第7話「動きだす予感」
来た道を戻り、駅の西口に向かう。
二列になって歩き、前列では成川と明島、後列で僕、宮橋、大場といった並びで歩いていた。
僕以外はすでに仲良くなっているのであろう絶えず会話を楽しんでいる様子だ。
道案内は方向音痴の成川に変わり明島がスマホを片手にGPS機能を駆使して東口から徒歩7分ほどで難なく目的地についた。
明島に任せてあまりにも呆気なく到着して宮橋が目を見張っていた。
「めっちゃ近いじゃん!俺ら東口20分くらい歩き回ったんだぜ」
文脈からして僕に対していったんだろう。僕も笑顔を作って形だけでもねぎらうように返した。
「そっか。大変だったね」
店に入ってみると彼らに誘われなければ、今までの僕の人生では決して交わることのないであろう景色が広がっていた。
明島と成川にちらりと視線を移すと初めて来る店のはずなのに女性陣が慣れたように店員に人数や席の案内を受けている。きっと彼女たちはこういう店によく来るのかもしれない。
また視線を戻し、僕はこのお店に来ている客を観察していた。知らない制服だから違う高校なのか女子高生の友達同士で来ている組もいれば、高校生のカップルで来ている組、大学生なのか平日の昼間に私服で来ているものもいる。全体的には女性の割合が多く、主に学生が多かった。
僕らは店員に案内され、6人掛けの席に女性陣と男性陣に分かれて座る。
座って真っ先に成川はメニューを手に取り、昼休みの時には見られなかった真剣な表情を浮かべメニューを舐めるように凝視する。
メニューは2冊あり男性陣と女性陣で分けた。
大場は甘いものが好きなのかメニューを食い入るように見て熟慮の末「たっぷりホイップチョコバナナパンケーキ」という名前からして欲張りな注文をしていた。
宮橋は甘いものはあまり好きではないのだろうか?すぐに決めて僕にメニューを渡し、僕はなんでもよかったので「オススメメニュー」と書かれた小さいサイズものを注文した。
さっさと食べて帰ろう、それだけを考えていた。彼らがその後どこかに行こうとしても1件目に付き合ったんだから2件目を断るハードルは低くなるはずだ。
そういった、次の対応策を思索していた。
宮橋が店員を呼び止め5人分の注文を言った後、店員は営業スマイルと言える普段から作っているであろう笑顔を見せメニューを端末に打ち込こんだ。
パンケーキが来るまでの待ち時間、僕を除いて4人は今日あったテストや課題の件について話して盛り上がっていた。
話に参加する気のなかった僕はこの場にいる時間を少しでも短くしたいと離席するための口実を考えた結果。
「僕みんなの飲み物とってくるよ」
そう言い放って離席した。
数分にしかならない時間稼ぎだとは分かっていたけど、ただこの場を離れたかった。
ドリンクバーでコップに注がれるドリンクを呆然と眺めながら5人という集団の中に自分がいることを実感して、不安からか鼓動が早くなるのを感じた。
何事もなく終わって欲しい…。
ただそれだけを願っていた。
集団の中にいるというだけで、中学生の時に感じた刺さるような視線を思い出す。
余計に浮かんだ想像を振り払い、僕は5人分のコップをお盆に乗せ席に戻ると注文したパンケーキが届いていて、彼ら4人は相変わらず盛り上がって話していた。
僕が飲み物を1人ずつ渡すと各々お礼を言って受け取った。
時折、会話の流れとして僕に話を振ってくることがあったが、僕は自分の情報を出さないように当たり障りのないような返答していた、そのため、ほとんど僕は4人の会話に相槌を打っていたり、短く返答したりとほとんど言葉を発さなかった。
うまくやり過ごしていると思っていたが一つ気になる点があるとすれば、隣に座る宮橋からはこちらを見る視線を多く感じたことだが、気にしすぎだと思ってあまり余計なことに意識を持っていかれないために考えないようにした。
外も薄暗くなり結局、店には2時間ほど滞在してその日は解散することになった。
電車組を見送るため駅西口のロータリーまで戻って、最後に締めるように4人に向けて明島は言った。
「みんな、これからよろしくね!」
「おう!」
「よろしく」
「ヨロォ〜」
それぞれ個性が出る返事だった。
「うん」
僕も流れに逆らわないように返事をした。この返事が本心ではないことを気づかれないように…。
明島、大場、成川は駅に向かって歩き、宮橋は勢いよく線路沿いに向かって自転車を走らせていった。
僕は駅を背に徐々に鼓動が落ち着いていくことを感じながら15分ほど歩いて家に帰った。
帰宅後、自分の部屋に入ってカバンを置き、ネクタイを取りワイシャツのボタンを外した。こうすることで何か自分を縛り付けているものが緩められるような感覚があり、自分が最も落ち着く空間にいることを実感できる。
部屋の壁に背中を預け、いつも以上に疲労を感じた僕は、部屋の天井を見上げて思案していた。
彼らとは関わり過ぎない方がいい。
人と関わることで生じる恐怖。
思い出したくない過去の記憶が想起する。
しばらく距離を置こう。
そう、自分の中で結論づけた。
次の日の学校では僕の想像通りだった。特に成川、宮橋の2人は僕への接触回数が多かった。
成川は1度遊んだだけでまるで昔からの知り合いだったかのように馴れ馴れしく接してくる。
宮橋も成川ほどではないが、休み時間に僕に話しかけてくる頻度が日に日に増えていくのを感じた。
明島と大場は事務的な会話や僕が強制的に会話に参加させられて5人でいる時は話しかけてくるが、単独で僕に話しかけてくることはない。
そのため問題は2人だった。
成川に至っては、相変わらず放課後に「5人で遊び行こう」と誘ってくるが、僕は塾に行くとか、用事があるとかなんとか嘘をついて誘いを断り続けてきた。
前回のようなイレギュラーなことが起こらない限り成川は大丈夫そうだと僕は感じていたし、成川も僕が毎回断ることについてあまり気にしてなさそうだったので、僕も彼女がどう思っているかについては深くは考えなかった。
彼らと徐々に距離を置いていたからだろう、彼らが僕を誘ってくる頻度も減っていった。
僕は今まで通り彼らにとってできる限り記憶に残らないような存在になるべく、自分の存在を隠すように彼らとの関わりを絶っていった。その甲斐もあって相手を刺激することなく彼らと距離を空けることができた。
このままでいい。もう関わらないでくれ。
そう安堵していた時だった、新しいクラスになって、3ヶ月が経過しようとしていた6月下旬の金曜日だった。
帰りのHRが終わるといつもは4人で宮橋の部活が始まるまで教室で立ち話しているが、今日は宮橋が明島、成川、大場を無理やり先に帰して、宮橋が僕の席に寄ってきて言った。
「なぁ、天野。今日さ、2人でファミレスでも行かないか?」
成川が僕に話しかけて来なくなってからしばらくは1年生の頃のような平穏な日々を過ごしていた僕はこの生活を継続すべく、相手を刺激しないようにいつも通りに断るつもりだった。
でも、宮橋のいつもとは違う雰囲気に相手の様子を探るように僕は一度上がってきた言葉を飲み込んで違う言葉を取り出した。
「宮橋君は今日部活ないの?」
話し方の雰囲気からして部活がないのはわかる。でも、少しの可能性にかけてその言葉を選んだ。
「いやぁ、サッカー部の顧問がアレだからさ。サッカー部ってほとんど自主練なんだよね。だから、休むのも練習するのも自由なんだ」
彼は顧問の奔放ぶりに苦笑いしながらそう答えた。
そうか。どうやら愚問だったようだ。確かサッカー部の顧問はうちの担任の福原だったな。
宮橋は続けて言った。
「もし今日、天野が塾とかあったらさ何時でも待つから。1時間でもいいから時間作ってもらえないかな?」
まるで僕の次の返答を見透かしていたような発言だった。そして、僕の発言をあえて先回りしたことからなにか相手の本気度がうかがえた。どうしても僕に話したいことでもあるのだろうか?そう疑問に思った。
ただ、心当たりはないが…。
しかも、彼は自転車通学だし、僕も徒歩通学でお互い終電など関係ない。ファミレスは24時間営業で今日は金曜日ということもあり論理的に僕が断る理由がどこにも無くなった。
退路を断たれた僕はパンケーキ屋に連れて行かれた時同様、強制的に承諾せざるを得なかった。
「いや、今日は塾ないんだ。だから、大丈夫だよ」
誘導されるようにそう答えた。
宮橋は僕が巧みな論法で断ると思っていたのだろうか。「お!マジで!」と僕が承諾したことについて少し驚いた様子だった。
僕は荷物をまとめ宮橋と教室を出て宮橋と肩を並べて下駄箱に向かって歩き始めた。
少しの沈黙が続いた後、宮橋は話を切り出した。
「てかさぁ、成川のやつ6限でもほんとにうるさいよな。5限の時思いっきり寝てたくせに」
宮橋は会話のきっかけを作るために僕と共通の話題を振ってきた。
僕への用件は歩きながらではなくて、ちゃんと面と向かって話したいことなのだろうか?
よくわからないが、どうやら彼が僕を急に誘った目的を今ここで話すつもりはないらしい。
本当に話したいことは目的地についてからじっくり話そうとしているのだろう。
僕はそんなことは気がついてないフリをして彼が振ってきた会話に乗っかった。
「そうかな?成川さんのおかげで僕も6限は目が覚めたよ。今日も成川さん面白かったね」
「頭おかしいだけだろ。あいつ天然だからさ、マジ何考えてるかわかんないわ」
結局、学校を出てから宮橋とは今日起こった出来事や成川の奇行の話など表面的な会話だけして、倉西駅西口のファミレスに到着した。
平日の昼間だったのでファミレスは比較的空いていたため僕らは6人がけの席に通された。僕は1人が座るスペースにしては広い空間を持て余しつつも、お互い面と向かって座った。
宮橋が何を考えているのかはわからないが、2人の間で何か張り詰めたような空気を僕は感じた。
逃げ場はなくなり、まるでこれから取り調べでも受けるのかのような気分だ。
メニューを広げ、注文する品はなんでもいいとお互いすぐに注文した。
空いているからだろう、あまり待たずに注文した品がテーブルに置かれて、店員が伝票をテーブルに置き一礼して去っていった。
店員が去って行ったことを確認した宮橋は僕とは目を合わせずコーラが入ったコップをストローでかき混ぜ、見つめていた。
「なんかさ、普段の天野見てて思うんだけど…」
これから本題を言い出す覚悟を決めたように、宮橋は視線を僕に移した。
「なんか無理してないか?天野見ててもどかしいというか…何か演じてるように見えるっていうかさ…」
「え?」
僕は思わず言葉がもれた。
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