第33話 悪巧み其之二・敗戦の報
新たなる技、森羅万象の技法を教わったニャン吉。その頃、敗れた柿砲台と不埒鳥が覚束ない足で伏魔殿へたどり着く。
伏魔殿の門の所には不埒鳥の子どもたちが待っていた。人サイズの真黒い虫達――クワガタ、カマキリ、ムカデ、玉虫――が不埒の負傷した姿に仰天し一斉に父の元へ。
「親父殿! なんでこんなことに……」とクワガタは驚きの声を上げる。
「カカッ、
「おいどんも行くべきでごわした」と百足は悔しそうに見つめる。
「
「ヤダ! おとっつぁん。どうして」とカマキリは心配そうに見守る。
「
「御父上、無理は禁物です。今日はゆっくりお休みください」と玉虫が不埒を労る。
「
子ども達が次々に不埒へ話しかけるので、不埒は困った顔をした。
「静まれ! あわて者共が!」
伏魔殿の奥から真黒いカブトムシが甲冑のような音を立てながら出てきた。虫達は、その一声を聞くと震え上がってしまった。
「父上、ご無事でなにより」
「カカッ、
「いえ! 私がついていればこのようなことには……魔界鬼市ですか?」
「カカカ、分かるか。奴は只者ではないぞ」
カブトムシの甲はその場にいられなかった悔しさをにじませる。
「
クモの生糸とサソリの火刺。二人は自分達の醜態を責められると怯え、震え上がって次の言葉を待った。
「よく父上を連れて戻った。さあ、治療を受けてこい」
甲の思いもよらない優しさに二人は安堵する。生糸がパッと明るい調子で「良かった良かった」と糸を撒き散らすと、甲に拳骨された。
「カー、皆戻ってよし。生糸と火刺の二人を医務室へ連れて行って欲しい。ただし甲は残れ」
子どもたちは嬉しそうに伏魔殿の中へ戻って行った。
「……皆行ったな」
そう言うと、不埒は脚をガクッと折って地面に倒れ込んだ。
「な! 父上……」
「心配するな……甲、俺なら大丈夫……だ」
甲は父に肩をかす。
「父上、私が報復に行って参りましょうか」
「だめだ! お前では鬼市には勝てん! それに、魔法を取り戻したとなればこれほど厄介な奴はいない」
「しかし」
「だめだ、父を困らせるな。お前は長兄としての……弟妹の家長としての責務も忘れるな……。なぁに、今回は大した犠牲もない。夕焼け小焼けを一緒にロックで歌おう」
甲と不埒の二人は伏魔殿の中へ入って行った。
「うおぉじゃ」
足元に倒れる柿砲台など眼中に無いといった様子で。
――伏魔殿の中に古代ギリシアを思わせる階があった。ドーリア調の荘重な柱があり、大理石の床に太陽の光が注ぐように造ってあった。これがミケが造った植物園である。
廊下の端には、ミケが大切に育てている植物の鉢がギッシリと道に沿って並べてあった。
特にミケが気に入っていた植物は、苦し草という植物である。茎は貧相で細長く、紫のしょぼくれた花を毎朝咲かせていた。苦し草は朝日を浴びると苦しげに悲鳴を上げる植物であるので、ミケが気に入るはずである。
ミケが大切に育てているその鉢に、今日も策幽は立ちションをする。飽きもせず毎日毎朝決まった時間にミケの悔しそうな顔を思い浮かべて小便を撒き散らかす。
策幽は「た〜んとお飲み」と独りつぶやきながら小便をしているところへミケの姿が見えた。不埒と柿砲台の敗戦の報を聞いたミケが血相変えて駆けてくる。
「策幽さん! 大変ですよ。不埒鳥と柿砲台が獅子王一派に敗れ……。
小便を出し終わった策幽がミケの方を振り返る。
「なに、これも風流風流」
「小便のどこが風流だ!」
「ははは、まあそれはいいとして。不埒と柿砲台が敗れたか……。さて、次の作戦へ移るか」
ミケは話も聞かずに苦し草へじょうろで水をやりながら「浄化!」と言っている。
「ミケ殿。言論破壊の方は?」
「おい、他の鉢もアンモニア臭いですよ」
「聞く耳なしと」
策幽は万象を使い、城中に響き渡る声を出した。
「
城中に普段通りの落ち着いたよく通る声が聞こえた。どこにいても同じ音量で聞こえてくるので、間違いなく万象の一つだ。
やがてコモドドラゴン並の大きさした茶色いトカゲが策幽の元へやってきた。そのトカゲが妄奸誌社長の下劣下衆麿である。
「下衆麿。宇新聞を装って出した妄奸誌を見せろ!」とガキの使いの如く扱う策幽。
下衆麿は名の通りな下衆な笑みを浮かべ、卑屈な態度で策幽へ偽宇新聞を渡す。
策幽は宇新聞を読んでみた。
『価値観の多様化シリーズ・第一弾〜人殺してもええやんけ〜』
見出しを見た策幽は呆れるあまり開いた口が塞がらないせいで間抜け面になってしまった。
自信満々な下衆麿と呆然とする策幽を見て、ミケも心配になって偽宇新聞を覗き込んだ。
「にゃ〜」という腑抜けた声と共にミケがフニャフニャと力が抜け床に倒れる。
策幽は偽宇新聞を棒状に丸めると、下衆麿の頭を引っぱたいた。そして、偽宇新聞を床に投げつける。
「お前は馬鹿なのか? 下衆麿。これで鬼を騙せると思っているのか?」
「にゃふっ! 馬鹿トカゲ!」
策幽に続いてミケも罵倒する。
褒められると思っていた下衆麿は意外の思いをした。
「でも言論の自由ですぜ。何を言っても正義でさ」
策幽とミケがいつになく怒り、交互に罵倒し始めた。
「いいか? 馬鹿トカゲ。こんな悪丸出しの馬鹿げた文など誰も信用せん」
「彼を知り己を知れば百戦殆うからずの兵法だろうがにゃはっ! 善を知り尽くして初めて善に勝てるんだよ!」
「暗い所では黒と青は見分けがつきにくい。善に似せてこその悪だというのに……紅白並に分かりやすいものを書きやがって」
二人に罵倒されると浅はかな下衆麿は腹を立て、高飛車に反論しだした。
「おいおい、お前さん方。本気で正義なんてもん信じてんのかよ。笑えるぜゲヘゲヘ。弱肉強食こそが真理じゃねえか」
あまりにも浅はかなトカゲに心底落胆した策幽とミケ。
「……何故私達がこれほどまで時間をかけ、回りくどいやり方をしたと思う? 私達は悪事を働くという自覚があるからだ。だから正義感の人を恐れているのだ。知恵と勇気ある正義感の強い輩は心底恐ろしい」
「正義というものを純粋に信じているのはむしろ極悪人だにゃはっ。でなければ、人は騙せないし、返り討ちにあうにゃほ」
下衆麿は「善悪二元論かよ。くだらねえ」と吐き捨てるように言った。
「……ならばお前の望むままに、ここで殺してやろうか?」
策幽の脅しにビクッとなった下衆麿。
「弱肉強食とは無法地帯と言い替えられますねえ。それは私達の土俵ですよにゃはっ」
「お前の言う言論の自由とは、法に守られ安定した世界で、先人が死ぬ思いをして勝ち取った権利を無責任に乱用するものだ」
「チンピラは法に守られると安心しているからこそ暴力をふるうのでしょうね。無法地帯なら殺されるのが怖くて良い子になるかもにゃはっ」
策幽とミケの真に弱肉強食の世界で生きてきた、妖しく濁った目を見ると下衆麿は震えが止まらなくなった。法のゆりかごで甘やかされてきた自分が今どこにいるのか初めて自覚したのだ。
下衆麿はやっと気付いた。今まで自分が無責任に振る舞っていられたのは法に守られていたおかげである。今は力の世界に足を踏み入れ、その法や正義を敵に回しているのである。
「下衆麿、お前はもういい。牢につないである宇新聞の奴を見張っていろ」と策幽は命じた。
「次は失敗しませんぜ。価値観の多様化シリーズ第二弾〜裏切りの美学〜」
「はよいかんと首落とすで!」
策幽の口から似非関西弁が飛び出しので、下衆麿は頭が追いつかずに「言論の自由、言論の自由」とぶつぶつ言いながら牢へ行った。
「はぁ、言論破壊は失敗だ!」
「策幽さん。次の作戦へ移りましょう……って八つ当たりで私の大切な鉢を蹴り飛ばすな!」
――ミケと策幽の作戦は大失敗に終わった。妄奸誌の馬鹿さ加減を甘く見過ぎていたのだ。
緊急事態宣言レベル二、
『次回「悪巧み其之二・手荒な作戦へ」』
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