第3話死にかけの奴隷3

シーツを替えた清潔なベッドの上で奴隷は眠り続けて1日が経った。私は今日も仕事を休んで家にいた。目覚めた時、側に誰かがいた方が良いと思ったから。


 お客様には申し訳ないけど、自営業なので気兼ねなく休めるのは楽。




 小鍋に水とご飯を入れて火に掛ける。その下は昔の釜戸の縮小版みたいな造りになっていて、鍋は小さな鉄足の台みたいな物に置く。私の腰辺りに薪をくべる窓があり、結構暖かい。マッチを使うが慣れない時は火を付けるのも一苦労だった。向こうの世界の最近の子はなかなか使う経験無いものね。




 今日の彼用の雑炊は、貧血に効くというチルリという刻んだ薬草に鮭のようなほぐした魚身を加え、塩と胡麻油と醤油のような調味料で味付けをする。




 深皿に注いで小さめのスプーンを添えて部屋に入ってみれば、スウスウと寝息を立てて眠っている。


 ジャックに頼んでサイズの合うネイビー色の寝間着を買ってきてもらい着せている。最初の頃のような悲惨さはない。静かに眠る姿は年相応の青年だし、顔立ちの品の良さは奴隷だとは思えない。


 枕を重ねて頭を高くして、少々冷めるのを待ってからスプーンを口に近付ける。隙間に流すとコクリと飲み下す。噎せないようにゆっくりと時間を掛けて与えていたら、首輪に目がいく。




 前の前の買い主が付けたらしいけれど鍵が無くなっていた。どうしたら外せるんだろう。




 食器を置いて首輪に触ってみる。革ではなく、黒くて硬い金属でできている。喉側に液晶画面のようなパネルが嵌め込まれていて小さな単語らしきものが浮き出ている。なんでこういうところだけ進んでいるのか。




『ΦΛΠΔδΣ』




 うん、読めない。平民は識字率が50%ぐらいだし、私も習う機会がなかった。文字よりも会話をするために言葉を習得することでいっぱいいっぱいだったからね。




「名前かな?」




 パネルに指が触れるとピッと音がした。急に手首を掴まれてハッとしたら、赤い瞳がこちらを睨んでいた。




「あっ!」




 素早く半身を起こした奴隷が、私の首めがけて、もう片方の腕を伸ばそうとする。




「っう!?」




 膝立ちになった瞬間、顔を歪ませた彼はバランスを崩し、私は腕を引かれたままベッドに俯せに倒れる形となってしまった。




「ちょ、何………」




 起き上がろうと手をついたら、すぐ横に同じように倒れた彼が見えた。深い傷のあった足に手をやり茫然としている。たぶん足が痛むと思ってバランスを崩したんだろう。




「まだ痛い?」


「………………………」




 聴こえているのかどうか、自分の手足や顔に触れ確認している。随分経って状態を把握したのか私に目を移すが、訳がわからないといった表情をするばかりで言葉を出そうとしない。




「……………えっとね、治療してみたんだけど」




 驚いているのか訝しげにまじまじと眺められて緊張してきた。ワインレッドの瞳の鋭さに、気まずくなって曖昧な笑いを浮かべたら、馬鹿にしたようにフッと鼻で嗤われた。それから興味を無くしたように腕を組んであさっての方を向いたのには少しムッとした。




「あの、あなた名前は?あ、私は茉奈っていうの。西条茉奈、マナ、マナ……………」


「……………………」


「………………喋れる?」




 隣国とは共通言語だっていうし、通じてるよね?


 顔を窺おうとしたら、肩を押されてポテンとベッドから落ちた。




 なるほど、これはあれだ。『新しい買い主だ?ふざけんな奴隷だからって舐めんじゃねえ。あ?怪我治した?そんなの信用できるかっての?口なんて利いてやらねえ、ばあか』的な?




 私がどんな気持ちで、ここまで手を尽くしたか知りもしないくせに。




「奴隷さん、ちゃんと聞いてくれますかあ?ああ?」




 こっちはあんたのアへ顔まで見てんだぞ、と強気で勢い良く立ち上がったら、奴隷は苦しんでいた。




「え?!」




 首輪のパネルが赤く点滅している。




「ぐ、ぐ……………!」




 体をくの字に折り曲げて痙攣している。自らの肩と胸を押さえている様子は、どうやら電気ショックのようなものが首輪から流れているようだ。




「ど、どどどどれいさん!」




 歯を食い縛り悲鳴を耐えている。きっと初めてじゃないんだ。


 ズキッと胸が痛んだ。




 主人である私を押したから首輪が罰を与えているのだと理解できた。この人は、こうなるって分かってたのに抵抗することを止めないんだ。




「バカ!」




 なんでこんなに電気ショック長いの!心臓に負担掛かるよ。




 人工物には力が使えない。私は歪みそうになる唇を噛み締めて、彼の着衣の下、胸の辺りに両手を滑り込ませた。




「あ?!」




 目を見開く彼に構わず神聖力を流した。痛みを越えて楽になるように祈った。




「うあ?っは、あああああ」




 体を曲げて俯いていた彼は、今度は堪らず顔を上向かせて反るようにしてシーツを目一杯握り締めた。




「あ、ああっ、あっ、ん、く、な、はん、や、やめろ、あああ!んんん!」




 あ、喋った。

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