第58話 リッチの誕生日プレゼント

 俺は朝からニマンドの店に馬車を買いに来ていた。ルーフェン村に直接来る馬車がないので、俺たちは歩いて村を行き来するし、観光客も馬車を持っている人たち、または大勢で馬車を雇える人たちに限られている。


 馬車があれば、俺たちも便利になるし、もっと平民の観光客も増えるのではと思ったのだ。一応俺が馬と馬車を買うが、エサやりや馬の世話はルーフェン村のみんなでする。

 まあ、村の共同財産みたいなものだな。


 優先権利は俺にあるが、俺も普段は使わないから、大半はルーフェン村に来るお客さんを運ぶのに使うことになるだろう。

 スイートビーの蜂蜜を使った、蜂蜜酒の仕込みもついに始めたし、来年はもっと冬支度も楽になるだろうな。


 俺が冒険者をやめたことで、俺自身が村に落とせる金が無くなってしまったが、代わりに村自体が稼げるようになってきている。

 村のみんなも観光客を迎えることが、やりがいにつながっているようだった。


 役場に、馬車の停留所に馬車を1日3回つける許可も取った。朝、昼、夕方の3回。

 朝村に来て昼に帰ってもいいし、昼に来て夕方帰ってもいい。

 もちろん朝来て夕方帰ったっていい。


 のんびりしたい人と、サウナと食事を楽しんだら帰りたい人の為に、時間を複数もうけることにしたんだ。これをニマンドの店で出して貰っている告知に追記すれば、思い立ったその場ですぐに、ルーフェン村に来ることが可能だと知ってもらえるからな。


 町にある馬車の停留所は、役場が出している乗り合い馬車の停留所なんだが、1日の本数が少ないので、使われていない時間の方が長いんだ。許可を取れば使わせて貰うことが可能だが、乗り合い馬車の邪魔をしてはいけない。許可なく馬車をとめてもいけない。


 それさえ守れば誰でも停留所に馬車をとめることが可能なんだが、あまり馬車を用意してまで観光地に誘致する町や村がないから、特に他と調整することもなく、すんなりと希望の時間を取ることが出来た。


 ちなみに馬車で町に来るような一時的な利用の場合は、町の入口に馬蹄宿という専用の店があって、そこで馬車と馬をそれぞれ有料で預けて、馬の世話をしておいて貰うんだ。それなら許可もいらないからな。


 別に定期利用でなくとも、許可さえ取れば一時的な利用も出来るんだが、指定された時間にいなくちゃならないのと、御者が馬車から降りて離れることが出来ないからな。馬車を持ってるくらいの人たちは、みんなお金を払って馬蹄宿を利用する、というわけだ。


 今日は他にも目的があるんだ。もうすぐリッチの誕生日なのだ。もちろん卵から一緒にいるわけじゃないから、本当の誕生日は分からないが、俺の家族になってくれた日を誕生日に定めて、毎年お祝いをしているんだ。


 この日だけは、いつもクエストの後なんかに、よく頑張ったご褒美にあげているお菓子を、ふんだんに食べさせてやっている。イリゾイの木の実を、蜜飴でかためたお菓子で、鳥の魔物が特に好んで食べるものだ。


 マニャーラという地方でのみ作られている伝統菓子で、リッチはこれが大好きなんだ。

 別に特別魔物専用とかではなく、本来人間用のお菓子だけどな。リリアも大好きだし。

 魔物も食べられると聞いていたから、あげてみたら、すっかり気に入っちまったんだ。


 魔物専用の餌やお菓子も売ってはいるんだが、それよりもこれのほうが好きだから、ご褒美はこれにすることにしている。

 ちなみにニャラララという、一見猫の為のものかと思わせるような名前の商品だ。


 だからか、マニャーラ地方では、鳥の魔物の種類が他の地域よりも多く、飴を狙って人間を襲う種族、逆に人間を守って、お礼に飴を貰う種族などが存在する。

 逆に言えば、鳥の魔物が多いせいで、他の魔物が極端に少ない地域であるとも言える。


 リッチはダンジョンの中で見つけて使役したが、リッチと同種族のロックバードもたくさん住んでいる地域だ。

 ロックバードは元々人間に有効的な魔物ってわけじゃない。どちらかと言えば人間を避けて暮らしているタイプの魔物だ。


 だが、マニャーラ地方のロックバードは、飴を狙って人間を襲うタイプと、守る代わりに飴を貰うタイプの両方が存在するらしい。

 よほど好きなんだろうな。

 リッチがニャラララを好きなのは、ロックバードの性質だということだ。


 マニャーラ地方は周囲を山々に囲まれている地域で、他の地域に移動するのに、必ずどこかの山を越えなくてはならない。

 その為自給自足が盛んで、独自の文化が発展している場所でもあるな。


「どうだい?いい馬だろう?

 お前さんに馬が欲しいと言われてから、ずっと探してもらっていたのさ。人間にもよく慣れているから、大勢を運んで走るのにも、小さい子どもたちにも安全な馬さ。」


 馬小屋の中で栗毛の馬を撫でている俺の後ろで、ニマンドが自慢げにそう言った。

 初対面の相手にも撫でさせてくれる。確かにとてもよく人に慣れているようだな。

 筋肉のハリもよく、人を運ぶよりも、走るのに向いていそうな馬に見えるんだが。


「確かにいい馬だが、この子は騎乗するほうが向いてる馬なんじゃないか?」

「それがな……。他の馬を怖がるのさ。」

 ニマンドがそう言って肩をすくめた。

「──馬を怖がる?」


「元々は騎士団の遠征用に育てられた馬だったそうなんだが、他の馬と並んで走らせようとすると、怖がって暴れるんだそうだ。

 走るのは早いんだがな。だから、伝達用の早馬か、荷運びに欲しがる客に売ろうってことになって、払い下げられたのさ。」


「なるほどな……。」

 まあ、うちに他に馬はいないし、町に来る馬は町の入口の馬蹄宿にいる。俺たちが停留所を使う時間に他の馬車はいない。ルーフェン村の馬車をひかせる分には問題はないか。


「この子、名前は?」

「イクノヴァだ。」

 額に星みたいな、白いマークがあるからかな?いい名前だ。

「よし。イクノヴァ。うちの子になるか?」


 イクノヴァは、ブルルル……と鳴いて、俺に頭を擦り付けてきた。

「お前さんを気に入ったみたいだな。」

「じゃあ、この子を買っていくよ。

 あと、馬車と馬具を一式だ。」


「あいよ。」

「あ、そうだ。リッチにやるから、ニャラララも頼むよ。5袋くらい欲しいんだが。」

「ニャラララ?ああ、もうそんな時期か。

 すまんが、今ニャラララは手に入らんのだよ。他のものにしてくれないか。」


「──手に入らない?注文に時間がかかるってわけじゃなくてか?」

 ニマンドの店では、常時置いている品物じゃないから、いつも事前に注文して取り寄せして貰っているんだが、手に入らないなんて言われたのは初めてだ。


「それがな……。マニャーラ地方に行く山の中に、魔物が住み着いちまって、交易が途絶えているらしいんだ。」

「魔物?あそこは普段から、いろんな魔物が住み着いている場所だろう?」


「そうなんだがな……。なんでも、魂を吸い取られるとかなんとか……。詳しくは分からないが、商人たちが逃げ帰っているらしい。

 だからしばらく、マニャーラ地方からの商品は手に入らないと思ってくれ。」


「魂を吸い取るだって?」

 山地乳(やまちち)みたいなやつか?

 山地乳はコウモリが年をとると、野衾(のぶすま)という妖怪になり、さらに年をとると山地乳という、口先が尖ったサルに似た姿になり、山中に隠れ住むと言われている。


 山地乳は、眠っている人間の寝息を吸い取る日本の妖怪だ。その様子をもしも他の誰かに見られていれば、寝息を吸われた者の寿命が延びるが、誰にも見られていなければ、その者は翌日に死んでしまうという、ちょっと特殊な能力を持つ妖怪なんだ。


 それか吸魂鬼(ディメンター)だとか?

 ディメンターとは、人間の幸福を餌にし、近くにいる人に絶望と憂鬱をもたらし、人間の魂を奪うことができるとされる魔物だ。魂を奪われた人間は、永遠の昏睡状態に陥り、目覚めることがないのだと言う。


 精気を吸い取るだけならサキュバスなんだが、サキュバスではないのかな。だがサキュバスならよく現れるが、それならサキュバスが現れたと言う筈だしな……。もしも本当にそんな危険な魔物が出たのであれば、冒険者ギルドに依頼がある筈なんだが。


 単に仕入れるのに時間がかかるというだけなら、リリアを連れて旅行がてら購入すればいいが、そんな得体の知れない魔物が出るとなると連れて行かれないしな。リッチの為にもちょっと調べてみるか。商人が来なければイリゾイの木の実は手に入らないだろうし。


「わかった。ありがとう。ちょっと俺のほうでも調べてみるよ。リッチはあのお菓子が大好物だし、せっかくの誕生日だ。手に入るなら、どうしてもニャラララがいいからな。」

 俺は馬車を届けてもらうようニマンドに頼んで、イリゾイの木の実を購入した。


 こいつを直接持って行って、現地を調べるついでに、ニャラララを作ってくれる工房を探すとしよう。材料が入らないから、現地にいくだけじゃあ、ニャラララを作っていなくて、手に入らないだろうからな。

 俺はその足で冒険者ギルドへと向かった。


「──確かにマニャーラ地方から、魔物の調査依頼が出ているわね。既に現地の冒険者がクエストを受注して、調査に出ているわ。」

 冒険者ギルドで、長い付き合いの受付嬢が書類を見ながら詳細を教えてくれる。

「そうか。」


「相手が分かり次第、討伐に切り替えると思うけど、もしも本当に魂を吸い取るくらいの強力な魔物だったら、少なくともAランク以上の冒険者が必要だから、簡単には倒せないんじゃないかしら。山の中とはいえ人里近いもの。近隣住民の避難が必要だしね。」


「そうだな。やっぱりそうなるか……。」

「どうして気になるの?まもののおいしゃさんの出る仕事じゃないと思うけど。」

「リッチの誕生日の為に、ニャラララを手に入れたくてな。交易が途絶えて、手に入らないと言うもんだから。」


「ああ。そういうことね。

 もう、そんな時期なのね。」

 受付嬢がクスリと笑う。

「まあ、そっちは現地の冒険者たちに任せるとして、時間がかかりそうなのであれば、直接作ってもらいに行ってみるよ。」


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1年間以上間が空きまして申し訳ありません。たくさんの新規ブックマーク、今までブックマークを外さずに待って下さっていた皆さま、本当にありがとうございます。


今回は3日で3話更新です。

アイデアはあるのですが、魔物とどう絡めるのか、商品のアイデアなどを考える要素に時間がかかり、なかなかすぐに取りかかれないのが悩ましいところです。


現時点でのアイデアは6つ。

それを主人公がどう解決していくのか。

これからも楽しみにお待ちいただければ幸いです。

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