第44章 夜叉子の無念

ハンナが行った「仲直り演習」には多くの大将軍と私兵が参加した。



しかし夜叉子と獣王隊は参加できなかった。



それはアーム戦役での損害が原因だ。



獣王隊と第4軍は保有戦力の実に7割を失った。



完全にその機能が停止して夜叉子の領土に暮らす人々も大幅に減少していた。



遺族は嘆き悲しみ、街からは活気が消えた。



そんな領土に夜叉子はいた。



山の頂上にある山城。



夜叉子の本拠地で獣王隊の基地。



しかしそこもゴーストタウンと化していた。



朝目が覚めると夜叉子は髪の毛を櫛で溶かす。



水を一口飲んで煙管に火をつけると机に山の様にある書類に目を通して何かを書き続けている。





「全部私のせいさ。 あんたらが死んだ事はね。 許してなんて言わないよ。 私は私を許せない。」





一枚ずつ丁寧に書いている書類は遺族への手紙だった。



アーム戦役で夜叉子が布陣していた山には毒ガス弾を撃ち込まれて兵士達は悶え苦しんで死んでいった。



夜叉子自身も毒を吸って重体になっていた。



運良く夜叉子は一命を取り留めたが、そうではない者がほとんどだった。



戦後夜叉子は定期的に帝都に行ってはいたがそれ以外の時間はずっと手紙を書いていた。



全兵士の分を一枚一枚。



そして夕方になるとそれを持って山を降りて行く。



街に出ると一軒一軒手紙を渡しに遺族の家に訪れた。



手紙だけではなく直接遺族にあって夜叉子は謝罪していた。





コンコンッ




ガチャッ





「夜叉子様!?」

「様なんていらないよ。 殴ってやりたいでしょ。 今日は謝りに来たんだよ。 お宅の夫を死なせて申し訳なかった。」

「・・・・・・お、夫は誇りに思っていますよきっと。 主を守れたって。」




兵士の妻は振り絞る声で夜叉子に伝えた。



じっと兵士の妻を見ている夜叉子はすっと手紙と白い花束を渡した。



握りしめてその場に崩れ落ちる彼女の前で夜叉子もしゃがんで優しく肩に手を置く。





「恨んでくれていいから。 私は自分を許さない。 許さなくていい。 でもどうか。 しっかり生きてほしい。」

「うう・・・夫を亡くしてどう生きろと・・・」

「最初は私への憎悪でいい。 でもいつか。 前を向けるから。 いくら憎んでもいいからさ。」





兵士の妻は泣き崩れて肩に乗っている夜叉子の手をギュッと掴んだ。



その力の強さは凄まじかった。



夜叉子はそれでも彼女から手を離さなかった。



毎晩夜叉子は10軒ほどの家を訪れては遺族に謝罪をしていた。



そして日をまたぎまた夜叉子は手紙を書いている。




コンコンッ




「おう入るぞ。」

「帰って。 忙しいから。 補充兵なんて当分面倒見ないよ。」

「夜叉子。 何もお前がそこまで。 俺の失態なんだぞ。」

「ふっ。 それでもあの子らは私が預かった兵士だよ。」





虎白が夜叉子を心配して来たが見もせずに手紙を書いている。



目の下にくまを作っても書き続けている。



毒ガスで戦死した部下の苦しみを考えるとまるで眠気が来ない。



疲れて勝手に眠るまで書き続けていた。



目が覚めると途中で書いていた手紙を捨てて最初から書き直す。



眠った事に失礼だと感じてどんなに長く書いていても最初から。





「夜叉子。 外の空気吸いに行こう。」

「窓開けているから大丈夫。」

「はあ。 仕方ねえな。」





虎白はため息をついて夜叉子が持っている筆を取り上げる。



ギロッと睨みつける夜叉子の目は疲れている。



いつものゾッとする様な鋭い瞳ではなかった。



虎白は夜叉子を無理やり立ち上がらせると力一杯抱きしめた。





「一人で背負うなって言ってんだろ。 いつもお前はそうやって。 泣けばいいだろ。 家族だろ。」

「うるさいな。」




しかし夜叉子は虎白から離れようとしなかった。



抱きしめ返すわけではなかったがその場でじっと抱かれていた。



そして虎白に感じる鼓動と少し荒くなる息遣い。



肩には湿った感覚。



虎白は更に力強く夜叉子を抱きしめた。





「女相手にそんな力で抱くなんて酷いね。 傷つくよ。」

「もう傷ついてんだろ。 何も強がらなくていい。 ここには俺とお前しかいない。」

「ふっ。」




どれくらいの時間そのままだったか。



落ち着きを取り戻した夜叉子は白い毛皮のソファに腰掛けて煙管を吸う。



すっかり暗くなった窓を虎白が閉めると夜叉子の隣に座る。





「まあ。 手紙は書き続けるよ。」

「わかったよ。 夜飯ぐらい食いに来い。 竹子も心配してるからよ。」

「はいはい。」





まだ疲れた表情に変わりはないが少しだけいつもの夜叉子の目になった事を確認できた虎白は尻尾をフリフリとさせて部屋を出て行った。





「ありがとうね・・・」





これは天上大内乱という一大事件の中で人知れずあった大将軍や生き残った兵士達の物語である。



コカとリークを覚えているだろうか?



レッサーパンダのリークとアライグマのコカ。



白陸軍第4軍の兵士として従軍していた彼らは直ぐに私兵となり、メテオ海戦、アーム戦役と生還を果たして獣王隊の大尉にまでなっている。



かつてメテオ海戦でもリトと少しだけ会話をした事があった。



今回のアーム戦役では多くの第4軍と獣王隊が命を落とした。



しかし運良くコカとリークは生き残った。



先輩や後輩。



同期もほぼ全滅した中で孤独に残ってしまった。



獣王隊基地も人気がなくシーンとしている。





「お頭大丈夫かな。」

「まあなー。 あれはお頭のせいじゃねえよなー。」





僅かに残った獣王隊もその機能を失い特に訓練もせずに補充兵を待つだけの日々。



獣王隊中佐のタイロンとその副官少佐のクロフォード。



虎の半獣族と黒豹の半獣族。



彼女らも夜叉子と共に行動していたために生き残った。



現在は夜叉子の身辺の世話をしていて訓練は行っていない。



というより訓練を行えるほど生き残っていなかった。



3000の獣王隊で生存しているのは100をきっていた。





「俺達これからどうなっちまうのかな。」

「解散させられて別の軍団に再編成なんてないだろうな・・・」





国主の虎白からも指示はなく月日は過ぎていく。



その間も夜叉子は必ず兵士達に行なっている事があった。



山の中にある獣王隊基地。



その中にある大きな広場で煙が上がる。





「あんたら。 朝飯だよ。 こっちとそっちは昼と夜の分ね。 お腹空いたら火をつけて蓋がグツグツ動き出したら食べられるからね。 食べ終わったらお皿と鍋はきちんと洗いなよ。」





夜叉子は兵士達に大きな鍋で食事を作ると直ぐに出て行ってしまう。



近頃の兵士達の楽しみは夜叉子の手料理だった。



いつも作っていてくれたが、こんな時だからこそ身体に染み込む。



兵士達への謝罪や無念、それでも愛してくれる愛情などが感じる熱々の鍋をコカやリーク達は堪能している。





「それにしてもお頭・・・なんか食べてんのかな・・・」

「俺達には作ってくれるけどよ・・・軍団の補充とかで忙しいんだろうな。 なんかできる事ねえかなあ。」





獣王隊はいつだって夜叉子に導かれていた。



我らがお頭の判断に間違いはない。



しかし今は夜叉子からの指示がない。



コカもリークも他の兵士達も不安でたまらなかった。



何ヶ月続いたか。



ある日夜叉子は獣王隊の元へ現れた。





「お頭!!」

「長らくあんたらの事、放ったらかして悪かったね。 別にあんたらを捨てたわけじゃないよ。」

「そんな事わかってますよ! お頭大丈夫なんですか!?」




夜叉子はすました顔で煙管を咥えている。



チラッと鍋を見てはコカ達を睨む。



鍋と皿は洗ってはあるがぐちゃぐちゃと積み重ねてあった。





「あんたらさ。 綺麗にしときなって言ったでしょ? しっかりやってくれないなんて私は傷ついたよ。」

「す、すいやせんでしたっ!! おいお前ら! 早く片付けやるぞっ!!」





まるで不良少年達を束ねる熱血体育教師の様に。



手のつけられない荒くれ者を束ねるボスの様に。



夜叉子は獣王隊の彼らを自在に操った。



大好きなお頭の「傷つく」という言葉は聞きたくない。



コカ達は慌てて走っていくが夜叉子は鼻で笑う。





「ああ、ところでさ。 あんたら私にまたついて来てくれるの?」

「はいっ!?」

「いやだからさ。 私と共に。 歩む覚悟はまだあるの?って聞いてるの。」

「そりゃもちろん!!」





突然聞かれた質問。



コカやリーク。



タイロンやクロフォードだけではない。



生き残ったわずかな獣王隊は全員が夜叉子を真剣な眼差しで見ていた。



夜叉子は大きく息を吸って一歩下がる。



するとそれはそれは見事なお辞儀をして見せた。



普段は凛としている夜叉子。



敵からは恐れられ、味方でさえも恐れる。



しかし近くで夜叉子と共に戦っている兵士達は夜叉子が大好きだ。



その理由はこれか。



夜叉子が深々と頭を下げている。



コカ達は空いた口が塞がらない。





「安心したよ。 私と一緒にいたくないなんて言われたら傷ついたよ。」

「そんなわけないじゃないですか! 俺達はずっとお頭と共にありますから! そんな心配しないでくださいよっ!!」

「あ、そう。 じゃあさっさと食器を綺麗に整頓させな。」

「へ、へいっ!!」





そう言って夜叉子は慌てるコカ達を見ては鼻で笑い、城の中へ入っていく。



そして自分の部屋に行くと書類に目を通す。



書類にはこう書かれている。




「現代戦闘戦術書」




これは現代戦闘の知識が豊富なエヴァとサラが作った書類だ。



山岳戦の天才夜叉子でさえも長距離からの榴弾砲には勝てなかった。



これに爆撃や火炎放射器まであったらどうなっていたか。



夜叉子は考えるだけでゾッとしていた。



それから夜叉子は自分の時間はまるで作らずに遺族へ手紙を書いては手渡しに行き、部下へ食事を作り、それ以外の時間はこの書類を猛読していた。





「私が甘かった。 もう二度と。 出し抜かれないよ。」




夜叉子は自分の時間を一切求めなかった。



しかし夜叉子を愛する琴はそうではない。



メテオ海戦で父を亡くし、海軍を引き継ぐ形となった琴の心の寄りどころは夜叉子だった。



父の墓に花を供えてくれた。



そんな夜叉子に琴は惹かれていた。




「邪魔するでー!」

「うるさいな。 忙しいからあっち行ってな。」

「行かんでーあたしは今日は決めとるんよ。 出かけるでー! じゃけん準備してやっ!」




元々海賊だからか。



四国、中国、近畿地方を縄張りにしていたからなのか。



琴の話し方は色んな方言が混じっていた。



雰囲気はおっとりしていて笑顔が可愛い。



短い黒髪を颯爽となびかせて夜叉子の手を引っ張る。





「あんたさ。 見てわかるでしょ。 私は忙しいの。」

「せやなー。 じゃけんたまには出かけんとな!」

「そんな気分じゃない。」

「ええからええからー行くでー!!」





強引に夜叉子を連れ出して笑顔で歩いていく。



琴の誘いには何故か本気で断れない夜叉子もいた。



仕方なく夜叉子は自分の領土を琴と共に歩いた。



鼻歌を歌いながら上機嫌の琴は夜叉子の腕にしがみつく様にして歩いている。



夜叉子を見る街の人は皆が会釈している。





「信頼されとるなー。」

「そんなんじゃないよ。 ここにいるほとんどがアーム戦役の遺族だよ。 私はあんたと幸せそうに歩いていちゃいけないよ。」





夜叉子は遠くを見てため息混じりの声で言う。



しかし琴は気にする様子もなく嬉しそうにしている。



時より夜叉子の背中をさすったりもして。





「夜叉子は絶対に目を背けへん。 せやから心配なんや。 1人で全部背負わんでいいんやで。 あたしかて大勢の海兵失ってもうたわ・・・」





少し声を震わせて琴はギュッと夜叉子の腕にしがみつく。



お互い多くの将兵を失った。



琴は夜叉子を励ますと同時に自分も励ましてほしかった。



煙管を制服から取り出して咥えると街のベンチに腰掛ける。



火をつけて息を吐く。





「それでも私達は虎白の創る未来を信じている。」

「せやな。 虎白は頭がむっちゃええからなーきっとええ未来を創れるで!! そないな事になったらあたしは夜叉子と楽しくたこ焼きでも食べよかな!」

「ふっ。 呑気なもんだね。」




互いに寄り添っている。



虎白や竹子とはまた違う形だがこれが2人の関係。



琴が思いっきり甘えて夜叉子が少し本音を吐く。



そうやってアーム戦役の傷を癒していた。





「お頭!! やっと見つけやしたよ。 あ、琴の姉さんお疲れ様ですっ!」

「ふっふーん。 姉さんだぞー!」

「それより見つけたって?」

「独立派の連中ですよ!!」





黒豹のクロフォードが真剣な眼差しで訴える。



独立派とは夜叉子の領土内で蔓延り出した勢力。



治安維持も担当していた獣王隊と第4軍。



しかしその7割もの戦力が戻らなかった。



それは領土内の治安崩壊を意味していた。



今こそ夜叉子から領土を奪い自分が領主になろうとする者達がひしめき合っていた。



軽武装をして縄張りを守る連中が山々や街に拠点を置いている。



その一角をクロフォードが遂に見つけた。





「はあ。 琴わかるでしょ? 呑気に遊んでいられないの。 クロフォード。 うちの子達に狩の準備させな。」

「へいお頭!!」





夜叉子はベンチから立ち上がると基地へと向かおうとする。




「待って! あたしも一緒に行くで!」

「は?」




突然琴が叫ぶと驚いた夜叉子は振り返る。



琴は背中に背負う刀を抜くと今までのデレデレの表情とは異なり勇ましい顔で夜叉子を見ている。



ため息をついて「向こうへ行け」と手を振るが琴は離れない。





「夜叉子の問題やったらあたしの問題でもあるんやで。」

「なんで?」

「あたしは夜叉子が大好きなんよ。 せやから協力させてや!」

「はあ。 相手は山岳戦に慣れてるかもよ? あんたは海で暴れるだけでしょ。」

「陸戦隊の指揮官やで? 山岳戦も慣れとかんと!」





海軍艦隊を指揮するのは尚香の仕事。



そして上陸用舟艇で浜に上陸して虎白や夜叉子達陸軍に合流するのが琴の海軍陸戦隊の仕事だ。



諦めた様に夜叉子は琴を見る。





「私から離れるんじゃないよ? 死んだら許さないからね。」

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