第26話 番犬のいる意味

 滝行に精を出すニャン吉は、番犬候補の中にペンギンと貝と鳶の強敵がいることを知った。それは、あの山田もっさんに比肩するかもしれない。


『余命27日』

 朝日が登るとニャン吉が起きてきた。レモンの作った魚の燻製を食べる。以前と違い貪り食わずに綺麗に魚を平らげた。

「猫またぎじゃ」

「意地汚ーいね」

 虫たちは魚の骨の隙間からニャン吉を覗いて見た。


 魚を食べ終えたニャン吉は、様子見に来たクラブと談笑をしていた。そこへ宇新聞の2人が取材にやってくる。牛一とその肩に乗るハム男。そちらを見たクラブは一瞬固まるとニャン吉に詰め寄り頼み込んだ。

「ニャン吉よ頼む。俺をお前の仲間ということにして取材を受けさせてくれ」

「別にいいけどにゃん」

 思いがけない光栄にクラブは喜び舞いだした。両のハサミを左右に振る。


 ニャン吉は砂浜に用意された椅子と机で宇新聞の取材を受けた。

「ふん! 宇新聞の牛一です」

「宇新聞の天下言論王ハム男です」

 爽やかな潮風の中、折りたたみの机を囲み取材が始まった。


 珍しく口数の少ないハム男と骨男。いつもなら立て板に水の如く喋る2人なのにである。

「……あなたが馬野骨男ですか」

「おめえ、天下言論王ハム男か」

 そのやり取りを不思議に思ったニャン吉が「2人は知り合いかにゃ?」と尋ねるが2人して首を横に振る。


(まあ、互いに有名人ってことかにゃ?)

 この2人の因縁については、この先嫌でも判るのだが……。


 そして、クラブの番がきた。

「あなたが仲間の――」

「おお! そうだそうだ!」

 クラブは待ち兼ねていたように食い気味で応える。小声で「落ち着け、俺はクール、俺はクール」と呪文のように唱えた。


「君はニャン吉君の仲間なんだね?」

「俺は可児鍋クラブ。ハードボイルドな大人の毛ガニだ。対義語は泣き虫子ガニ。俺をボイルする鍋に触れると火傷するぜ」


 何故か突然、牛一が反応する。興奮気味にクラブの顔に暑苦しい牛の顔を寄せる。鼻息が荒く、赤銅色の鼻輪がカチカチ鳴る。

「ふん! ふん! 泣き虫子ガニのカニ鍋君ね」

「いや……俺は毛ガニで……」

「ふん! 鍋!」


 鼻息の荒く一方的に喋る牛一であった。それを遮ってハム男が聞き手に戻る。

「大丈夫、クラブ君。後で拙者が校閲するから。で、もう1度聞くけど君の本名は?」

「可児鍋クラブだ。クラブでいいぜ。オーラン・ブルーは俺似だが心はジョニデータだぜ」

「はい、ありがとうございました。以上で取材は終わりです」

 クラブは満足気に毛をなびかせた。


 牛一が机をたたんでいる。その間にハム男はニャン吉に毒地獄のその後を伝えた。

「そういえば、鬼のおまわりが亡くなったことは聞いたかい?」

「え? あいつ死んだのかにゃ?」

「麻薬のやり過ぎでね。最後は幻覚を見続け失禁を繰り返し、挙句の果てに身体が変色していってそのまま……」

 自らと市民を害する悪党とはいえ、あまりにも憐れな最期にニャン吉は言葉にならない。


「拷問所の男も、目の焦点が全く合わなくなって、警察病院で今も点滴を打って延命している。もう、長くないとかで」

 ああ、無惨。ニャン吉は何も言えない。


「ニャン吉君が助けた子供たちの何人かも麻薬をうたれていたようで……尊い命を犠牲にした者も……」

「死んだのかにゃん! 子供も!」

 ニャン吉の悲痛な叫びが響く。爽やかな青い空と海も悲嘆な青さに見える。


「ふん! 祈りましょう。彼らの事を」

 牛一とハム男は祈りを捧げた。ニャン吉たちも共に黙祷をした。


 因果応報の鬼のおまわりと拷問所の男はいいとして、罪もない子供の犠牲にはニャン吉も心を痛めた。麻薬は魔薬、使えば何もかもを犠牲にする。社会を担う大人の責任は重い。


「……もし番犬になったら防げていたのかにゃ?」

「ご自分を責めないでください。我々言論人にも責任はあるのです」


 歯噛みし自分の無力を嘆くハム男であった。

「でも! 確かに番犬がいれば全て防げたはずです! どうか、立派な番犬になってください」


 宇新聞はニャン吉の取材を終えると、次の取材に行こうとした。燃えるような紅いゴムボートに荷物を乗せると、ハム男が振り返る。

「ニャン吉君! これからの番犬候補との戦いで!」

「戦いがどうしたにゃん?」


 何かを言おうとしたハム男の目を牛一がジッと厳しい目で見詰める。

「いや……がんばってください」

「分かったにゃ! がんばるにゃ!」

 宇新聞の2人はゴムボートに乗った。最初の一漕ぎであっさりボートが転覆。牛一がモウモウ言いながら浅瀬で溺れる。


 ニャン吉たちの手助けでゴムボートを元に戻すと、次の番犬候補の取材へ。


 沖まで出た宇新聞の2人。誰も聞く者がいないのを確認すると牛一が突然厳しい口調でハム男を叱った。

「ハム男君! 君は『ハンター』について言おうとしていたね。ハンターの件は番犬候補には絶対秘密だ! 次の取材では間違っても言ってはならないよ! いいね!」

「……もちろんです。ハンターについては言いません」


 ハンターとは番犬候補のふりをした優秀な鬼のことである。ハンターは番犬候補に戦いを挑み番犬候補の数を減らすのが役目であり、今のニャン吉たちにはどう足掻いても勝てる相手じゃない。


 ハンターに狙われたら最後。確実に負けるだろう。勝つ条件は唯1つ、その正体を見破ることだ。


 先へ進むため牛一は鼻息荒くオールを漕ぐ。その横でハム男は掛け声だけかけてボケてチップスをポリポリ食べだした。

「もーう! 1人で食うな!」


 宇新聞のゴムボートが見えなくなると、海面から1人のペンギンが顔を覗かせた。青い体毛と瞳に、黄色いクチバシと足。口には口紅をつけていた。

「聞ーちゃたわ。このイーコ・ブール様がね」

 ペンギンは含み笑いをし、海に再び潜った。


 宇新聞の2人を見送ったニャン吉が砂浜に座っていると、砂浜にペンギンがひょこっと上がってきた。

「隣いいかしら?」

「どうぞにゃ」

 毛ガニもいるのだ。奴以外に喋る海洋生物の鬼がいても不思議ではない。この地獄の鬼なのだろうとニャン吉は油断していた。


 ペンギンは番犬の首輪を巻き付けた首を海水でベトベトのスカーフで隠していた。こいつは先程、牛一とハム男の話を盗み聞きしていたペンギン、イーコ・ブールなのである。

 イーコは沖に付き人と仲間を待たせておきながら、ニャン吉の島を奪い取ってやろうと画策した。


「いい天気ね」

 穏やかな口調であったが、目は猟師の如し。その目付きからニャン吉は害意を察した。

「騙し討ちするくらいにゃら、夜にでも来ればいいのににゃ!」

 砂浜から突然飛び上がりニャン吉はイーコのスカーフを爪で引き裂いた。あまりの早業にイーコも狼狽えただ後ろに避けることしかできなかった。イーコの首には茶色の首輪が巻かれていた。

「やっぱり番犬候補だったにゃんね」

「オホホ、さすがは邪王猫。一筋縄ではいかないみたいね」

 砂浜でニャン吉とイーコの死闘が始まる。


 ――ニャン吉は宇新聞の取材を受ける。クラブを仲間ということにして。ハンターの驚異も迫る中、番犬候補中でも強敵と目されるペンギン。イーコ・ブールが島を狙って上陸する。その強さは以下ほど。

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