第9章 犠牲

キリス戦線が開幕する。




「勇者であれー!!!!」

『おおおおおおおおおー!!!!!!!』




マケドニア軍が突撃を開始する。




今回の天上軍の布陣は右翼側にマケドニア軍5万。



左翼側に白陸軍5万が布陣している。



中央は虎白と鵜乱の鳥人族とマケドニアの鳥人族。



右翼のマケドニア軍が一斉に突撃すると虎白も動いた。




「かかれー!!!!」




平蔵は刀を抜いて進む。




「いよいよか。 勝ったらこの戦いは伝説になる。 10万の兵で100万を撃退した戦いだ。」




刀をギュッと握り微かに微笑む。




「この様な大戦に加われた事を誇りに思う。 例えこの戦で散ろうとも。」




そして平蔵は遠くの大軍を見る。

















「いいみんな。 私の背中を見て付いてきてね。 はぐれたら近くの隊長に付いていってね。」




ハンナは自分の分隊員に指示を出す。




「分隊長。 敵が襲いかかって来たらどうすれば?」

「もちろん戦っていいよ。 でも1人では戦わないでね。 戦うなら分隊のみんなで戦う。」




ゆっくりと前進する白陸軍の隊列ではそんな会話が行われていた。



ハンナにとっては初めての野戦。



平蔵や太吉は下界で戦闘経験があるがハンナには正真正銘初陣だ。



攻城戦では夜叉子達の活躍もあり戦う機会も少なかった。



以前の戦闘では正気を失い良く覚えていない。



しかし今回は部下がいて仲間がいる。



ハンナは平蔵に叱られた事を良く思い出す。





「1人の行動が戦を左右する。 良くも悪くも。 今回は分隊のみんながいる。 落ち着いて戦わないと・・・」




実際の所ハンナは不安で気が狂いそうだった。



実戦経験も少なくいきなり30人もの分隊を指揮する。



白くて綺麗な手は小刻みに震えていた。



それを部下に見られないために気丈に振る舞った。




「みんな平気よ!! 虎白様はすっごく強いから。 絶対に勝てるわ!」

「ええ! 分隊長がいれば勝てます!!」

「へっ!? あ、そうね! 大丈夫よ!」























そして優子の師団が盾を構えて先頭で進む。




健作の師団も優子の横を固める。




「お嬢! まだ動かない?」

「うん。 まだねー。 虎白から合図が来るよー」




間もなく接敵する。




健作は小さい優子を見て微笑む。




「新納隊長が見たらなんて言うか。」

「なんか言ったー?」

「なんでもない。 勝って国に帰ろうお嬢。」

「うん!! 健作にもお菓子作ってあげるからねー!」





敵まで100m。























「この大戦。 わしらは先陣か・・・」




太吉は不安げな表情で進む。




「竹子様がいらっしゃらないのは実に不安じゃ。 まあ平蔵なら上手くやるか・・・」




竹子が下界に降りた事で竹子の師団を平蔵が率いている。





『おおおおおおおおおおおー!!!!!!!!!』

「き、来た・・・」




冥府軍が突撃してくる。




「盾兵構えよー!!!!」




平蔵の声が響く。




「覚悟決めねばな。 生き残る覚悟じゃ。 絶対に死んでなるものか。」




太吉も鋭い目つきで敵を見る。




「己等にこの首くれてやるわけにはいかんぞ!!!」



赤い鞘に入っている刀を抜いてギリッと冥府軍を睨む。



弱気な表情は消えて大隊長として何百人もの味方の指揮を執る。



先陣の優子と平蔵の隊が接敵する。



盾兵が前に出て敵を食い止める。



戦況を見つめる平蔵はずっと不安げな表情だった。




「あの策はなんと・・・」




優子の背中に塗られた鮮やかなピンク色の印。



それは平蔵の背中にもあった。



太吉には別の色。



ハンナにはまた別の色の印が付けられていた。




「この作戦が上手くいけば勝てるのだろうか・・・何より経験がない。 この様な作戦。」




いつになく不安げな平蔵。




「回れー!!!!!」




虎白が叫ぶ。




「みんなー私に付いてきてねー!!」




優子が右へ走り出す。



それに健作と平蔵も連動して動く。



軍全体が円陣のまま右回転を始める。



平蔵の背中を見て太吉達は付いてくる。



太吉の背中を見てラルク達中隊長が続く。



そしてラルク達の背中を見て小隊長が続きその背中をハンナ達分隊長が追いかける。



兵士は分隊長の背中を見て動く。



この行動により全兵士が一つの円のまま右回転をする。



強引に迫る冥府軍は回転する陣形に切り刻まれて近寄れない。



円の中で静かに動く騎馬隊。



敵に噛み付く好機を今か今かと待つ。



獲物を狙う肉食動物の様に静かにその時を待つ。



しかし先に鵜乱の鳥人部隊が動いて攻撃を仕掛ける。





そしてその時が来る。





「甲斐!! 行くぞ!!」




虎白の声で騎馬隊を率いる甲斐が動き出す。




「全軍!! 甲斐に続けー!!」




兵士達は敵を蹴散らす甲斐に続いて敵の大軍の中に入っていく。




平蔵達もそれに続き乱戦に身を投じる。




「怯むなー!!!!!」




鬼の形相で敵に斬り込む平蔵はまるで鬼神の如く敵をなぎ倒していく。



冥府軍は大混乱で道が開いていく。



敵の本陣まで突き進む。




しかしそれは現れた。




髑髏のお面に黒い装束。



背中に2本の剣を差す敵の大将を守る精鋭。




不死隊。




甲斐の猛突撃を止めた。



白陸軍はその光景に唖然とする。



元ミカエル兵団の天使長。



白陸軍でも武人として名高いあの甲斐が。



兵士に止められるなんて。



不気味に立っている不死隊に白陸軍は息を呑む。




「な、なんと・・・甲斐殿の進撃を止めたのか・・・」





平蔵の額には微かに汗が流れる。



その沈黙を破る者。



不死隊の1人を斬り捨てる。




「こいつらは死なないわけじゃないぞ!!!」




虎白が不死隊を斬り、甲斐も不死隊を倒していく。




「行くぞ!!! 我らでも倒せる!! かかれー!!!」




平蔵の一声で白陸兵は不死隊に襲いかかる。



しかし不死隊は動じる事もなく白陸兵と戦う。



2名の白陸兵が不死隊1人に向かっていった。



1人の剣を片手で止めてもう1人に蹴りを入れる。



受け止めている1人を不死隊は剣で突き刺して蹴られて転んでいる白陸兵の頭を叩き斬った。



パックリと頭が割れて血を吹き出して倒れる。



白陸兵2人でも不死隊は問題なかった。



明らかに白陸兵より練度が高い。



戦いに慣れている。



そして自分の主を守る覚悟が更に強さを与えている。



平蔵は斬り捨てられる自分の兵士を見て険しい表情をする。




「こやつらは真の戦士だ。 虎白様が先頭で戦っている・・・わしも行かねば。」




刀をギュッと握り前に出る。




「さあ!! かかってまいれ!!!」




不死隊の1人が平蔵に向かってくる。



剣を振り下ろす。



平蔵は受け止めて前蹴りをして不死隊を転ばせようと試みる。



しかし不死隊はグッと踏ん張り更に斬りかかる。



2手、3手と受け止めて平蔵は刀で突き返す。




「こやつ・・・かなりやりおるわ・・・」




平蔵は今までに見た事のない練度の敵に手を焼いている。




「こんな兵士が何千といるのか・・・」




刀を振りかぶり徐々に不死隊に近寄る。



髑髏のお面で表情がわからない。



それが異様に不気味。



平蔵の額からは汗が流れ出る。




「そりゃああああ!!!!!」




斬りかかるが、不死隊は冷静に剣で防ぎ平蔵の太刀筋を見る。



カンッ!!



カンッ!!



2手、3手と交える。





「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」





平蔵が刀で押し切る。



不死隊は後ろにのけぞった。




「隙きあり!!!」




平蔵は思い切り刀を不死隊の腹部目掛けて振り抜いた。




その時。




「な、なっ!?」




自分の体が宙に浮くのを感じる。



ドサッ!!



背中から地面に落ちる。



平蔵が刀を振り抜く瞬間、不死隊は後ろにバク転して刀を避けた。



そして足払いをして平蔵を転ばせた。



呆気にとられる平蔵。



不死隊はためらう事なく平蔵の腹部に剣を突き刺した。




「ぐふっ・・・み、見事。」




吐血して動けない。



刺した不死隊は平蔵がもう動けないとわかると次の白陸兵と戦った。




「し、師団長ー!!!!」




平蔵が倒れた事で士気が崩れかける。




「お前ら怯むな!! うちのお嬢がいるんだ!! 勝てるぞ!!」

『おおおおおおおおおおおおおおおー!!!!!!!!!!!!!!!』




健作と優子がまだ前線で戦っているため士気の崩壊は免れた。




「な、なんとも強い兵士だった・・・この世界にはこんな兵士がたくさんいるのか・・・」




腹部からは物凄い量の血が流れる。




「包帯持って来たぞ。 ほれしっかりしろ。」




太吉が慌てて手当てをする。




「何を言う。 今更助かるはずもない。」

「諦めるな。 あんたがわしに教えてくれたのだ。」




平蔵は微かに微笑み空を見ている。




「まだ敵は大勢いるぞ。」

「わしの大隊で囲んでおる。 平蔵しっかりせい。」




段々と表情からも力がなくなっていく。



しかし平蔵は幸せそうに微笑んでいる。




「わしとて武士だ。 強敵に敗れて死するのは誉れよ。」

「・・・介錯するか・・・」

「いや・・・手を握ってはくれぬか?」




太吉は平蔵の手を握る。




「強敵に敗れて仲間の横で死ねる。 武士としてこんな幸福な最期があろうか。」

「平蔵・・・」

「最後に一つ・・・わしの頼みを聞いてくれ・・・竹子様を頼む・・・・・・・・・」

「・・・相わかった・・・」




下界から虎白や竹子と共に生き延びてきた平蔵の最期。



彼の死を虎白も竹子も知らない。



太吉はうつむく。




「何故じゃ・・・主はお前の死を嘆くか・・・逝くその時まで竹子様が心配か・・・」




眠る様に動かない平蔵。



太吉は静かに涙を流す。




「しかし感謝しておる・・・たった1人赤備えで天上界に来たわしを貴公が受け入れてくれたのだ・・・かたじけない・・・」




動かない平蔵を見つめる。




「大隊長!! 優子様から平蔵様の師団を引き継げとの事です!! 間もなく軍全体も更に前進します!! 甲斐様が突撃を開始して虎白様も動きます!! お早く願います!!」




平蔵の死を嘆く暇もなく白陸軍は進む。



太吉は周囲を見渡すと平蔵の他にも大勢の白陸兵が倒れていた。




「平蔵・・・貴公の最後の頼み。 努力する・・・」




そして太吉は平蔵の師団を連れて勝利に向かって進んだ。




「魔呂様がダレイオスを討ち取ったぞー!!!!!!」

『おおおおおおおおおおおおおおおー!!!!!!!!!!!!!!!』




戦闘は勝利して白陸軍は撤退を開始する。




戦死者を回収して。




天上界で命を落とすと魂は「到達点」と言われる永遠の安息の地へ訪れる。



中間地点で命を落とせば遺体や遺品の回収をして天上界に埋葬して「到達点」へ送れる。



冥府で命を落としたら「無」に消えてしまう。



平蔵の遺体は太吉が責任を持って連れ帰った。




「師団長。 先日のキリス戦線での話を聞きたいと竹子様がいらしています。」

「わかった。」





師団長となった太吉は部屋を出ていった。


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