word27 「過去も 変えられる」②
その検索への本気度はそれほどでもなかった。ただ、未だに残るこの恥ずかしさを別のことで忘れられたらそれでいい……。
だってそれほどのミスでもない。きっとクラスの皆も1週間後には忘れてしまっているだろう。こんなことで過去に戻りたいなんて願っていたら人生やってられない。
「いや、もし戻れるなら戻りたいけど……」
いやいや、そもそも僕は過去にタイムスリップすることに関しては否定派だった。たとえ現在の記憶を完璧に保持したままで、過去の自分に戻れるという話が存在していたとしてもあまり魅力を感じない。
別に今の自分の人生に不満が無いからという理由ではない。客観的に見ても自分が人より賢く人生を歩んできたとは思わない。
今では黒いパソコンというチートアイテムを持っているが、以前は人並みに失敗と過ちを経験してきた。いや、今でも失敗はよくあるけど……そんなんなのに過去の変更に魅力を感じないのはたぶん僕がめんどくさがりだからだ。
前に小学生の頃に戻れたらと考えたことがある。家族でタイムスリップものの海外映画を見ていた時だ。僕は頭の中であの時この選択をしていたら、もう1度あんな楽しい時間を過ごせたらと妄想していったけれど、それ以上にもう今までのめんどくさい経験や辛い経験をしたくないと思った。
その思いの方が強かったのだ。受験勉強だとか身内の死だとかいう壁をもう1度乗り越えたくない。ネガティブだとか高望みしないとも言うのだろうか。そんな訳ないのにメリットよりデメリットの方が大きく見えてしまう。
人生程々に挫けていくものだと、半ば諦めて失敗を受け入れる心が僕にはあった。
でも万が一簡単に……スイッチ1つで過去へ戻れたりする方法があろうものなら……試してみたい気もする。
僕は気分で軽く腕を回してから、少し格好つけてEnterキーを押した。
「過去へ戻る方法は存在します。ただ、ある時刻へある程度正確に移動しようと思えば、それには果てしない時間と技術が要求されます。このパソコンから毎日知識を得たとしても、物理的に最低350年ほど。タイムマシンを作ることは理論上可能なことですが、今のあなたはおろか地球の人類では未来永劫作ることはできないでしょう。」
黒いパソコンの画面にはそんな文が表示された。夢があるような無いような。本気ではなかった僕が何とも言えない顔をしていると、さらに画面が切り替わる。
「危険が伴うあまりおすすめしない方法ですが、もう1つ過去に戻る方法があります。しかも、この方法であればタイムマシンとは違ってあなたの体も過去のものに戻すことができます。やり方自体は簡単、ある点を押すだけ。この宇宙には人間の指先くらいの大きさで一定の力で押せば時間が逆流を始める点がいくらかあります――。」
そこまで読むと僕は急いで画面に顔を近づけて目のピントを合わせた。
「常にゆっくり移動しているその点は現在の地球にも数か所あります。あらゆる物体の表面積全てがその点になる可能性があって、世界中の木々の葉から……全ての図書館の全ての本の各ページまで、地球の表面積の何万倍もの広さを肉眼では見えませんが、ゆっくりと移動しています。その点を正確に捉えて4N以上の力で押せばそこから空間の歪みが発生して、時間を巻き込み反転します。瞬く間に世界の何もかもが過去に戻り、この時抱いていた一瞬の思考と感情だけが脳に信号となって残留します。あなたが何かを変えたい場合、押す瞬間に短い命令を紙に書いて凝視したりしておけば過去のあなたに伝わるでしょう。」
黒いパソコン曰くあるにはあった簡単に過去に戻る方法。少し想像しただけで日常生活を送っているだけでは地球上の全生物が束になっても引き起こせないだろうことは分かる。
超を何重にも重ねていいほどの低確率を引いてやっと起こせる超常現象、もっともらしい説明を添えてある。ただそれでも僕は本当にそんなことがあるのかと思ってしまった。
黒いパソコンが言うならそうなんだろうけど、さすがにどこかを押すだけで時間が戻るとはとてもじゃないが……。
「ただし、先ほど述べた通り大きなリスクが伴います。押す瞬間の位置やかける力の量と時間などが少しずれただけで結果が大きく変わってしまいます。発生するのは人間では御しきれない高次元のエネルギーなため押しながら調整することもできず、何かの数値が0.1ずれるだけで10年前に戻るつもりが100年前まで時間が巻き戻ってしまうこともあります。」
説明されたリスク……大きなリスクだ。100年前に戻ったりするということは自分の存在自体消えてしまうということだろうか。しかもそれって押した本人だけではなく全ての人々がということ。恐ろしいことである。
けど、それって本当に本当か。たった1人が何かしただけで地球はおろか宇宙規模でそんなことが起こるというのか。今日の僕は探偵のごとく疑い深かった。
そんな僕の気持ちを察したのか黒いパソコンはさらに続ける。
「何事も創造より破壊、複雑化より簡略化するほうが簡単なんですよ。ちなみに、今その時間を巻き戻す点はこのパソコンのF2キーに位置しています。」
黒いパソコンの横で肘をついていた僕はその文を見て、机の上に虫を見つけたかのように反射で身を引いた。
そんな危険なスイッチが今すぐそこにあったのか。嘘だろ。誤って押してしまったら大変なことになる…………でも、だからこそちょっと押してみたい気もする。ほんのちょっとなら大丈夫だろう。少しだけ不思議な体験をしてみたい。
いやいやそんな好奇心だけで押しちゃ絶対ダメだ。
そう思いながらも僕はそっとF2キーに手を伸ばす。何秒もかけてゆっくり。
言われてみればF2キーの周りに謎の力が働いている気がした。伸ばしても伸ばしても届かない。見えない壁みたいなものがある。
しかし、そこでまた黒いパソコンの画面が切り替わった。
「嘘です」
「え」
僕の下顎が下がって短く声が出た。
「ここにそんな点はありません。どこかにあるのは本当ですけど」
……またしても恥ずかしさを感じた午後であった。
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