word7 「ドラゴン 実在」②

 黒いパソコンからドラゴンが実在することを聞いてから数日後、週末の土曜日。僕は自然が多めの隣町に来ていた。


 僕が住む町から都市が発達していないほうへ3駅ほど電車に乗ると、たったそれだけの距離で吸い込む空気の透明度が全然違うことが分かる。そんな場所だった。


 すんなり体に入ってくる空気と快晴の空、道端で寝ころぶ野良猫も気持ちが良さそうだ。


 今日ここへ来たのは他でもない。ドラゴンをこの目で見に来たのだ。


 ドラゴンが実在すると聞いてからの数日間の黒いパソコンでの検索はドラゴンについての情報を詳しくすることに使った。


 「ドラゴン 実在」は別にいなくても良いと思って検索したことだったのだが、いるのなら当然の行動だ。


 黒いパソコンによると……ドラゴンは意外と身近にいるらしい。個体数はその辺の生物と比べると随分少なくて大変貴重な生物ではあるけれど、こんな都市から少し離れたとはいえまだまだ人の多い町にもいるほど。


 それというのも普段は姿を変えていたり消していたりするそうなのだ。ドラゴンとか龍と呼べる奴らは我々と同じように地球で暮らしているが、人間と干渉することはない生物なのだそうだ。


 彼らは賢くて、上手く人に見つからずにこの社会へ溶け込むことができている。普段はそもそも人がいない場所で暮らしているが、たまに人里へもやってくる。猫や鳥なんかに姿を変えて。


 道行く野良猫も、もしかしたら本当はドラゴンが化けている姿かもしれないと黒いパソコンは言っていた。人に化けることもあるそうだ。すごくファンタジックな話である。本来ならとてもじゃないけど信じられない話だが、あれが言うならそうなのだろう。


 人間がどれだけ祈ろうとも、探そうとも、決して望んで拝むことはできないドラゴン。そんな彼らを見る方法も教えてくれた。


 僕は今、小学生の夏休みに戻ったような気分で歩いている。


 歩いて目的地を目指す。その足取りは僕の興奮する気持ちをそのまま表していた。


 この辺りでは少し目立つ、周囲の山よりも倍ほど大きくそびえる山。僕はそのふもとまで行くとまた、歩いてそこを登る。


 山登りなんてこの年になると僕にとって久しぶりのことであった。加えて、僕は高校で運動部に入っていないので若くして運動不足だった。思っていたよりも坂道は足にくる。


 ふくらはぎがじんわりとして、太ももが上がらなくなってきた。それでも歩みを止めずに頂上近くの開けた場所まで来た僕の足は、その時には疲労困憊で……。


 足が棒のようという例えがあるけれど、これはもう本当に僕の足じゃなくて棒になってしまったんじゃないか。と僕は思った。

 

 だけど、気持ちの良い疲れだ――。


 それから僕は腕時計を見ながらその時を待った。何度も何度も時計を見てタイミングを計った。


 深呼吸をして、目に持参した目薬も差す。


 普段は姿を消していて人間の目には映ることが無いドラゴンも、極めて稀な条件が揃うとその姿を見ることができる。


 太陽からの光の屈折だとか、目の水分量だとか、空気の湿度だとか……様々な要素の線が天文学的な確率で交わると見ることができるのだ。


 黒いパソコンは言っていた。


 僕は指示された通りの時間に指示された通りの行動を取って、空を見上げた。条件を調整する為に周りをうろうろしながら瞬きを繰り返す……。


 そして現れた景色は、わずか10秒ほどの出来事であったが、僕にとって人生で1番の景色だと確信が持てるものだった――。


 ドラゴンと言うよりも龍に近いだろうか……。鋭い目の近くに髭があって角がある。


 長く巨大な体を持つ龍が地上から天高くへ、僕のすぐ近くを通り過ぎていった。


 金色の鱗を輝かせて悠々とうねりながら空を泳ぐ龍の姿には、ただひたすら圧倒された……。


 見ることができる条件が無くなったのか瞬く間に幻のように消えていったけれど、確かに見ることができた……。


 その場で尻もちをついた僕は町の景色を見下ろしながら、しばらくそこから動くことができなかった。

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