4話/受注編:裸の中年の価値、ロリババァの価値

〇チックノック村にて

GM:徒歩数時間で、深い広葉樹の森が見えてくる。その中を、マシューから聞いていた通りのルートで進むと、簡素な拒馬(馬防柵)で囲まれた村が現れる。しかしその柵の一部は壊されており、あと一度でも襲われると危ない、と君達にはわかる。


GM:若い見張りが一人、柵の外にいる。君達に気付くと、「冒険者さんですか!」と声を掛け、慌てて村の中に入れてくれる。


GM:「詳しい話は村長からさせていただきます」と、見張りに案内されて、君達は村の奥に進む。道すがら、村人達は皆物珍しそうに、しかし感動と歓迎と期待のまなざしで君達を見ていることが感じられる。


エッシェン:ブフッ。


イーリス:思いっきり酒瓶抱えているヤツがいるが、その辺の判断力は大丈夫か村人?


GM:しかも全員新人なんだよなあ。前までスリしてたようなのもいるし。


スヴェン:?(はて、という顔)


ヴェロニカ:皆めちゃくちゃ若くて威厳とか全然ないのに……。


GM:「いきなり言われてバイト来ましたけど」、みたいな大学生の集団と変わらないからねえ。


 謎の期待に却って不安を掻き立てられる冒険者一行。中の人達が普段怪しい村落のNPCや怪生物などと丁々発止のロールプレイをしているせいか、妙にそういった違和感に敏感になってしまっている。

 だが、今回に限っては少し特殊な事情があった。

 彼ら村人の持つ期待は、とある人物によって裏打ちされたものなのだ。


GM:村の一番奥の木製の、年季の入った家に通され、見張りはいなくなる。


GM:家の中にはひとりの少女が椅子に座り、薫り高い茶を飲みながら待っているが、君達に気付くと、「ようこそ、いらしてくださいました」と微笑み、立ち上がり、頭を下げる。


GM:美しい銀髪で、頭に祭事用と思しき布と鈴をつけている。年齢は十代なかばに見える。


アルマス(GM):私が依頼主で、村長のアルマスです。この村では、星詠み――つまりは占術の技術に最も長けている者が長を継ぐのです。


カイル:こんなに若いのに村長なんだ。


エッシェン:えっ!?


ヴェロニカ:ガキですわ?


イーリス:アルマス……確かに依頼書にあった名だ。


スヴェン:一歩下がって後ろの方から見ている。


GM:では、ここでこのイラストをご覧ください。


 と言って、GMはハーヴェスの遠景のときと同様に、シナリオブックに掲載された村長アルマスのイラストを彼らに提示する。

 美しい銀髪を持つ少女だ。十代なかばだが、童顔と前髪を切り揃えた髪型から、それよりもさらに幼く見える。だが、その表情は年齢以上に妖艶な雰囲気を持つ。

 部屋は高級そうな布で仕切られており、奥の解放された窓から差す陽光が逆光となってアルマスを妖しく浮かび上がらせている。彼女が腰かける椅子はベッドほどもある大きさで、村の中での扱いの大きさを感じさせる。

 そんな空間に、アルマスは腰をくねらせる様に着座している。

 彼女の頭を覆う祭事用の布は厚みのあるヴェール状の白布で、縁には金の刺繍で幾何学模様が描かれている。一方でヴェールの裏地は黒く、そちらに波打っているのは星座を思わせる紋様だ。

 大仰なヴェールの下は、簡素――というにはいささか煽情的に過ぎる――だが仕立ての良い衣装を纏っている。二つの長い布を胸の前で交差させた胸当てに、腿上までしかない腰布。脚を覆うのは編み上げた布だが、爪先と踵、足の甲は惜しげもなく露出している。

 長い銀髪の一房には装飾として二つの鈴が連なっており、彼女が動くたびにチリリと慎まし気な音を立てると見て取れる。


エッシェン:どうでちかー? かわいいでちかー?(イラストまだ回ってきていない)


ヴェロニカ:か゛わ゛い゛ッ゛!゛


カイル;あー、かわいい。


スヴェン:かわいいねえ。


イーリス:おおー。


エッシェン:早く見せるでちよ。――あーカワイイー!! 僕がんばるでちー!


GM:ぶっちゃけロリの言うことなら皆聞くやろ?


エッシェン:やめるでちよ。当然だけどやめるでちよそういうの。


ヴェロニカ:そら裸のオッサンにしたら誰も言うこと聞かんからなあ。


カイル:(味わい深い表情)


エッシェン:裸のオッサンだったら僕やらないでちからね!


 かつてとあるTRPGのシナリオで、本来幼女だったキーキャラクターを裸のオッサン(しかも拳銃所持)に置き換えて回すという実験的なことをした人物がいた。

 エッシェンのPLである。

 しかも裸のオッサンのイラストをA4用紙に描画してきたのだ。

 もはや参加者も見学者も記憶の闇に葬って久しいが、それはもう見事な不健康極まりない中年男性のスケッチであった。

 その時の参加者はヴェロニカとカイルのPLだったが、当然ながら裸のオッサンは信頼を得られず、散々な結末を迎えてしまった。

 データ的には完全に同一のNPCであっても、その描写如何によってPLからの扱いは大きく変わってしまうのだ。そういう意味では、このシナリオの依頼者はPL達の心をガッチリ掴んでいると言っていいだろう。


エッシェン:しかもこのロリ、煽情的な座り方しよってからに……。あーけしからんでち!


ヴェロニカ:え? というかロリババァじゃないん? ロリなん?


GM:んー……。ハテナにしておこう。


 実はこのアルマス、彼らが見ていないページに年齢が記載されていた。だが、特に今回のシナリオでその年齢がギミックに関係することも無いので、敢えて描写しないことにした。


エッシェン:そっちの方がいいわ。


ヴェロニカ:うん、そっちの方が良い。ババァの方が良い。


スヴェン:面白い響きだな、「ババァの方が良い」。


ヴェロニカ:最高。


エッシェン:あ゛ー゛……いいでちー……。


ヴェロニカ:ここの二人だけ異様にテンションが上がってる。イラストが良かった。最高。ア゛ー゛!゛


カイル:人間かどうかもわからない。


GM:女の子かもわからない。


ヴェロニカ:え゛ー゛!゛?゛ ヤ゛ッ゛タ゛ー゛!゛ (一瞬間を置いてから)今のは中の人の声であって、ヴェロニカの声では、ありません。


 性癖に合致するNPCが出てくると人は簡単に狂ってしまうので、時折正気に戻る時間が必要だ。少しのクールダウンの時間を挟み、GMは依頼主の話を続ける。

GM:アルマスは自己紹介を終えたあと、以下の情報を君達に伝える。


●遺跡について

アルマス(GM):蛮族が来た方向に遺跡があることは、調査に向かった若い衆の調べでわかりました。山肌に埋もれていますが、その山自体がさほど大きくないので、おそらく全部で10部屋程度の大きさだろう、とのことです。


●蛮族の数

アルマス(GM):村を襲った蛮族は2体、どちらもゴブリンでした。でも遺跡内には、もっと数や、別の個体がいる可能性はあります。


●被害

アルマス(GM):食料や衣服などが奪われました。村人は、軽症者が出ただけで済みましたが、今は生かされているだけかもしれません。


ヴェロニカ:ゴブリンが服を着るんですの?


エッシェン:ちょっと待った。生かされているだけっていうのは、捕虜になったってことでち?


アルマス(GM):いえ、捕虜にはなっておりません。


スヴェン:とりあえず物だけ盗った、と。


イーリス:「今回は物だけ盗ったが、次来たら皆殺しにしてやる」といった感じか。


ヴェロニカ:良かった、古代ペルシャみたいになってるのかと思った。


GM:違うよー。


 ここでいう古代ペルシャというのは、古代ペルシャが戦争捕虜となった者を去勢して着飾らせ、捕虜の解放を求めてやってきた敵国の使者の前で舞いを踊らせた、というものだ。

 いやいや、そんな尊厳を毀損するような展開をスタートセットと銘打って販売していたらヤバイだろう。どんな性癖スタートセットだ。GMは結構好きですが。


アルマス(GM):新鮮で日持ちのする食材、くらいに思われている可能性はあります。


エッシェン:ああー。


カイル:(黙々と板書を見比べたりしている)


●村人の戦力

アルマス(GM):ここの村人は200年以上前、他の地で暮らしていましたが、蛮族の襲撃によって村人の半数を失い、現在の森の中に逃げ延びた、と言い伝えられています。そのうえ私の星詠みによれば、200年前と同じような悲劇が、この3日以内に起こるだろう、と宣告されています。だから我々村人は戦わず、冒険者様に迅速な討伐をお願いすることに決めたのです。蛮族が準備を整える前に。


●戦利品の所持権

アルマス(GM):蛮族から取れた戦利品は基本的にあなた方の収穫にしてもらって構いません。


エッシェン:やったでち。


アルマス(GM):ただ、村から奪われた資産――さっき申し上げた衣服や食糧などが見つかれば、それは返していただきたいので、依頼完了後に相談させてください。


スヴェン:相談。


エッシェン:相談。


ヴェロニカ:そこの手癖の悪そうな二人。


エッシェン:いやいやいやいや。


スヴェン:いやいやいやいや。相談しようねえ。


GM:まあアルマスさんは可愛らしい女の子なのでね、お願いしたら皆さん「ウンウン」って言うこと聞いてくれますよね。


エッシェン:スヴェン、スヴェン、確保しておくでちよ。それは交渉材料に成り得るでちよ。スヴェンの好きなように使うといいでち。


スヴェン:いやぁ、一緒に使おうぜ。


エッシェン:え? いいでちかぁ?


イーリス:ではそれを聞いて、後ろでガァンと鞘の石突を床に叩きつけます。


ヴェロニカ:おお怖い怖いでち。


GM:皆のコントを見終えたアルマスは、こんな話をします。


アルマス(GM):今晩はお休みになられて、明日の朝出発されてはいかがでしょう? そうすれば、ちょうど三日後の昼頃に目的地に到着できます。蛮族達の多くは夜行性で、奴らもまさか逆に襲われるとは思っていないでしょうから、不意を打てるはずです。


GM:そう言ってアルマスは目的地の遺跡までの簡単な地図を描いて渡してくれます。一本道なので迷うことはなさそうだし、確かに言われた通りの日数でいけそうだ。君達は、今晩は村人から精一杯のもてなしを受けたのち、アルマスの用意した家屋で就寝することになる。


スヴェン:良かった、食料残ってたんだな。


GM:かき集めたんやろうね。アルマスさんに質問がある人!


エッシェン:え? 寝るとこってどこでちか?


GM:用意した家屋なので、宿を取ってくれていますね。


エッシェン:あーそうでちか(あからさまにガッカリした様子)。


イーリス:アルマスと一緒じゃないよ。


エッシェン:残念でち……。超残念でち……。


ヴェロニカ:身の程を弁えろですわ。


カイル:ふふっ。


エッシェン:ちょっと辛辣でちー。


 因果応報であった。


GM:他は大丈夫?


一同:大丈夫―。


GM:じゃあ時間進めてもいいかな?


ヴェロニカ:(噴き出して)蒼〇翔太みたいなことを言い出してびっくりした。


GM:みんな~! 時間を進めるよっ! ――蒼〇翔太がやってきて帰ったんで、時間が進みました!


〇いい日旅立ち、その前に

GM:さて翌朝。君達は遺跡へと旅立ちます。見送りに来てくれた村人達の中からアルマスが一歩君達に近付き、申し訳なさそうに耳打ちする。


アルマス(GM):みなさま、昨日はおこがましいと思ってお伝えしていなかったのですが、ひとつお願いが……。


エッシェン:誰が代表で聞く?


スヴェン:じゃあ俺がいこう。――聞くだけな?


アルマス(GM):実は私の大切にしている飼い犬も、生きたまま奪われてしまったのです。


 一同、今までで一番衝撃を受けた様子で息を呑む。


アルマス(GM):もしもまだ生きていたなら連れ帰っていただけたら嬉しいです……あるいは、そうでなくても、遺体だけでも持ち帰って頂けたら。


 アルマスは犬の概要を伝える。

・白い毛

・雑種

・赤い首輪をつけている

・名前はピュア


 アルマスは最後に声音を精悍なものに戻し、こう言って君達を送り出す。


アルマス(GM):それと、今朝行った私の星詠みによれば、『高きところに成果あり』と出ています……それでは、いってらっしゃいませ。


エッシェン:いいこと聞いたでち! 高いところに成果ありでちか。誰か僕を肩に乗っけるでち。成果出るでちよ? 早く乗せるでち!(酒瓶ドォンドォン) ヴェロニカでもいいでちよ? カイルでもいいでちよ?


イーリス:その酒瓶を置くなら、乗せてやってもいい。


エッシェン:イーリスはいいでち。


スヴェン:思ったんだが、それは逆でもいいんじゃないか。俺が上でお前が下。


エッシェン:僕に乗ってもそんなに高くならないでちよ! 僕が高いところに行くから高きところに成果――ンー……誰か乗せないでちか?


ヴェロニカ:…………。


エッシェン:――その目はやめるでち。やめる……やめて。


GM:録音に残らねぇ。


エッシェン:カイルくぅん! ちょっと肩ァ軽そうでちね? 乗せてみないでち?


カイル:いいですよ。


エッシェン:流石でちよカイルくぅん! そう言ってくれると思ったでちよ! (素の声に戻って)よっこらせっとォ。


GM:そっからですね、三日間かけて歩くわけです。


エッシェン:右肩大丈夫でちか?


カイル:三男じゃなければ耐えられなかった。


スヴェン:そういや白い犬の件って俺に耳打ちされただけか。歩きながら伝えよう。――皆聞いてくれ。村長から飼い犬の救出を言伝されてな。白い毛で、雑種で、赤い首輪をつけているピュアという名前の犬だそうだ。


エッシェン:雑種だけど赤い首輪でちか。白い毛、白い毛ねえ……誰かペンキ持ってないでちか?


ヴェロニカ:被るんですの?


エッシェン:もし死んでたら赤い首輪つけてペンキ被って「ワン!」って言おうかと思ってでちね?


 そんな悪巧みを企てる者もいたが、概ね彼らは犬の救出を前提として動くのであった。このシナリオが非常に良く出来ている点が、ここにある。

 TRPGのダンジョン攻略で起こる悲劇が幾つかある。

 ゴブリンなどが立てこもるダンジョンに対し、冒険者達が踏み込まず、ダンジョンの外から水路を引いたり入り口で薪を焚いて燻し殺すというものだ。これはPL達の知略によって労せずして勝利を得るもので、彼らのアイデアが閃いた結果として評価したい部分はある。だが、冒険せずして何が冒険者か。

 具体的にはGMが用意したダンジョンギミックやモンスターデータは全てお蔵入りしてしまうわけで、そのような展開になった場合「よし、じゃあこのあとはボドゲすっか!」と気分を切り替えていかないとGMのメンタルはズタズタに引き裂かれてしまう。まあ、中には「ン気持ちいい! もっと俺のシナリオを滅茶苦茶にしてくれ!」というタイプのGMもいるかもしれない。筆者もたまにそういう気分のときがある。だが、初めての冒険では流石に控えたいところ。

 それらを解決してくれるのがピュアだ。

 ピュアという無垢なるワンちゃんをダンジョン内に配置することで、それらの強硬策が自然と取れなくなってしまうのだ(もちろんそれでも強行するPLはいるかもしれないが)。

 少なくともこのメンバーに対して、ピュアの存在はそういった作戦を思考の埒外に追いやる効果があったのは確かだ。

 アルマスとピュア。

 この一人と一匹は、PL達に気持ち良く冒険してもらうためのNPC仕草がたっぷりと詰まったお手本のような存在なのである。歴戦の濃ゆいPL達との戦いを繰り広げてきたソード・ワールドシリーズ制作陣が送り出すキャラ配置の巧妙さに、一人舌を巻くGMであった。

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