第44話侵入者
この部屋以外静かだった深夜に、ふいに複数の人の声がしたようで耳をそばだてた。走る足音と叫ぶ声と悲鳴が今度ははっきりと聴こえた。
一応ジベルに目を向けるが、疲労と過ぎた快楽で『鷹』の意識は空へと旅立ったままで外の騒ぎも聴こえていない様子。時折思い出したようにピクンピクンと体が動いているのが憐れみを誘う。
ベッドを下りると、外の声は少しずつ近付いているようで緊張が走る。
「何…………?」
ドキドキと鼓動が速くなる。バカな淡い期待が脳裏をよぎるがそんなはずないと直ぐに打ち消す。
様子を探ろうと扉の取っ手に手を掛けた時だった。激しく外側から扉を叩かれてビクッとなった。
「お休みのところ申し訳ありません、主様!」
ピクンピクンしているけどそれ以上反応しないジベル。
「何事ですか?」
代わりに私が問うたことに戸惑う気配があったが、ややあって声が聞こえた。
「そ、それが、侵入者がいる模様でして…………今屋内外を捜索しているところです」
「侵入者?」
私も迷ったが、扉を開けてみることにした。開き戸の隙間から使用人が立っているのが見えた。
「侵入者って?」
「それが……………!」
鈍い音と共に使用人がくずおれる。何が起こったか分からず瞬きしていたら、使用人が立っていた背後に黒ずくめの人間がいるのだと気づいた。
「だ……………」
素早く口を押さえられて、その者が自らの口元に人差し指を付けて静かにするように合図する。
「ふう、見つけられて良かったよ」
目元しか出ていないマスクなので、くぐもった声だが聞き覚えがある気がする。私がじっと観察している間に、男らしき人物はマスクをずらし指笛を鳴らした。鳥の鳴き声のような高い音が響く。
「あ、ロイドさん?」
「や、やあ無事かい?」
後ろめたいのか、ぎこちない様子で笑いかけてきた。
「どうしてここに……………」
「それより『鷹』はいるのか?」
抜き身の剣を携えて、ロイドは私が出てきた部屋に足を踏み入れた。
「………………………うわ」
惨状を目の当たりにして、ロイドは小さく呟いてそっと部屋の扉を閉め直した。
そんな畏れの目で私を見ないで欲しい。
「マナ?」
私達が微妙な気まずさで苦しんでいたら、また男の声が横から聞こえた。振り向くと、やはり黒ずくめの人間。
「…………ノア!」
今度は直ぐに分かった。ズンズンと近付いた彼が私の肩を掴んだ。
「あいつに…………何もされなかったか?酷いことは?」
「大丈夫、平気だよ」
「本当か?」
「本当に」
じっと表情を探るノアの肩を叩き、ロイドがまた部屋の扉を開けた。
「……………………」
見なきゃ良かったといった顔で、ノアが扉を閉めた。
「本当に大丈夫だから、あの、触られたりとかおかしなことは無くて」
「……………マナ」
浮気が見つかったような罪悪感はなぜだろう。
はあ、とノアは深く息を吐いた。
「俺は怒っているんだ」
「ごめん、でもジベルさんに悪戯したつもりはなくて楽しんでたとか少………全然だったから」
「違う、それは……………まあ分かったから。そうじゃなくて、マナがこいつと共謀して俺を置いていったことを怒っているんだ」
鬱陶しげにマスクを取り払い、くしゃりと赤い髪を乱暴に掻き上げた。
「勝手に決めるな。目が覚めてマナがいなくて、俺がどんな気持ちだったか」
「ごめんなさい」
「俺にもマナを守らせてくれ、ちゃんと縋ってくれ」
「うん」
「自己犠牲なんかじゃない」
「うん」
「俺の意思を蔑ろにするな」
「うん」
「もっと俺を」
言い募る彼の体を両腕でギュッと抱き締めると、言葉が途切れた。
「ノア、無事で良かった」
また会えた嬉しさのまま言葉にすると、彼の腕がおずおずと私を囲った。
「……………本当に、怒っているのに」
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