word44 「さっきまで考えていたこと 内容」

 ――あれ、さっきまで何考えてたんだっけ?


 そう思ったのはある日の夜のことだった。


 就寝前のルーティンが終わった23時40分。あとは眠くなるまでベッドでだらだらとするだけ。そんなタイミングのことだ。


 僕はつい先ほどまで考えていたことを忘れた。何か考えていたのは確かに覚えている。なのに何を考えていたのかが頭から抜け落ちてしまった。


 操作していたスマホを置いて、思い出すことに頭を集中させる。トイレに行く前には考えていたはずだ。何かの疑問を解消しようとしていたのか、しょうもない妄想だったか、それともやらなければならないことを唱えていたのか。いずれにしろ何かは考えていたはずだ……。


 数分間、頭を悩ませた……。けれども何を考えていたのか思いだせなかった、どうしても。そこで僕は思った…………あー、イライラする。


 忘れてしまったくらいだから、きっとそんなに重要ではないこと。この苛立ちも一緒に放ってしまえばいい。しかし、思い出せそうで思い出せないこの感覚が僕を諦めさせなかった。あー本当にイライラする。


 もう少しでパっと。次の瞬間にはパっと閃いていそうなのだ。頭の中が霧ががっていて、そこに対象が見え隠れするのに、手を伸ばせども伸ばせども捉えられない。


 寝ころんだ体を起こしてまで頭を働かせる。すると僕は決めた、こいつだけは許してなるものかと。


 たまにこういうことがあるが、僕は1度も思い出せなかったことが無い。何戦何勝かは分からないが無敗の男だ。その力を見せてやる。必ず正体を暴いてやるぞ。


 僕は必殺技、さっきやっていたことをそのまま再現する、を実行した。自分がやっていたことを振り返って、記憶に残っているところから1つ1つそのまま実行する。きっときっかけはそのどこかにあるはずなのだから。


 トイレに行く前はえっと……スマホでこのサイトを見ていて……その次にこの動画を視聴していた……。ベッドに寝転ぶところからそのまま再現した。足に挟んでいたクッションも同じ格好で足に挟んで。


 ……が、しかし求めるものは降ってこない。


「はあ?」


 僕は動画を見終わると言った。何のひっかかりも得られなかった。こんなに手がかりが無いのは初めてだ。


 頭から何かを取り出すジェスチャーをしてもダメ、一度全く何も考えない無の状態になってもダメ、いよいよ僕は笑った。怒りを通り越して笑ったのである。


 はははは、そっちがその気なら僕にも考えがある。


 僕は力強く収納のドアを開けた。こんな時に頼るのはもちろん黒いパソコンである。


「さっきまで考えていたこと 内容」


 間髪入れずにワードを入力した。こうなったら必ずあの気持ち良さを手にしてやる。ここまで焦らされてから得る快感は一体如何ほどのものか。


 今回の検索結果に対しては予想などなかった。そんなものがあったら今頃こんな1日1回の検索を使うなどという愚かなことはしていない。


 Enterキーを叩くと短い文章が表示される。


「あなたが忘れた考え事は、先ほど動画を視聴するとき広告に出てきたキャラクターの声がどの声優の声かというものです。」


 僕はそれを見て戦慄した――。まさか、そんなことがある訳がない。しかし、微かに感じるスッキリとした気持ち。頭では分かっていても、体がそれを事実だと認める。


 そうだ。そうだった。こうやって悩む前もまた悩んでいたのだ。あの見たこともないキャラクターの声、どっかで聞いたことある気がするんだけど、どのアニメのどのキャラの声だっけ……。


 ぬわああああああ――。頭の中で叫び、地に伏せる。


 心が折れかけた……しかし、僕はまた笑う。上等じゃねえか、そっちがその気であるならと……。


 ――翌日の僕は目を瞑ってあくびをしながら家を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る