第64章 若き猛獣の覚悟

コカとリークの過酷な訓練は2日間行われたがこれはまだ序の口。



精鋭獣王隊に入る事は簡単な事ではなかった。



3日目も違う将校と部隊が訓練を担当した。



2日目の訓練を終えた夜中に3日目の訓練は始まった。



兵舎で気を失う様に眠っているペップ達。





「撃てっ!!」





ボンッボンッ!!!!





『!!!!!!!』





爆音に驚いて飛び起きたペップ達は兵舎の窓から外を見ると獣王隊が榴弾砲を撃っている。



強面の豹の半獣族の将校が立っている。



ペップはドアを開けて外に出た。






「早く出てこいゴロツキ共があああ!!!!!」





榴弾砲が放たれる中でも響く将校の怒鳴り声。




ルル達も慌てて兵舎から飛び出した。




目をこすりながら整列している。




すると将校は隣にいる軍曹にうなずいた。






「お前らっ!! 眠いのか!? じゃあ起こしてやるからな!! やれっ!!」





軍曹が下士官に合図を出すと下士官達は消火用ホースでペップ達に水を噴射した。



あまりの水圧に顔を背けるペップ達。



しかし軍曹はその光景に怒鳴る。





「誰が顔を背けていいと言った!! 冥府軍の銃弾はこんなもんじゃないぞ!? お前らは夜叉子様の私兵になるんじゃないのか!?」





誰だって顔を背ける。



とてつもない水圧で顔が痛い。



しかし顔を背けていいと命令を受けていない。



命令に忠実ではない兵士はいらない。



目の前に立っている豹の将校はそう言いたいのだろう。



いつ終わるのかもわからない放水は疲労と眠気でペップ達の神経を逆なでする。






「あああ!!!! いつまでやるんですか軍曹殿!!」

「上官への反抗だな!! 全員夜叉山まで駆け足。 さあ行け!!」





苛立ちを隠せないペップ達はダラダラと駆け足を始めた。



将校はまたも軍曹にうなずいた。



すると軍曹と下士官は横一列に並んでライフルを乱射した。



驚いたペップは振り返った。



ルルと仲間達は慌てて走った。



しかしペップは銃撃の中でじっと睨んでいた。



歯茎をむき出しにしている。





「ガルルルルッ!!!!!!!」





苛立ちを腹の底から叫んだ。



上官の言いたい事はわかる。



しかし挨拶もなしに突然、水をかけにきた。



その態度に苛立った。



ペップは腹の底から吠えた。



だが次の瞬間。





「!!!!!!」

「何だ? その目は?」





将校は気がつくとペップの目の前に現れて首を掴んだ。



鋭い爪はペップの首に刺さっている。



反抗してこれ以上爪を深く刺されたら致命傷になる。



倒れ込んで何も言えなくなった。





「ゴロツキ風情が生意気な目をしやがって。 いいか。 我ら獣王はお前らに入隊してほしいと望んでなんていない。 お前らがゴロツキから精鋭になるために覚悟を決めたと判断して訓練している。 そんな目をしている様では永遠にゴロツキのままだ。」





豹の大尉の目は確かに鋭かった。



しかしペップ達の様な小生意気な目ではない。



修羅場を経験して、命を奪った事のある者の目だった。



ルル達は銃撃から逃げる様に走っていた。



暗い夜道を懸命に走っている。



半獣族の彼らは夜間でもライトが必要ない。



獣道を素早く移動している。





「ルル! ペップの兄貴置いていっていいのか?」

「そ、そうだよねー。 わ、私、戻る!! みんなは進んでいいよー!」

「お、おいルル!!」





仲間達は立ち止まった。



ルルはペップの元へ戻った。



いつも引っ張ってくれるペップとルルがいなくなった彼らはどうしていいのかわからなくなった。



しかしここに来て彼らには成長が見られていた。



本人達は気がついていないが。



それはルルに「進んでいい」と言われたのに立ち止まった事だった。



今までの彼らは言われた事だけを行っていた。



しかし仲間2頭がいない。



だから進まなかった。




「俺達は仲間を置いて進むなんてあり得ない。 そうだろ野郎共!?」

『ガルルルルッ!!』





チーターの半獣族のキーガ。



ペップ、ルルに次ぐリーダー格の1頭だ。



キーガは遠くをじっと見ている。



そして進み始めた。





「行くぞっ!」

『ガルルルルッ』














その頃ペップは上官に殺されそうになっていた。





「命令も聞けない。 訓練もこなせない。 それの何処が兵士なんだあ!?」





ペップの中で蘇る日々。


それは動物園で囚われの身だった頃。



毎日与えられた餌を食べて飼育員に従う。





「なんだ。 兵士ってのはペットなのか。 大尉殿。 あんたは物言わねえペットなんだな。」

「なんだと?」

「餌を食べて客の喜ぶ芸をする。 命令されて従う。 兵士なんてただの・・・」





豹の大尉はペップを片手で持ち上げると地面に叩きつけようと振りかぶっていた。



ペップの表情に後悔はなかった。



獣王隊はそんなに甘くない。



上官にここまでの態度を取ればそれだけのケジメを取る事になる。



大尉が振り下ろそうとした瞬間。





「ガルルルルッ!!」





ルルが飛び込む様にしてペップを抱きかかえた。



大尉はルルに気がついていた。



試されていた。



ここでペップを見捨てる様では兵士としての可能性はない。



生意気なゴロツキだがまだ可能性はある。





「な、なんで戻ったルル!」

「ありゃー。 訓練で教わったじゃないのー。 仲間を見捨てちゃダメって。」

「訓練や命令。 まるで動物園だ。 ルル! やるぞ。 こいつらぶっ殺す。」





ペップは立ち上がった。



四足歩行になって今にも襲いかかりそうな構えをしている。



獣王隊はライフルに着剣している。



そして銃を構えている。



ペップは構わず突き進んだ。





「うわああああああガルルルルッ!!!!!!!」





仲間を置いていけない。



ルル達も続いた。



またしても獣王隊に挑んだ。



前回はタイロンとクロフォードだけに負けた。



今回はその2頭もいない。



ペップには勝てる自信があった。






「俺はペットじゃねえ。 見せてやるよ俺の力を!!」




勝てるわけがなかった。





「はあ・・・はあ・・・」





ルルもキーガも仲間達も全員倒れて獣王隊に取り押さえられていた。



しかしペップだけは立っている。



獣王隊に囲まれている。




「お、俺は負けねえ。」

「くだらないお前の中にある信念で仲間全員の命を危険に晒している。 お前は衆を束ねる器じゃない。」

「俺の何を知ってんだよ・・・」

「誰かに担がれる者はその器が求められる。 時には耐え忍ぶ事だって器の大きさだ。 お前は感情のままに暴れて仲間を使っている。 ペットになりたくない? お前の部下はお前のペットじゃないのか?」





大尉の言葉は正論だった。



ペップの従いたくないという感情でルル達を危険に晒している。



その事に気がついていない。



ペップには返す言葉もなかった。






「あんたらうるさいんだよ。 琴が起きちゃうでしょ。」

「お頭!! 申し訳ありません。 こいつらがまた暴れて。」




大尉は夜叉子が来ると尻尾をフリフリとさせて話している。



ペップにはその光景すら吐き気がした。



ペットだと。



夜叉子はペップを見ている。





「はあ。 傷つくなあ。 何その目は。」

「俺はペットじゃねえよ・・・」

「大尉。 こいつ借りるよ。 他の連中はあんたに任せるよ。」

「はいお頭!」

「来な。」





ペップは夜叉子に連れられて歩いている。



煙管を吸っている夜叉子は何か言うわけでもなくただ歩いていた。



ペップは不機嫌そうにしている。



すると夜叉子は街にあるベンチに腰掛けた。



灯籠が照らすベンチに腰掛けるとベンチをポンポンと叩いて「隣においで」と促している。



ペップは座ると灯籠で照らされる美しい夜の街を見ている。





「あんたさ。 囚われの身だったんでしょ。 辛かったね。」

「・・・・・・」

「うちの子になる事は囚われの身なの?」

「あの大尉はいきなり起こして水をかけてきた。」

「ふっ。 あいつは気性が荒いからね。 でもさ。 戦場だったら夜も敵は来るよ?」





何が起きるかわからない。



それが戦場。



訓練で経験しないと戦場では正気を保っていられない。



大尉が行った事は間違っていない。





「ふう。 私達は今日までに多くの仲間を失ったさ。 死にゆく仲間に生きてと願っても無駄な事。 別れってのは突然でさ。 悲しいものだよ。」

「でも俺は上官にペットみたいに使われたくない。」

「でもね。 戦場で大切な判断が迫られた時にあんたは上官を無視して勝手に動くつもり? 上官の命令が残酷で気に入らなかったら命令無視するの?」

「そうなるな。」





夜叉子は何も言わずに空を見ていた。



あくまで自分が正しい。



それを貫こうとするペップの姿勢。



誰かに従う事はペットだと言い張る。






「あんたの事がどうでもよかったら勝手にしていいと私は言うね。 でもね。 もうあんたは私の子だよ。 死なせるわけにはいかないよ。 そのためには経験のある上官に従う事が大切なの。 別にあんたを奴隷にしたいわけじゃない。 私の命令を大尉があんた達に伝える。 何故ならあんたらを守りたいから。」





命令系統は軍部の基本。



上官の命令に従わない兵士がいる事で部隊全体が危険になる。



部隊を守るために命令が下る。



夜叉子はその頂点にいる。



ペップは黙って何も言わない。



夜叉子は続ける。





「別に戦場でいきなり上官に水かけられる事はないよ。 ただね。 日頃からそんな命令に従って我慢する事ができる兵士じゃないと戦場で迷いが出てしまう。 あの大尉だって部下が大勢いたでしょ? 彼らは大尉を信じている。」

「お、俺は・・・あんたの事は信じようと思ってる。」

「じゃああの子達の事も信じてあげて。 私の大切な子達だから。 あんたと同じ。」





ペップは戦場を知らない。



勢いだけでなんとかできると思っている。



実際に獣王隊と戦っても歯が立たない。



それでも従う事を嫌うペップ。



夜叉子は愛を持ってペップに命令系統を理解させようとした。





「お、俺は兵士に向いてないかもしれないな。」

「ふっ。 たった3日で? 最初から完璧なんてあり得ないでしょ。 私やあの子達だってたくさん失敗してきたんだよ。 上官のやり方に疑問を感じたら私の元へおいで。 話してあげるから。」

「う、うん・・・」





夜叉子は立ち上がると着物を整えた。



そして扇子を仰ぎながら歩き始めた。



一度振り返り座るペップを見る。





「頑張りなよ。 あんたはいつか立派な兵士になれるよ。」

「何でそう言えるんだよ?」

「私の大切な子だからさ。」




ペップは夜叉子が去った後もベンチに座っていた。



空をじっと見ている。



大きなため息をついた。





「もう少し・・・頑張ってみるか・・・耐え忍ぶ事も器・・・俺は夜叉子の大切な子か・・・」





赤面して何処か嬉しそうにするペップはもう少し兵士として歩む覚悟を決めたのだった。



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