第14話 エンリーの誤算
「何とかしてくれよぉ、アスガルド、俺たちじゃどうしようもないんだ。」
「……依頼するのか?」
「え?」
「正式に依頼するのかと聞いている。
盗賊退治ならともかく、盗賊探しは冒険者の仕事じゃないが、仕事として依頼をするなら考えてやらなくもない。
だが俺は高いぞ?何せSランクだからな。
普通に役人に届け出て、捕まるのを待った方がいいんじゃないか?」
「だ、だって、この間は助けてくれたじゃないか。」
「あれは長年の近所付き合いと、俺がこれから始める、魔物専門医の仕事を宣伝する為のお試しだと言った筈だ。
冒険者ギルドにもそれで届け出てあるし、お前や、お前の親父さんたちを含む、フォークス村のみんな全員の前でそう言った筈だ。
Sランク冒険者を無償で使うことは、冒険者ギルドが、そしてこの国が許さない。
次に頼む時は仕事として頼んでくれともな。」
「え?え?でも。」
やはり右から左だったな。
「俺はお前にとってなんだ?」
「え?隣村の……。」
「そう、隣村のただの顔見知りだ。
俺にはお前の為に、タダで動いてやる理由がない。だから動けない。」
「そこを何とか……。」
「冒険者登録を剥奪されて、俺が投獄されてまで、何でお前の為にタダ働きを?」
え?とエンリーが初めてビクッとする。
「代わりにわしが説明しよう。
Sランク冒険者を、無償で使うことを、冒険者ギルドは許していない。
そこを無理に無償で動いた場合、アスガルドの冒険者登録は剥奪され、わしらはアスガルドを牢獄に送ることになるだろう。」
「ルーフェン村は!?ルーフェン村の奴らのことは、いつも無償で助けてるじゃないか!」
「あれは俺の住まいの生活範囲に魔物が出たから、対応してるに過ぎない。
俺の為にやった事で、誰かの得の為にやったことじゃない。」
「じゃ、じゃあ、一時的にアスガルドにフォークス村に引っ越して来て貰ってさ、」
「──エンリー。」
俺の見せたことのない厳しい声と表情に、エンリーが怯える。
「いい加減にするんだ、これ以上俺に迷惑をかけないでくれ。」
「だっ……、だって、もうスパイダーシルクの糸の金は受け取っちまったし、冒険者を頼んだ支払いだってまだだし、見学の客の金だってもう……手元にねえんだよぉ!」
「あれはフォークス村みんなのものだろう?
まさかお前一人で使い込んだのか?
まったく呆れた奴だな。」
俺は腕組みしながらため息をついた。
スパイダーシルクの糸は人気の商品で、かつ高額で取引される。
それがまとまった数あることが知られれば、きっと狙われるだろうと思っていた。
自分たちだけで糸を作れば、売りに行く段階まで、こんな田舎の村に大量にスパイダーシルクの糸があることを、知られることなどなかっただろう。
テイマーを募集する際にだって、ギルドにだけ詳細を話し、具体的な内容を伏せる事も出来た。
それをわざわざスパイダーシルクの糸を作る手伝いとうたって募集をかけ、街中で観覧募集のビラまで配ったのだ。
スイートビーの蜂蜜や、ラヴァロックのサウナが今まで狙われなかったのは、奴らが攻撃をしてくるからだ。
スイートビーの蜂蜜が人気とは言っても、ランクの低い魔物を狙って狩る冒険者は新人くらいだし、盗賊だってSランクの俺のいる村をわざわざ襲うような真似はしない。
ラヴァロックだってそうだ。新人が経験値稼ぎに使う為に、ルーフェン村のような辺鄙な場所までたった一体を狩りには来ない。
魔物に対応出来ない癖に忍び込む冒険者以外の人間は、エンリーくらいのものなのだ。
それに引き換え、スパイダーシルクから糸を取った後の村には、魔物も、護衛の冒険者すらいない。
警備のずさんな貧乏な村だ。とんな素人でも、そこにあると知れば簡単に盗むことが出来る。
だから派手にするなとわざわざ忠告したのだ。
「依頼料も払えない癖に依頼したってのか?」
「おまけにSランクに何度もタダ働きさせようって腹だぜ。」
「どんだけ図々しいんだ。」
「冒険者をなめてやがる。」
この時間冒険者はクエストを受けて出払っている者が多く、荒くれ者に分類される奴らは少なかったが、それでもエンリーの態度に冒険者ギルドの中が殺伐としだした。
「……エンリー!やっぱりここにいたのか!」
「親父!」
フォークス村の村長が冒険者ギルドに駆け込んで来る。
「スパイダーシルクの糸が盗まれたと分かって、お前が飛び出して行って不安になって追いかけて来たんだ。
……次にアスガルドに迷惑をかけたら、村から追い出すと言った筈だ。
今日限り村に帰ってこんでよろしい。」
「そんな!親父!」
「すまないが、ギルドを通じて依頼したクエストの依頼料も踏み倒すつもりのようだ。
アスガルドにしつこく絡んでいた問題もある。
冒険者ギルドを通じて役人に突き出させて貰う。
──コイツを捕まえろ!」
ギルド長の容赦ない言葉に、ギルド職員がエンリーを取り押さえる。
「親父ぃ、アスガルド〜〜!」
最後まで叫びながら、エンリーは役人に引きずられて行った。
これからしばらくは、依頼料の支払いの為に、強制労働に駆り出される筈だ。
「これを機に、甘えた考えはやめて、心を入れ替えてくれればいいんだがな……。」
結局こうなってしまったが、エンリーの為でもあるとはいえ、少し心が浮かなかった。
せめて気分転換に川でも眺めよう。
俺は村につくと、川沿いの道を歩いた。
すると、道の先で我が娘、リリアがしゃがみこんでいるのが見える。
「リリア?こんなところに一人でいたら、危ないじゃないか、ここにいることを村長は、知っているのか?」
「逃げないように見てた。」
「──何を?」
あれ、と言うように、リリアの指差す先にあったもの。
「〜〜〜〜!!
お前ぇ〜、戻って来てくれたのかあ!」
アントが泣きそうになりながら、しゃがんでそれに近付こうとする、
「おい、火傷するぞ?」
「あ、すまん、つい嬉しくて……。」
リリアが指差す先にあったのは、爆発飛散して失われた筈のラヴァロックだった。
「──せぇーの!」
早速男たちによって、熱した鋤に乗せられ、ラヴァロックがサウナの定位置に移される。
「やべえって!マジやべえって!」
そこにジャンが駆け込んで来る。
皆がなんだなんだとついて行くと、設置していた巣箱に、スイートビーが巣を作り始めているところだった。
村人みんなで顔を見合わせる。誰ともなく、全員が笑顔になってゆく。
こうして俺たちを巻き込んだ騒動は収まった。
新たな目の回る忙しさを残して。
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