word27 「折原さん 彼氏」

 ただならない感情を抱えてしまった僕は、翌日の学校でその真偽を確かめることにした。


 いやきっと既に真偽はついていたのかもしれない。それがどれくらいの大きさなのかを知りたかったんだ。


 折原は今何組にいるのだろうか、普段はどんな風に学校生活を送っているのだろうか。そんなことも知らなかった僕のその日の学校生活は折原を知りたい気持ちで頭がいっぱいだった。


 教室を移動するときはいつもと同じように友達と話しながらも、目だけはずっと彼女の姿を探していた。今ならきっと一目で分かるはず。意味もなく他クラスの友達に会いに行ったりもした。


 誰かに聞いたりはせずにひっそりと、全く表情に出したりはせずに秘密のままで……。


 そしてついに見つけた。3組の前を通り過ぎたときだった。


 折原がちょうどいいタイミングでドアを開けて出てきた。


 僕は少し視線を向けただけで歩くペースも変えずに通り過ぎた。


 それだけだった。たったそれだけで僕の胸はまた耳まで届くほど大きな音で鳴り始める。


 振り向きたいけど横すら見ずに歩き去る。誰と一緒にいたとか見たいけど、できなかった。これ以上ちょっとでも近づくだけで顔が赤くなってしまいそうだったから。ただ歩くしかなかった。


 紛れもなく本物だった感情。折原のちょっと微笑むような顔を見ただけでまさかここまで……。


 一体どうしたものだろうか。僕は自分が抱える胸の高鳴りに違和感を持っていた。今までのどんな「好き」という感情とも今回は違っている。そもそものベクトルすらも。


 もちろん小学生の頃だって中学生の頃だって好きな子っていうのはいた。高校でもクラスにこの子可愛いなっていう子がいる。だけど今までのそれとはまるで違う。


 具体的にはそう、今回の恋は純粋で大きいといったところか。例えるならば何カラットもするようなダイヤモンド、汚れが一切無くて手にするのも躊躇う。ただ他には何も無くて良いから、ミステリアスな彼女のことをもっと知って隣を歩いてみたい。そんな風に思える。


 彼女がミステリアスだというのも問題だ。昨日までの僕の女性のタイプと違う。僕は背が低くて裏表のない純粋な子が好きだった。けれど折原に魅かれた理由はあのギャップにある。そうは見えない子があんなにかっこよく歌って、その直後にあんなに無邪気に笑った。どちらが本当なのかも分からないミステリアスさ、そんな子に胸打たれているののも僕が違和感を持っている理由だった。


 先程もまさか学年で1番歌が上手いような雰囲気は出していなかった折原だけど、その顔が頭から離れなくなる。


 まさかこれが本当の恋で今までの恋は恋とは呼べない紛い物だったとでも言うのか。今まで僕が好きになった子は本当は僕のタイプとは違っていたのか。とにかくかつてない感情だというのは事実。


 抑えるにしろ爆発させるにしろ。どうにかしなければならない。このままでは胸が張り裂けそうだった――。


 家に帰っても僕の頭の中は折原で一杯だった。普段当たり前になっている筋トレや授業の予習も手につかない。何をしていても時折ぼーっと折原のことを考えてしまう。


 一体全体どうなっているんだ。何が僕をこんな状態にしてしまっている。ただカラオケで歌っているところを見ただけで……たったそれだけなのに……なぜこんなにも、彼女のことが頭から離れない。


 そう、それも問題だ。短い時間彼女が歌う所を見ただけだぞ。どうした自分、どうしてしまったんだ自分。僕は自分で自分が分からなかった。


 折原について検索したいことがあるのだけど今日の分の検索は日を跨いですぐに使ってしまっている。こうやって日付変更後に検索することはよくあって、これにはすぐに検索したいワードが見つかると苦しいというデメリットがあった。


 何もやる気が起きないまま、ベッドの上でただ時間が過ぎていくのを眺めて……その時が来ると打って変わって跳ね起きた。


「折原さん 彼氏」


 この検索ワードの答えが知りたかったから。


 自分で自分の気持ちが分からないなら、もう黒いパソコンに頼るしかない。


 何故だか折原のことを思うとこのぐらいの検索しかしたくなかった。何ならこれ以外のことは今後も検索しないかもしれない。


 まだ恋なのかも定かではない。昨日の衝撃的な映像で沸いた一時の感情かもしれない。だけどこの純粋な気持ちをズルして汚したくなかった。気持ちを度外視するなら裸でも検索すればいいけど、そんなことできないやりたくない。


 時間があって充分に覚悟できていた僕は流れるようにEnterキーを押す。


「折原さんに現在交際している人物はいません。」


 その時僕は人生で1番のガッツポーズをした。反射でガッツポーズをすることがあるんだとすぐ我に返って驚く。


「あなたのその気持ちは恋ですよ。頑張ってください。」


 続けて表示されたメッセージ。握った拳を開くと、僕はその手で自分の頬を叩いた。

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