第40話 牛一の獅子吼
「私はここにいる!」
牛一の威容に返って気圧される柿砲台。虚勢を張り柿砲台は腕組みした。
「ほほう、いい度胸でおじゃる。で? ハムはどこでおじゃ?」
無言を貫く牛一。
牢の扉を開け牛一を殴りつける柿砲台。鼻輪が鼻に食い込み鼻血が止まらない。それでも、林の如く静まり返り、山の如く泰然自若としている。
保身に走る下衆麿が牢に入り牛一を散々に痛め付ける。顔は流血し朱に染まり、腕の骨は砕かれダランとなった。
醜く顔を歪めて牛一を殴りつける下衆麿。保身、保身、保身。それ以外この男にはなにもない。言論の担い手となる以上、保身はおろか常に言論弾圧の際に命を投げ出す覚悟をせねばならないというのにだ。
「やめるでおじゃ!」
柿砲台が下衆麿の腕を後ろから掴んだ。下衆麿は拳の骨も砕けている。下衆麿の手の甲には、自分の血も混じっていた。
『柿砲台、早くせよ』
策幽の万象の声に柿砲台はハッとした。もういないものはしかたがない。牛一の首に縄をかけ処刑場へと連れ出した。
いよいよ死が迫ってくる牛一の心境はどうだっただろうか。自分の人生を振り返る。悔いがないかと言えば嘘にはなる。残された家族、宇新聞の同志、新番犬の獅子王、そして、親友の天下言論王ハム男。それでも、牛一は誇り高く散ることを選んだ。
(後は頼んだよ、みんな。必ず勝ってくれ獅子王。そして、宇新聞の意思を継いでくれハム男君……)
牛一は処刑場へ引き連れられた。血塗れの牛一には一瞥もくれることなく、ミケ達は処刑前にギロチンの前でにわかに活気づいていた。
「こちらなど眼中に無いかもう」
「おじゃ、お前はただの生贄でおじゃ」
「……油断しているもう」
断頭台の所に立つ策幽へと、牛一を引き渡した。断頭台に牛一を拘束すると策幽はもう牛一の方を振り向かなかった。
「カメラは……私が一番大きく映るように」
全地獄放送のカメラの位置ばかり気にするミケ。自分が一番大きく映る位置にカメラを置くと、それぞれ配置についた。
全地獄放送は始まった。
処刑場から全地獄へ映像が流れた。香箱座りをするミケがギロチンを背にドアップで映る。
「みなさ〜ん。ミケです。よ〜ろ昆布、よろ昆布。絶望してますことでしょう、
ミケは立ち上がり映像の端へ寄ると、断頭台に拘束された牛一が現れた。
「にゃふふ、宇新聞の平田牛一です。これから処刑前にインタビューといきましょうか」
ミケは牛一の顔を尻尾でペシペシ叩く。だが、牛一は一言も発しない。
「にゃふふ、どうしましたか? 牛一さん。お得意の雄弁を振るわないのですか〜? 振るえないのですか〜?」
牛一はそれでも無言を貫く。
「沈黙は金銀銅メダルー!」
ミケは有頂天になってバレエを踊り始めた。
皆勝ちを確信して浮かれる中、モモは退屈そうに大あくびをし顔を洗う。
ギロチンの前に四天王が勢揃い。ミケのバレエも終わり、いよいよ処刑の時がきた。
ミケはカメラを牛一に向ける。そして、マイクを牛一の口元に寄せた。
「最後に、ごあいさつなさい。辞世の句とやらをにゃふっ!」
(例えどんな言葉を言おうが、このミケ様が絶望のエサにしてやる)
牛一の目が光った。そして、静かに語り始めた。
「例え……」
「例え何だにゃふっ?」
「例え今はお前達に殺される我が身でも」
(立ち上がれ! 番犬・獅子王よ! そして、後に続け第二第三の獅子王よ!)
牛一は顔を上げて、渾身の力を込めて獅子吼した。
「この身を従えられようが、心までは従えられることはない! さあやれ! 我が首を跳ねるがいい!」
牛一の大宣言が地獄中を駆け巡る。その影響は計り知れなかった。地獄の鬼達は心まで負けていた自分達の弱さと決別し、打倒反乱軍の戦士となった。
顔面蒼白となったミケと策幽。
血が騒ぎ立ち上がるモモ。
そう来たかと笑うケロケロ外道と不埒鳥。
呆然とする柿砲台。
我に返ったミケは慌てて牛一の処刑を執り行う。しかし、震える手ではギロチンの操作が上手くできない。
ミケはなんとかギロチンを操作できた。刃が牛一の首の上に落下し、その首を高く跳ね飛ばした。
牛一は断頭台の露と消えたが、その言葉は皆の心に勇気の火を灯した。全地獄に希望と活力が戻ってきた。
閻魔の間では、武蔵が立ち上がり指示を出す。
「大王! こちらも全地獄放送を用意してください! そして、獅子王! 今度はお前が演説するのだニャン吉!」
兵は神速を尊ぶ。今度はニャン吉の姿が全地獄へ流れた。
「番犬・獅子王です! 絶対に賊軍を倒すぞ! 皆さん、にゃんクソ!」
地獄中に『にゃんクソ』の声が轟いた。各地獄に『にゃんクソ』の声が木霊する。
精神は剣よりも強し。牛一の獅子吼に鬼達の恐怖心は破られた。心に太陽が登ったのだ。
明けない夜はない!
『次回より、「分断を越えよ」から「鳥獣戯画大戦」へ……大戦勃発』
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