第18話 別れ

 その晩夏のレッスンは、夕方まで続いた。桐哉さんは、夜になる前に私を送り出してくれた。ドアを閉めるとき、とっくに眼鏡をはずした桐哉さんが、あのラリエットを首にかけてくれた。そして、

「それではまた来週。さよなら、結さん」

 と軽く手を振ってくれた。私も、

「さよなら、桐哉さん」

 とようやく彼の目を見てほほ笑むことができた。桐哉さんはちょっと困ったように振る手を止めた。

「いけませんね、結さん。そんなかわいい顔でさよならを言われては、意地悪をしたくなってしまいます」

 そうつぶやいたかと思うと、彼は私の耳元に唇を寄せた。

「泊っていきませんか、結さん。離れたくありません」

「ちょ、ちょっと、桐哉さん……!!」

 私がアトリエのあるマンションの目の前に広がる紅色に染まった夕日のように頬を染めると、桐哉さんはくすくすと笑って私から離れた。

「冗談です。気を付けて帰ってくださいね。また待っています」

 私は最後までほとんど彼に翻弄されっぱなしで、頭から湯気が出そうになりながら静かにドアを閉めた。そして、エレベーターでおしゃれなエントランスに下りながら、離れているようでも、まるで抱きしめられているようにあたたかく、優しかった桐哉さんのことを考えては、自然に笑顔がこぼれていた……。

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