第八話 20××年、ある世界軸の結末
殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る……ッ!
もう、耳には肉体がぶつかる音しか聞こえない。
遅れて、ビリビリと両腕が震え出す。
このドリュアスから放たれる拳は、センジュを覆う境界のディーヴァの防御を無視したわけでもない。貫通したわけでもない。
単純に強いのだ。
ディーヴァの防御力を何とも思わないぐらいに、一撃一撃が重く、そして破壊力がある。
「――……ねぇ」
この蛍光色のドリュアスはしゃべる機能が備わっている。
人寄りの肉体構成をしているかららしいが……いや、博士曰く、このドリュアスは、本体であるブラッディハートに取り込まれた生体ユニットのコピーらしい。
蛍光色なのは素体に使われているのが蛍光色スライムだから。
それ以外は取り込まれる前の──人並みの感性があり、写真で見る限りは爽やかな笑顔も浮かべられた、美少年──麗しい造詣には見劣りはない。
ただ、ないのだ──人が愛らしいと感じるために必要な感性が、表情が、心が。
破壊を目的としたコピーには備わっていない。
取り込まれたオリジナルも、ヒトとして過ごしていた日々は抹消されている。
あるのは、効率よく人を殺すためのプログラム。
完璧な兵器としての機能をコピーして出来たものが、目の前のドリュアスだ。
ブラッディハートが分泌している蛍光色スライムゆえ、オリジナルよりも回復力が低めという欠点こそあるが、引き継いだ性能と学習機能は脅威としか言いようがない。
「ここにパディがいるんだろ。旧友が来たって、取り持ってよ」
「博士の級友はジュリーただ一人……」
ジュリーと違い、感情もなければ、頬傷もない、蛍光色のコピー製品のくせに!
パディの苛立った言葉がセンジュの脳裏をかすめる。
そう、コピーはパディを泣かせる存在だ。
そんな存在、生かす価値なし。
「コピーの分際で、図々しいわっ! このまま殴り潰してやるっ!」
センジュは己の右手が裂けようが、左手が腫れようが、肘から血が飛ぼうが、気にせず、コピーに向かって拳を振るう。
対するコピーも顔の表情こそ変わっていないが、痣と殺傷だらけ。
体のところどころは消失しかけている。
「あ~、やっぱり小生一人だけでは突破できないやぁ……」
コピーは実にあっさりと自身の消失を受け入れる。
感情もなければ、生存意欲もない。
跡形もなく消え去るその姿は、ただの駒らしい──最後だった。
「……くるっ」
そう、センジュが消失させたのは駒。しかもコピー、そして……一機だけだ。
「あはっ、ここにフォーチュンズの中核がいるって本当らしいね」
「あの時の……小生の親友が結成していたとはな……」
「完全に殺すタイミング逃したのは手痛かったけど……今からでもいいんじゃないかな」
「そうそう。パディがいなくなれば、これ以上フォーチュンズは増えないよ」
わらわらと。
ジュリーと同じ姿と年齢のコピー共が押し寄せてくる。
その数四機。
「ま、初動としては悪くないね」
「現に先行していた小生は消失しているからね」
「そ。油断大敵だよ、小生。当たるだけでも、肉体が消失していたじゃないか」
「ただ、小生たちだって弱いままじゃないってだけだよ」
テケリ・リ。テケリ・リ、テケリ・リリ。テケリ・リ……。
コピーたちの無駄話の中に、オリジナルの歌声が聞こえてくる。
ブラッディハートに取り込まれたジュリーは基本直接戦闘に参加しない。
だが、コピーたちを通じて聖音を奏でることはできるらしい。
古代遺産文明時代に作られた、人造兵器ゆえの特色なのか。兵器としての異能は長い間眠っていたというのに色褪せることなかった。
そして、この歌声は──味方陣営の能力値を向上させるものだった。
「あれ? いつもの次元送りじゃない?」
「当たり前だろ。センジュは時間跳躍能力者だよ。小生たちと戦うための最初の関門を突破している」
次元送りとは、敵を次元の彼方に送ることで、強制的に戦闘から離脱させる技だ。
ただし、時間跳躍者は、元の時間軸に戻ってこれるため、次元送りによる離脱は戦略的な決定打になりえない。
ただお互いエネルギーが消耗するだけで、意味がないのだ。
「ここで潰さないと、センジュさえ倒せないよ」
「ああ、そうだった。だから、数で勝負しようって言われていた」
「そうそう。現存する小生たちのコピーはみな、パディを、その意思に賛同するフォーチュンズを殺すことが任務だ」
「もう。無駄話もこれぐらいにしろよ、小生たち。今は、せん滅。それだけに集中してくれ」
ブラッディハート本体を叩き壊さないうちは、コピーは増えていく一方なのだが、ジュリーのコピーは……希少だ。
ブラッディハートとはいえ、ジュリーのコピーを作るのにはそれなりの月日が必要らしく、ポンポンと作り出してはいない。
他のザコ敵と比べれば、コピー共は精鋭部隊に近い存在だ。
(博士……作戦は上手くいったわ……)
だからこそ……パディは自らをおとりにして、増えたコピーのせん滅をもくろんだ。
今、欲しいのは時間だ。
この先の未来で出会うことになる……出会わなければならない、ファナティックスーツ装着者に自分たちの技術を、理念を、希望を、引き継いでもらわなければならないのだ。
未来のために戦う。
復元人間としてパディに創られたセンジュは、今一つ理解できないのだが、それがパディの望みなら、叶えるしかない。
それ以外の選択は、自身の存在意義を亡くしてしまうとさえ思っていた。
強迫観念?
マインドコントロールの末、植え付けられたのか?
違う。
それを証明するためにも、センジュはパディを生かさなければならなかった。
「
聖音を奏で、金色の腕を操作。怒涛の連打をコピーたちにぶっつける。
逃さない。
叩き潰す。
拳の嵐を浴びせ、四機の両足をなぎ払う。
ただの人だったら、あまりの激痛で動けなくなるだろうし、脚を失えば物理的に動けなくなる。
ただし、オリジナルのショゴスとコピーのスライムの前では、この程度では不十分だ。
切り裂いたとしても、不定形の液状生物である彼らは、切り口から中身が、液体のようなものが飛び出してくる。
「あたしの命、今ここですべてを燃やし尽くしても構わない。だから、もっと出力を上げてよ、境界のディーヴァ!」
もっと力が。
もっと命を輝かせろ。
センジュの精神エネルギーに反応した光の腕が、粘液を吹き散らかす。
強大なエネルギーの前では、無防備なスライムは消失するしかない。
「さすがは小生やブラッディハートと同等の異能が組み込まれたファナティックスーツ、というべきか……だが、君は戦闘経験が圧倒的に足りない、ね」
集まったコピーは先行した一機、目の前の四機だけじゃなかったのだ。
今まで気配を消し、近づいていた最後の一機。
しかも、後ろだ。
センジュが後ろから凄まじい殺気が膨れ上がっているのを、第六感で感知した時はもう遅かった。
終始隠密活動に徹していたコピーは、数多くのルバ・ガイアの現代人を葬ってきた、殺人キックをセンジュに向けて放つ。
重い。
センジュを吹き飛ぶぐらいに。
「ぐっ、はっ」
どこか強く噛んでしまったのか、口から血が出てくる。
そういうことにしておきたい。たとえ、内臓が破壊されていたとしても、センジュは生き残るためには、戦い、殺すしかないのだ。
肉体のどこがどう壊れているのか、どうでもいい。
センジュは手負いの獣らしく目を血走らせ、自身の拳をコピーの右脚へ放つ。
渾身の一撃はコピーのそれを千切り、吹き飛ばした。
「あ、なくなっちゃた……でも、君を殺せるなら安いものだね」
ただ、コピーは左手にオーラを集中させていた。そのまま左手を振り落としていく。
「くっ……」
一手、読み間違えた。脚を狙わずに左手を吹き飛ばしておけば、その一瞬の隙を金色の腕で突けたものを……。
鋭い痛みを覚悟したセンジュだったが、その痛みは訪れなかった。
代わりに……何かに包まれる感覚。それと鼻をくすぐる薬品の香りと好ましい温かさ。
「え……」
ベチャ。
次の瞬間、鮮血の臭いがした。
目に映るのは、白衣と、大量の赤。
そして……衝撃のためひしゃげているが、見慣れたグルグル眼鏡。
「う、ウソだよね……博士……」
「センジュ、よかった……」
「パ、パディぃいいいい」
崩れ落ちて地面に倒れそうになるパディを、センジュは必死に支えた。
先程まで痛みに蝕まれていたセンジュの身体は、痛みを感じなかった。自身の身体よりも、パディが優先されたのだ。
なお、コピーの方はセンジュの聖音の指示に従った金色の手が抑え込み、潰した。先ほどのピンチは一手遅かっただけなのだ……遅れた分を取り戻せば、どうと言うこともない。
ただ、その代償が取り返しのつかないものだった。
センジュはパディを抱き寄せ、少しでも流れる血液を抑えようと、少ない医療知識を駆使しだす。
「パディ、パディ! なんで、どうして……! あたしなら、壊れても、死んでも、新しいの、造れるだろう!」
パディはセンジュを庇った。それしかセンジュは認識出来なかった。
「ハハハ……センジュ、それは出来ないよ。センジュを復元するのが特別難しいってこともあるけど……君はかけがいのない、一人の人間でね……代わりなんかいない。それに、僕はもう老い先短いんだ。最後に死に場所ぐらい選ばせてくれよ」
パディの皺くちゃの手がセンジュの頬を撫でる。
ブラッディハートと戦うためにすべて捧げてきた男の手だ。
その手でセンジュは生まれた。
この男の望むままに戦うと誓ったのはいつだったか……戦うためだけに造られた自分が、人として意義を持つことを許されたようで、くすぐったかったのは覚えている。
尊くて……嬉しくて……ポカポカして……大切なものなんだ。
「……っ」
センジュはその男の手を強くつかむ。
そして、おいて行かないでと、懇願する子供のような瞳で必死にパディを見つめる。
「ああ、そうだ。何なら、惚れた女のためにかっこつけたって、ことに……してくれないかい。年寄りのくせにそんな無茶するなんてって、笑ってくれていいから……」
「笑えないよ……パディ……」
「ごめんね、センジュ。悲しませて……でも、僕は……センジュに生きてほしい、だって、大好きだから……」
最後に、パディはセンジュが日ごろから好きだと言った笑顔を浮かべ、そのまま息を引き取った。
痛かったはずなのに。そんな素振り一切見せず、色男のように、惚れた女の胸の中で、その命を終えた……。
「あたしも……パディのこと、大好きだよ……なら、もう、愛してもいいよね……」
センジュは誰に聞かせるともなく、震える声で絞り出すように呟き──大粒の涙をこぼした。
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