんなに笑った気がするよ」

 そんな言い方をされたら何も言えない。というかまあ、元々は自分が原因なのだし文句を言うつもりもないけれど。

「ははっ、それじゃこれでおあいこですね」

「ふふっ。そうだな、そうするとしよう。……でもまさか、君が私のことをそんな真剣に必要としてくれていたとはね。それに、その……世辞でも、可愛いと言ってくれたのは嬉しかったよ」

「いや、お世辞じゃないんですけど……まあいいや。それを言うなら俺だって、真剣に心配してくれてたってのは嬉しかったですよ。それに、素敵な人だと思ってるっていうお世辞も」

 これじゃ何から何までお互い様だ。今の言葉が俺の本心なように、きっとシルフィーさんも本心から嫌ではないと言ってくれているのが伝わってくる。それは俺も、素直に嬉しい。

 まあ何故かそのシルフィーさんは、口元を握った手で隠しながら「それは別にお世辞じゃ……」とかモゴモゴと言っていて。俺がその言葉の意味を聞き返そうとする前に、彼女は尖らせていた唇をいつも通りの澄まし顔に戻してしまった。

「いや、なんでもない。それより、ええと……そうだ、ヒューマンが応募出来る求人の話だったね」

 なんだか話を逸らされた気がしないでもないけど、そもそも仕事の話が本題だったと俺は改めてシルフィーさんに向き直る。

「ひとまず予め見つけておいたのが、この求人票だ。私なりに、募集要件と仕事の内容から君に出来るであろう仕事を探してみたんだが……」

 そう言って、彼女は十枚ほどの紙の束をこちらに差し出してきた。軽く内容を見てみると、飲食店での接客や調理の補助、それから販売店や警備の仕事など。俺の世界でもアルバイトと言えば……という内容の求人が並んでいた。

「どうかな? ひとまずそれらなら、募集要件としてヒューマンが弾かれることはないはずだよ」

「ありがとうございます。確かにこの仕事なら、どれも自分でも頑張れば出来そうですね。……ただ、それぞれどんなお店なのかも分からないので……」

 仕事の内容は書いてあるが、肝心のお店がどんなものなのか、店名だけだと想像がつかないのだ。例えばドラゴンエアラインの清掃業務とか言われても、そもそもドラゴンエアラインがなんなのかが分からない。

 エアラインということは空路という意味なのだろうけど、もしかしてドラゴンが人を運ぶのだろうか。

「……ってことは、ドラゴンの掃除?」

「ふふっ、ドラゴンエアラインのことかい? それは竜船の客室清掃だよ。ドラゴンが引く船なんだけれど、大きさもかなりのものだから掃除が大変なんだ。……とまあ、こんな感じで解説していくつもりなんだが」

 それでいいかな? と、シルフィーさんは小さく首を傾げてくれる。それに異議を唱える余地なんて、当然あるはずもなくて。

「お、お願い致します……」

「ああ、謹んでお願いされようじゃないか」

 弾んだ声で笑うシルフィーさんに、俺はもう一度頭を下げることになったのだった。

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