word26 「学年で1番 歌上手い奴」①

 ある日の放課後、僕はカラオケ店に来ていた。クラスメイトの友達3人と一緒に。


 普段は授業が終わった後に寄り道して帰る流れとなるともっぱら安い飲食店でスマホを弄りながら喋るだけだが、今日は特別だった。テスト週間で昼に解散となる遊ぶにはもってこいの日だ。


 本当は明日もテストだから勉強しなければならないのだけれど、たまにはこういう日もあっていいかと教室でいつもつるんでいるグループで意見

が一致した。


 だから、今日は部活動に所属している奴も一緒にカラオケである。


 僕にとってカラオケに来るのは久しぶりのことだった。たぶん1年以上は来てないと思う。


 中学生の頃に学校でカラオケブームが来た時はよく行っていたけれど、それ以来ほとんど行く機会が無くなっていた。高校では流行っていなかったからだ。


 だから、カラオケ店のドアを開けたときの匂いと流行りの曲がいくつかループするBGMは懐かしく感じた。今回のメンツで来るのは初めてだったし、歌いたい曲も歌声が聞かれる相手も昔とは違うから、初めて入店した時のような緊張感と楽しみさもあった。


 高校ではカラオケが流行ってないと言いつつも、僕自身カラオケが好きなほうではなかった。誘われたら行くだけで自分から誘ったことは1度もない。だけど今回はどちらかと言うと誘った側の人間だった。


 どこに行くかという話になった時にカラオケという案が出たらすぐに同意した。そして、あまり乗り気じゃない友達も積極的に説得した。その内カラオケには行きたいと思っていたのだ。


 僕は少し前から黒いパソコンから聞いたボイトレをしているから――。


「おっしゃ誰から歌う?俺からいっていいか?」


 店員に案内された部屋に入るとすぐに言い出しっぺのサッカー部がマイクを持った。


「めっちゃやる気じゃん。俺は後でいいから、先に聞きたいわ」


 と、昔からずっと一緒の僕の親友。彼もたぶんそんなにカラオケが好きなほうではない。


「じゃあ、俺から。もう歌う曲も決めてあるからね。1発目からかますわ」


「マジで何でそんな気合入ってるんだ」


 僕も歌う曲は既に決めてあって早く披露したい気持ちはあるけれど、落ち着いた態度を崩さずにゆっくり機械で目当ての曲を探した。いつも聞いているバンドのカラオケで定番の曲だ。


 僕はあまり色んなアーティストの曲は聞かない。狭く深くが僕の音楽の嗜好でほぼ3組に限られる。人気過ぎないおしゃれなバンド、実力派で特徴的な声の歌姫、好きなアイドル。その中でボイトレと共に練習を重ねたバンドの曲で僕の進化した歌声を轟かせる……。


 そのつもりだったのだけど、それよりも先に轟いた歌声があった。


 言い出しっぺのサッカー部がカラオケに行きたかっただけあって、感心する歌声で歌い始めた。

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