番外編5 「幼なじみ 死姦」⑤

 人を殺すのは言うまでもなく犯罪だ。ましてや、死体を性的に利用するという目的で故意に殺害するなんて言語道断。バレれば間違いなく警察に捕まるどころか、死刑になったっておかしくない。


 俺はそうなるのは嫌だった。相手は殺したいけど、俺は死にたくない。だから、全知全能の黒いパソコンにその方法を聞いた。 


 まだ厳しい暑さが続く、ある日のことだった。



 ――黒いパソコンが提案したのは今日から1年近く先の日に実行することだった。季節をまたぎ、幼なじみの彼女が大学を卒業して別の街で暮らすようになってから実行すれば確実にバレないと黒いパソコンは言った。そうすれば難しい作業も無く、疑われることすらないと。


 それは納得のいく結果ではあった。俺は絶対バレないような方法を聞いたのだから、超が付くほど優秀な黒いパソコンがそう答えるのは自然である。時間が経つのを待ちさえすれば、より確実に労力も少なく望むものが手に入る。


 けれど、喜べるような結果ではなかった。詳細な計画の内容が書かれた検索結果の画面を見た俺はすぐにムラムラした。性的な意味でも、苛立ったという意味でも。無論、そんな時まで待ちたくないからである。


 俺は今日でも。明日でも。なんなら今すぐにでもやりたいくらいなのだ。1年なんて待てっこない。絶対に待ちたくない。


 そして実際、その気になれば待つ必要はないと思う。


 確実な作戦に時間が必要なら、不確実な作戦には時間が必要ないはずだ。


 このパソコンがあれば、殺人をしてもバレない時間が……場所が……方法が瞬時に分かる。偽装、冤罪、放火、俺でも思いつく証拠隠滅法の数々から……このパソコンでしか調べられない部類の有効に働く自然現象や気候条件なんかや、事件を調べることになる警察が最もポンコツになるタイミング、そいつのコンディション。あらゆる条件を加味したうえで最も最適なものが分かる。


 最悪バレたとしても、時間を戻す方法すらあることも知っている。ならば、時間と労力を注ぎ込み、演技力が必要になることや多少のリスクが伴うことも承知の上でなら……。


「1週間後に周辺の地区が停電する時間があります。――」


 と、そんなことを考えていた俺へ黒いパソコンは続けて文章を表示してみせた。その検索は明日になると考えていたが、初めから黒いパソコンは俺が本当に望む答えを提供する気でいたらしかった。


 本当に優秀なパソコンだと思った。無機物を愛しく思って、優しく撫でたのは初めてのことだった……。


 

 ――1週間後、実行当日、俺は彼女の自宅マンションに侵入した。前にストーカーをしたことがあるから場所だけは知っていた、近くて遠いそのドアをゆっくりと開いた。


 侵入することはいとも簡単なことだった。高級なマンションでもないのでドアの前に行くことは誰でもできる。あとは暗証番号式のドアロックに黒いパソコンが教えてくれた6桁の数字を入力するだけ……。


 昔嗅いだことがある彼女の匂いが香る部屋。そこにまだ彼女の姿は無かった。指示された時間は彼女が外出しているときだった。


 彼女は今、外出している。行先は居酒屋。仲のいい友達との飲み会らしい。


 つまり、俺はこれから酒に酔って帰ってくる彼女をここで待つ。


 俺は玄関から色々なところを舐め回すように見ながら部屋に上がった。電気を点けることはできないので、スマホのライトで照らしながら、あらゆるところを見ていった。


 匂いが気になるところは匂いも嗅いだ。風呂、トイレ、洗面所のタオル、箸とスプーン、洗濯カゴの中の衣服や下着。鼻の穴を広げて嗅いだそれらはどれも良い匂いがした。


 きっと別の場所で同じ匂いがしても全て良い匂いという訳にはいかないが、彼女から発せられる彼女が作り上げた匂いだと思えば全てが良い匂いだった。


 部屋も綺麗に見えた。1人暮らし相応に散らかっている部分もあるけれど、踏み場所に困る自分の部屋に比べたら天と地の差。十分に客を招くことができるレベルである。


 俺の想像でも部屋は綺麗そうだと思っていたので解釈の一致。一通り部屋の中を見終えると、その中でもメインディッシュとなるベッドの上に寝転がった。


 本当に興奮した。心の底から、かつてないほど。五感全てを用いて、全神経を使ってそれを味わった。枕の匂いを嗅ぎ、布団を抱きしめて、体を擦り付けた。


 ここは天国。俺にとって最高の空間だと思った。これ以上の場所は無い。


 ただ1つ不満があるとすればクーラーが付いていないところである。部屋の気温が高かった。まだほんのりクーラーの力を感じて、外よりは涼しいけれど暑い。


 けれどクーラーを付ける訳にもいかない俺は、もうじっと待つ態勢に入ることにした。何もしていなければ多少楽になるはず。


 そう決めると、今度はベッドの下に寝転がった……。

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