第31話 跪く
「ここが、お前の仕事場だ」
連れてこられたのは、やけにだだっ広い庭と、いくつかの建物が点在する空間だった。物々しい雰囲気で、甲冑がこすれぶつかり合う音がさざ波のように聞こえる。
「肝要なのは、お主が不死であると悟られぬことじゃ」
隼人の腕力であれば、楽に引きちぎれる縄で彼の腕を拘束し、板の渡り廊下を先導させているのは、六波羅殿と呼ばれる武家の棟梁の腹心である。
帝の乳母父としての六波羅殿と、院政を敷く法皇、それはときに同じ方向を向き、ときにすれ違う。帝という、神話の威光を受く器に、己の意思をより多く注ぎ込みたい。院も公家も考えることは、何十年経ってもあまり変わらない。
同じ色の意思が注がれているうちは、器は割れない。しかし、異なる色の意思ならばーー
「西光を呼べ」
聞き覚えのない声が聞こえた。ここはこの声の主の屋敷なのだろうか、と隼人はグルグル思考する。その割には、家族とは思えない人もぞろぞろと歩いているが、偉いお方とはそういうものなのだろうか。
「は、しかし」
「その者はわしが預かろう。急げ」
部下に用事を申し付け、実質の人払いである。渡り廊下に二人残されて、隼人の腕を縛る縄の端を拾おうともしない。
「さて、お前には生きてもらうぞ」
「? 私は死ねない」
「そうさな。生きて生きて暴れ尽くせ。傷を負ういくさ場ならいくらでも用意しよう」
きょとん、と隼人は彼を見つめた。次の刹那、六波羅殿は矢のような鋭い怒気を隼人に注ぐ。不動明王のような釣り上がった目と低い声。
「礼儀がなっておらぬ。わしには膝をついて話せ。わしの目を見ることは許さぬ、話し言葉も躾けねばならぬな」
彼は隼人の背を押さえ、無理やり跪かせた。
「お前は人ではない。人になりたくば、作法を覚えよ」
目上の人間には道を開けよ。礼は腰から曲げ、頭だけを傾けるな。急場凌ぎの作法を叩き込まれたところで、彼の部下が帰ってきた。
「……おや、殿。ここにおられましたか。西光どのに、至急参上するよう使者を送りました。これからいかがなさいましょう」
「連れてこいと言ったはずだが……まあよい。処刑する」
「しょ……処刑ぃ!?」
部下は目を白黒させ、踵を返してしまった「殿」に追い縋る。しかし、彼は振り返らなかった。
「どういう、ことだ……? 建春門院さまのご逝去で気でも狂われたか」
「比叡山との関係を悪くしたくないのでしょう」
混乱する部下に、声をかける者がいた。
「兄上は、後白河院に憧れておられる。だからこそ、院の思惑のまま動く人形にはなりたくないのです」
「頼盛さま」
役者が揃いつつあった。
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