第3話
結衣の引っ越しの日がやってきた。
隣の部屋に住む俺も当然手伝い、引っ越し作業が終わる頃には日も傾いていた。
窓を見れば綺麗な夕焼けが見える。
同じように見える街でも日中と夜とでは世界が全然違う。街を出歩く人の層も変わるし、開いている店も違う。夕焼けは言わば世界の変わり目と言えるだろう。
遼はダイニングテーブルの椅子に座りながら、柄にもなくそんなことを考えていると
「お邪魔するよ」
そう言って二人の大人が部屋に入ってくる。
とりあえず二人には向かいの椅子に座ってもらう。
「遼くんには厄介事を押し付けてしまって申し訳ない」
「ほんとごめんねぇ」
そう言う二人の大人は結衣の両親だ。
結衣の家に何度も行っている遼とは当然面識がある。
「今日も引っ越しを手伝ってくれて助かったよ」
「いえ、友達ですので」
「そう言ってくれる友達がいて結衣は幸せね」
「結衣はあの通り、生活力はあまり高くないから助けてやって欲しい」
「はい、もちろんそのつもりです。僕も生活力が高いわけではないので、出来る範囲でですが」
「遼くんがいれば安心だわ」
自分が不思議なぐらいに信頼されてることを実感する。
「あら、そろそろ涼子さん達との晩御飯の時間だわ」
涼子というのは僕の母親の名前だ。藤倉涼子。今日は結衣の両親と僕の両親とで晩御飯を食べるらしい。
「それでは失礼するよ。本当に結衣をよろしく頼む」
「はい。お気を付けて」
そうして二人は帰って行った。
二人を玄関まで見送った遼が空を見上げると、ちょうど夕日が沈むところだった。
「いやー、ついに念願が叶ったって感じだね」
テーブルを挟んで反対側に座る結衣がそう呟いた。
テーブルと言っても遼の家のダイニングテーブルではない。
遼と結衣の二人は近所のファミレスに晩御飯を食べに来ていた。
「ほんと良かったな。地方について行くことにならなくて」
「ほんとだよ。せっかく朝山高校に受かったって言うのに勿体ないのなんの」
そう言いながら鞄を隣の椅子に置いた結衣は、ショートカットの髪を少し揺らしてこっちを向く。
するとイタズラする子供のように微笑みながら言った。
「遼もほっとしたんじゃない?」
「なんで?」
「だって、私が地方に行っちゃうんだよ。寂しいでしょ?」
「いや、あんまり?」
「えー、なんでよ」
「通話しながら遊ぶ分には変わらないだろ」
「でも、たまにしか会えなくなっちゃうよ?」
「元々しょっちゅう会ってたわけじゃないだろ」
遼と結衣は近所に住んではいたが、隣というわけでもない。
それにお互いに同性の友達もいたし塾や部活もあった。
だから、休日に遊びに行くことはあれど、毎日のように会って遊んでいた訳では無い。
「ゲームさえ出来れば何でもいいってことね」
そう言いながら結衣はつまらなそうにメニューを眺め始めた。
もちろん、いじけてる振りをしているだけなことは遼も分かっていた。
「あ、でも」
「え、なになに?」
遼が呟くと、メニューを見ていた結衣は嬉しそうにこっちを見る。
「カップル割が使えなくなるのは困る」
「はぁ。結局私を利用したいだけかい」
二人がいつも行く映画館にはカップル割というのがある。
手を繋いで見せるだけで500円引きになるので二人は毎回利用していた。
「あんなお得なサービスはないからな」
「藤くんには毎回嘘をつく罪悪感ってものがないのかね」
そう言いながら結衣はベルを押した。
「おい、俺まだメニュー見してもらってない」
「どうせいつもと同じでしょ」
チェーン展開されてるこのファミレスを二人は何度も利用したことがある。
遼は毎回同じものを頼むので、結衣も遼が何を頼むかは分かっている。
店員が来ると結衣が注文した。
「ミラノ風ドリア1つと、キノコたっぷりパスタ1つ」
「かしこまりました」
店員が注文を確認し、去っていく。
「・・・・・・おい、ふざけるな」
遼は店員が去ったのを確認すると、そう結衣を非難する。
その結衣は満面の笑みを浮かべて、遼を見ていた。
普通の男子ならそれだけで落とせてしまいそうな魅力があったが、遼はため息をつくだけだった。
結衣がいつも頼むのはミラノ風ドリア、遼がいつも頼むのはミートソースパスタだった。
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