第13話 奇跡の種

 ニャン吉の潜伏先が露見したようである。活動拠点としていた場所は、大岩がそこらに転がっていて隠れる場所が多かったのにバレるときは呆気ない。


 そこから少し離れた所にある山の急斜面を背にした場所に虫たちは追い詰められた。集まった鬼の数はザッと30といったところか。


 鬼の形相の鬼たち。集太郎とペラアホを捕らえると羽をつまみ、ニャン吉の居場所を吐かせようとする。

「おい! おめえの仲間の白猫はどこだあ!」

「お前りゃ、蝶々をいじめる気か!」

「蜻蛉をいじめると良くなーいよ」

「うっせぇ! 虫ケラが!」

 怒髪天を衝く鬼たちは、集太郎とペラアホに顔を寄せ大声で怒鳴った。


「わっはっはっ、番犬の付き人には手を出せないのだ。鬼よ、よく分かっているじゃないか」

(鬼市め! あのクソ野郎にゃ!)


 ニャン吉は虫たちを助けるために山の急斜面の方へ移動した。猫歩きで岩がむき出しの急斜面へ張り付いて鬼たちを見下ろす。


「お前らの狙いはニャン吉様だろにゃん! 虫たちを離せにゃん!」

 堂々と姿を表したニャン吉。後ろや側面を突くはずが意に反して正々堂々と戦いを挑むはめに。

「おう! やっと出てきたか! おめえらやれい!」

 鬼たちは混紡を腰から取ると、一斉に急斜面を駆け上がった。


 斜面を器用に登り追いかけてくる鬼。ニャン吉は徐々に斜面の上の方へ追い詰められる。時折、地上の鬼が巨大な石を投げてくるのでニャン吉はそれをひらりひらりと避けた。厄介な連携攻撃に四苦八苦する。


 斜面が比較的なだらかな所でニャン吉は止まった。

「必殺! 猫叩きだにゃん!」

 鬼たちの立つ地面からエネルギーが出てきて地上の鬼を3人倒した。少し時間が経って猫歩きが使えるようになると、再び斜面に張り付いて鬼と間合いを取った。


「おい! 気を付けろ! こいつ妙な技を使うぞ!」

「一箇所に集まるな! 散らばれ!」

 鬼たちはバラバラになる。斜面を登る鬼も散り、側面に爪を立てその場に留まる。

(ヤバイにゃん! このままではまとめて倒せにゃい!)


 1度猫叩きを使うと猫叩きも猫歩きも少しの間使えなくなる。今の鬼たちを相手に僅かでも隙を見せると命取りになるだろう。鬼たちはその隙に一気に襲いかかってくる。虫たちが捕まっているから逃げるわけにもいかないニャン吉。


 窮地に立たされたニャン吉の焦りは、その動きにも見て取れた。山の急斜面を右往左往し、徐々に爪を立て迫ってくる鬼から逃れようとする。猫叩きを使用したりすれば地上の鬼の容赦ない投石が行われる。

(どうするにゃん、どうすればこの窮地を打開できるにゃん……)


 ニャン吉は深呼吸し心を落ち着かせ、視野を広げ全体を見渡す。雲1つない空。太陽が高く真上からこの地獄を照りつける。乾燥した風が砂埃を上げながら山の斜面を登ってくる。どれも焦っていたときには見えなかったものだ。


 落ち着いてくると、先程猫叩きであけた穴の側に置いてある袋が見えた。袋には村の畑から盗んだ土と水が入れてある。恐らく鬼市が運んだのだろう。

 さらに、鬼市は自分の足下に転がる植物の種を取るようにチラッと目でニャン吉に合図した。

(分かったにゃん。一か八か、もう1度やってみるにゃん)

 

 山の急斜面を蹴りニャン吉は滑り落ちるように素早く崖を急降下した。地面に着地すると、右に左に軟体動物のような動きをし、鬼たちを撹乱する。狙いを読まれないように鬼たちの間を走り抜ける。


 鬼市の足元に転がる種を回収したニャン吉。その金色に輝く種を咥えてからは二足歩行で駆け出し、鬼を驚愕させた。鬼たちはこの気味の悪い猫を捕えるのを一瞬躊躇したほどだ。


 袋へ駆けるのに、わざと反対に行ったり、蛇の如く動くので鬼たちはその動きに翻弄される。鬼を穴から離れた位置に誘導したところで、袋を爪で引裂き、土と水を取り出し種と共に穴にぶち込む。間一髪、鬼が追い付くと同時に植え終えた。果たして結果は……。

「神様! 仏様! オカマ様! 頼むにゃん!」

 ニャン吉の祈りもむなしく、何も起きない。

「にゃんでだ!」


 ニャン吉は、1人の鬼に猫づかみされ捕まった……。鬼たちもゾロゾロ集まってくる。鬼はニャン吉を顔より高い所までつまみ上げ眺めた。

「ガハハハ! こんれで終わりだあ、妖怪猫」


 ニャン吉は全身ジタバタして悪足掻き。毒の牙で鬼の太い腕に噛み付いたが傷1つつかない。

「おらの腕は猫菓子トゥールじゃねえべ!」

 鬼はニャン吉を摘む腕を高く振り上げると、一気に振り下ろし、ニャン吉を思い切り地面に投げつけた。

(負けたにゃん)


 その刹那、地面一帯が眩いばかりに黄金の輝きを放った。大地から漏れ出した黄金の光が天へと幾筋もの柱を立ち上らせる。いくつかの柱は次第に太くなり、やがて溶け合い1つの大きな黄金の柱となっていく。そのまま柱は広がり、周囲を全て金色に染めていく。


 黄金の光がニャン吉を、虫たちを、鬼市を、鬼たちを漏れなく包んだ。


 ――同時刻のカマカマファームでは……。

 畑を耕す笑い上戸の鬼は全裸で鍬を振るう。そして、1人爆笑した後、閻魔帳を作る植物の種を植えようと袋の中に手を突っ込む。空と海と大地に感謝したら男は種を畑に撒いた。


 最後に撒く予定の特別な種を小屋に取りに行く笑い上戸。一旦服を着ると小屋まで全力疾走。


 息を切らした笑い上戸は小屋に入ると、黄金のオカマ地蔵に奉納した種を持って行こうとした。小屋でメイクしていた鬼市害は笑い上戸の姿を見ると、オカマ地蔵から種を取って手渡してやろうとしたが……。

「あれ? ここに置いておいた閻魔帳えんまちょうを作る植物の種はどこへ行った?」

「え? 鬼市害さん。『三世さんぜ』無くしたんですか? 1億年に1度できる最高品種の三世、どこへやったんです? クククッ、無くしてしまって……んふっ!」

「分からねぇな、うーん。まっ、いいか。とりあえず今年はいつものやつを育てるか」

 笑い上戸が笑い出すので、鬼市害も釣られて笑う。最後には2人は爆笑した。


 閻魔は三世を死ぬほど楽しみにしていたのに、無くしても軽い感じで話題を流すカマカマファームであった。


 その三世という種は今、大地地獄の大地を黄金に染めているニャン吉が植えた種である。


 目も眩むような黄金の光が消えた。三世を植えた辺りの地面から何かが生えてきた。生えたのはレモンである。


 レモンは尖った部分が左右にきていて、レモン型の瞳は紫色していて、レモンにそうように1つカッと開いていた。レモンの地面側には根っこが伸びて手足となっている。レモンの頭になる部分からは蔦がいくつか伸びていて、その中のいくつかの先端には、中央に口のある白い花が咲いていた。


 その植物は、根っこでニャン吉を受け止めていた。


「御主人様、御主人様」

 その植物の声はニャン吉を御主人様と呼んだ。抑揚のない、いかにも無機質な声である。ニャン吉には何が起こったのかさっぱり分からなかった。


 ――ニャン吉の最後の賭けは伸るか反るか。

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