第46章 再始動

白陸第4都市は少しずつ活気を取り戻し始めてきた。



獣王隊の再編成も行われて日々過酷な訓練を行なっている。



常に夜叉子が訓練を監督している。



ほんの些細な失敗も許されない。



山岳戦の訓練が当然多かったがその過酷さは想像以上だった。



元より獣王隊に所属していてコカやリークでさえも気絶する事が多々あった。



もう誰も失いたくない。



訓練でできない事は実戦でもできない。



夜叉子はそんな気持ちを過酷な訓練として兵士達へぶつけた。



しかし兵士達には楽しみがある。



血反吐を吐く様な訓練の後は決まって夜叉子が手料理を振る舞った。



疲れが吹き飛ぶ様なボリュームのある料理を兵士達にたらふく食べさせると夜叉子は城の天守閣へ戻って行く。



都市を見下ろす事ができる山城は誰もが息を飲む絶景となっている。



天守閣の直ぐ下の中庭では兵士達が食べた食器や鍋を片付けている。



それをチラリと見ては美しい夜景を見て煙管を咥えている。



天守閣の手すりには天上酒。





「あの子達が強くなれるかは私次第。 次に何が必要かはわかっている。 私の軍団はもっと強くならないといけない。」





冷酷と言われる夜叉子。



しかし彼女の心の中は熱く燃えている。



大切な部下を死なせたくない。



おちょこに入っている天上酒をグイッと飲むと城の中に戻り椅子に腰かける。



手に取る書類は毎晩同じ。



現代戦闘の書類。





「エヴァに会いに行かないと。」





エヴァはアーム戦役の途中から白陸に加わった。



かつてはアメリカ海兵隊でCIAにも所属していた時間があった。



現代戦闘の知識は豊富で夜叉子同様に非常に頭も良い。



夜叉子は第4軍と獣王隊に現代戦闘の知識を取り入れたかった。



そのためにはまず自分が学ばなくてはいけない。



誰かに覚えさせて自分は知らん顔なんてできない。



夜叉子はそんな女性だ。



その晩は床についた。









そして夜明けと同時に夜叉子はタイロンだけを連れて領地を離れた。



兵士達には休暇を与えた。



夜叉子は帝都に入った。



そこは虎白が直轄に統治している街で白陸で一番栄えている。



普段は白王隊が大勢いるが今は遠征中で誰もいない。



その間の治安維持等は竹子の第1軍と優子の第2軍が行った。



そして帝都を進み、本城にある一室。



「隊員募集」と書かれるドアを夜叉子は開けた。





「新入りですかー?って!? え?」

「邪魔するよ。 エヴァ頼まれてくれない?」

「えっとー。 なんすか?」

「私にあんたの戦闘知識を教えて。」





エヴァは驚いて隣にいる仲間のジェイクやマシューと顔を見合わせる。



しかし夜叉子の目は真剣だった。



確かにエヴァが白陸に来た時は信頼していなかった。



だが共に冥府に行き、アーム戦役を経験してエヴァの実力は良くわかった。



今は勝手ながら家族だと思う努力をしている。





「わ、私でいいんすか? 別にサラでも・・・」

「あんたには悪い事したよね。 今はあんたを信頼している。 白陸を救ってくれてありがとう。 だからあんたから教わりたい。」

「ま、マジっすか。 なんかそんな言ってもらえると照れるっすね。 いいっすよ私でよければ。 まだ人数少ないんすけどうちのナイツも協力します。」





ナイツとはエヴァの私兵だ。



虎白から命じられて特殊部隊を作っていた。



白陸が戦いとなれば一番最初に敵地へ行く部隊。



かなり高度な技術が求められるために十分な練度の高さが必要とされた。



全員が現代戦闘の兵士であり、かつて特殊部隊などに所属していた精鋭集団。



それゆえに兵員集めがなかなか上手くいかずに人数が増えていない。



しかしエヴァに焦る様子はなくコーヒーを飲みながら事務所で仲間と話していた。



突然の夜叉子の来訪には驚いた様子だったが心良く引き受けてくれた。





「夜叉子さんの軍団は山岳戦が強いっすもんね。 ゲリラ戦とかもっと強化したらいいっすよねーギリースーツ着た狙撃兵なんかいたりして!」

「夜叉子でいいよ。 ぎりー? まあ一から教えて。 げりら・・・」





戸惑いながらもエヴァの話を聞いている。



後に夜叉子の第4軍が冥府軍から「霧の軍団」と恐れられる日が来る。



これはその過程の物語だ。



「使い方もさ。 曖昧と言うかさ。」

「まずマガジンを入れてコッキングレバーを引けば撃てます。」




夜叉子はぎこちない動きでライフルを触っている。



マスケット銃辺りまでは撃ち方を知っている夜叉子だったがエヴァ達の使うフルオートライフルは初めて触った。





ババババーンッ!!





「うわ。」

「意外と反動もないですし撃ちやすいっすよね?」

「まあ確かに。 これを歩兵に持たせるの?」

「現代の歩兵は全員持ってますよ。 それにライトマシンガンやスナイパー。 そして衛生兵に通信兵。 無反動砲に迫撃砲。 などなども歩兵がやっているんです。」





困った表情をしてエヴァの話を聞いている。



全く知らないエヴァの知識。



しかし夜叉子はそれを確実に理解していった。



フルオートライフルに関しては何発か撃つと既に的に当たり始めた。



装填まで自分で出来る様になり武器の解体から手入れまでを数日で覚えた。





「ライフルはオッケーっすね!」

「あんたらには及ばないよ。」

「ん、まあ。 そりゃプロっすからね。 でも山岳戦じゃ夜叉子に勝てないっすから。 それぞれに役目ってもんがあるんすよー。」





エヴァは金色の髪の毛を触りながら照れくさそうに話している。




童顔で人形の様に可愛い顔からは想像もつかないほど高度な技術。




エヴァは全ての銃を使いこなしていた。





「そして夜叉子が一番気に入るのはこれじゃないっすかね? ショットガン。」

「何これ? ライフルとは違うの?」

「まあ撃ってみますからねー。」




ガシャコンッ!



ダーンッ!



ガシャコンッ!!





一度の発射で的には複数の穴。



弾は放たれると散弾して直撃までにバラける。



1発で複数人を負傷させる。



至近距離なら相手を即死させられる。



夜叉子はうなずきながら見ている。





「どうすっか?」

「これで敵の顔を撃つとどうなるか見てみたい。」

「お、おっふ。 エグいこと考えるっすね。」

「これ2つちょうだい。」

「いいっすよ。 でも2つ? そちらのータイガーさんに?」





エヴァはタイロンを見ているが夜叉子は首を振る。



しかし誰とは言わず2つほしがった。



エヴァはショットガンを2つ持ってくると夜叉子に尋ねた。





「ペイントとか何か入れますか?」

「ぺい・・・」

「模様とか言葉ですよ。」

「ああ。 1つには獣の模様。 もう1つには・・・そうだね。 鮫の模様でも入れてもらおうかな。」





こくりとうなずいたエヴァは仲間のジェイク達に渡す。



武器をペイントしている間にエヴァは次の現代戦闘の話をする。



これも夜叉子が覚えておくべき戦略。





「言いにくいんすけど。 砲撃技術を覚えるつもりあるっすか?」

「砲撃・・・」





それは夜叉子の頭から離れない言葉だ。



アーム戦役で夜叉子と第4軍を苦しめたのはまさに砲撃だった。



見えもしないほど遠くから飛んでくる榴弾。



爆発と共に充満する毒。



なすすべなく大勢が戦死した。



エヴァはそれを知っていたから聞く事に対して気まずさを感じていた。



夜叉子は煙管を取り出して火をつける。



大きく息を吸って吐く。



エヴァは気まずそうに髪の毛を触りながらそわそわとしている。





「当然。 覚えるに決まっている。 いや。 覚えさせて。」

「りょ、了解っす! 難しい技術なんでゆっくりやっていきましょう!」





現代戦闘の砲撃とは非常に高度な技術だ。



30キロメートルも離れた場所へも撃ち込める。



しかしそれは砲撃手からも見えない距離。



砲撃地点付近にいる兵士からの座標の報告で着弾点を計算して砲撃する。



考えるだけでも目が回りそうな技術だ。





「と、まあ。 こんな感じなんすよ。」

「兵士にも座標を覚えさせないといけないね。」

「そうなるっすね。 下士官には難しいと思うんで将校にだけでも。」

「わかった。 タイロン。 あんたも覚えるよ。」





タイロンは聞いているだけで目が回っていた。



半獣族のタイロンには難しすぎた。



しかし夜叉子は諦めない。



宮衛党に次いで半獣族の兵士が多い夜叉子の軍団。



私兵の獣王隊に関してはほとんどが山岳地帯に生息する半獣族。



人間の兵士は少ない。



だから半獣族が砲撃を出来る様になるしかない。



これは大きな挑戦だ。





「出来る様にならないと私もあんたも。 うちの子達もいつか死ぬ。 今のエヴァ達ならこの人数だけで私達を全滅させられるよ。」





夜叉子の意見は変わらなかった。




「これをこうしてーここを引っ張る! 耳を塞いで口を開けて!」




ボンッ!!




その音は身体の中を突き抜ける様に。



鈍く鋭く響いた。



夜叉子は初めて近くで見る榴弾砲に言葉が出ない。



その弾の大きさも榴弾砲自体の大きさも何もかもが規格外。





「これで私の子達がやられたわけね。」

「夜叉子。 大丈夫っす。 これを使いこなして二度と同じ事をしなければいいんです。 どんな偉人達も大きな失敗をして強大になっていく。 夜叉子の様に悲しみ、苦しんできたんすよ。 乗り越えて強くなりましょうっす!」





エヴァの言葉はまるで夜叉子を包み込む様に。



気高くも優しく夜叉子の美しい身体を通り抜けた。



エヴァの深い海の様に青い瞳を見て夜叉子はうなずく。



ニコリと微笑んだエヴァは大きな弾を持ってきて夜叉子にも撃たせた。






「それでここを閉めて。 そして引っ張る!」

「え、行くよ?」

「オッケーっす!」





ボンッ!!





爆音と共に弾が飛んでいく。



肉眼では見る事すら難しい。



一瞬で放たれて数秒すると果てしなく遠くの丘が爆発している。



夜叉子は榴弾砲の恐ろしさを知ると共にどうしても使いこなしたいという高揚感を覚えた。





「撃ち方は覚えた。 でも的確に撃ち込まないといけないわけね。」

「座標っすね。」





地図を読み取り着弾点の座標を砲撃手に無線で伝えてその場に放つ。



つまり前線の歩兵が座標を伝え、後方の砲撃手が的確に座標に照準を合わせなくてはならない。



それを半獣族や人間の兵士の連携で行わなくてはならない。



下界の世界の軍隊なら当たり前にできている。



しかしそれを実現するために高度な訓練を重ねている。



冥府軍の襲来はいつになるのか。



誰もわからない。



しかしやるしかない。



夜叉子の決断は早かった。





「砲撃手は第4軍から選出する。 人間の兵士でね。 半獣族は身体能力に勝るから前線から下げたくない。」

「的確な判断っす。 射撃が下手な兵士や神通力が低い兵士を優先的に選んで徹底的に訓練した方がいいっすよ。 座標の読み取りは少尉から上の将校は全員できる様にしないとっす!」





何から何までエヴァの世話になった。



夜叉子だけではない。



竹子も優子も甲斐も鵜乱もレミテリシアも。



皆がエヴァとサラに現代戦闘の知識を聞きにきていた。



時にはこうして実演して。



時には大将軍の城に赴いて。



ミカエル兵団から無理やり連れてきたエヴァだったが今や白陸には絶対に必要な存在だった。





「エヴァありがとうね。」

「とんでもないっす。 夜叉子の方が辛い道を歩んでるんすから! 何でも協力するっす!」

「そう言ってもらえると助かるよ。 今度うちの城に来て。 鍋でも作るよ。」

「マジっすか!? フゥー!! 是非っ!!」




嬉しそうに笑うエヴァを見て夜叉子はペコリと一礼すると直ぐに城へと戻った。



エヴァの指示で製造が進んでいる榴弾砲は完成次第、優先的に夜叉子の第4軍に配備された。



その後竹子の第1軍、優子の第2軍へと配備が続く。





そして後日。






「遂にうちらのとこまで来たね。」

「やっぱりこう見るとデカいですねお頭。」

「そうだね。 これを使いこなさないとこの先の戦いでは生き残れない。」





さっそく第4軍から選ばれた砲兵20人。



発射には8人ほどいれば問題ないが負傷や戦死、奇襲時の応戦、座標を聞く通信手などを含めて集められた。



砲撃隊は更に増やして行く予定だ。



その最初として集めた20人の元歩兵に夜叉子が指導した。



時間がある時はエヴァも訪れた。





「そうそう夜叉子ー。 あれだったらインストラクターって事でうちのナイツの隊員何人かつけるっすよ!」

「いんすと・・・うちの子達の面倒見てくれるの?」

「そうっす! 丁度この間ナイツに入ったカナダ人とイギリス人が砲兵経験もあるやつなんで!」




困り顔の夜叉子だったがエヴァからの申し出を感謝した。



その晩、夜叉子はエヴァと仲間に料理を振る舞った。



まだ先は長い。



しかし夜叉子は諦めなかった。



二度とあんな思いをしたくないと。



料理を頬張るエヴァ達を横目に天上酒をすすりながら夜空の月を見て硬く胸に誓った。

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