序章 死に過ぎチュートリアル その2

 高校の夏休みが始まって二日目。いよいよ『エイス大陸クロニクル』の正式サービス開始日となっていた。

 今日までにいろいろネットで情報を拾い、このゲームについて少し分かった。

 何でも『エイス大陸クロニクル』は略称をECC——Eighth Continent Chronicleの頭文字——といい、コンセプトは『八番目の大陸にて、君だけの年代記を創り出せ』らしい。

 けど、八番目の大陸って言っても、舞台はこの世界じゃなさそうなんだよね。まぁゲームの設定に突っ込んでも仕方ないんだけど。

 それとログインIDを取得した時に『あなたは19997人目の挑戦者』と表示されたので調べてみると、正式サービスはどうやら最初は二万人規模で開始されるようだ。少しの融通は利かせると書いてあったので、もしかしたら二万人を超えても取得できたかもしれないけど、けっこうぎりぎりだった。

 二万人か。それだけの中の人がいるってことだよね? あんまり目を合わせないようにしよう。 

「よし、そろそろキャラメイクしておこうかな」

 開始までまだ時間があるけれど、すぐに始められるようにキャラメイクはしておこう。何でもキャラメイクは先にしておけるらしい。


——ようこそ、エイス大陸へ。あなたの姿を教えてください。


 ログインするとそんな声が聞こえ、鏡に映したように私が表示される。それも向きを自由自在に変えられるから、普段は見慣れない後頭部や、髪型を変えればうなじまではっきり見える。良かった、後頭部が薄くなってたりしてなくて。どこから見ても童顔でちんちくりんなのは悲しいけれど。

 オフラインの格闘ゲームって、既存のキャラクターを選ぶか自分の姿を完全にそのまま反映するかだったので、こういうのは新鮮だ。ちょっと楽しい。

 けど情報にあった通り、他のVRゲームと違ってそこまで自由度はなさそうだ。リアルをとことん追求し、現実の身体との差異をなくすためらしいけど、性別も変えられないし身長の増減も五センチメートルのみ可能。つまり目一杯伸ばしても一四四センチメートル……見栄を張ってこの程度では、むしろ悲しくなってくる。

 目の色や髪型、髪の色は好きに変えられるらしいけど、さてはて。 

「どうしようかな……格ゲーで慣れてるから、体格はこのままでいいかな」

 私はオフラインの格闘ゲームでも基本的にリアルの姿でプレイする。その方が身体も動かしやすいし、違和感も少ないから。

 少し身長が低いのはいただけないけど、相手の懐に潜り込みやすくなるのは利点だ。筋力や体力だって、高身長のキャラと変わらないし。伸びても五センチメートルだけだし……。

「よし、決めた。髪の色は銀にして瞳は紫色にしよう」

 ネットで情報を収集していた私は、さっそく髪の色と瞳の色を変更した。

 目立つような気もするけど、これも情報収集から得た目立たない為の策略なのだ。

 なんでも現在ではVRMMOの特に少女系のキャラは銀色の髪が溢れ返り、半ば飽和状態になっているらしい。だからこそ、最近は黒い髪や比較的目立たない色が注目を浴びつつあるとか。

 つまり本来目立つはずの銀髪を選べば、その数の多さに埋もれてしまうという寸法だ。我ながら賢い。

 瞳の色が紫なのは、単に私の好きな色だからだ。よく見なければ黒と区別がつかないような気がするし、これでいいんじゃないかな。


——この姿で決定しますか? YES/NO


 迷わずYESを選択し、次の選択項目へ進む。


——あなたの種族を教えてください。


 そこにはヒューマンを筆頭に、様々な種族の名前が並べられていた。

 一覧の中からどれか一つを選べということなんだろうけど、やっぱり多すぎてわけが分からなくなる。

 隠し種族が手に入るかもしれないランダム選択なんてものもあるけれど、私はそれほど運がいい方じゃないのでやめておく。

 そもそもその隠し種族が、有用なものかどうかも分からないし。

 結局、事前に調べていた私は、決めていた通りステータスがバランス的になるらしいヒューマンを選ぶことにした。


——ヒューマンで間違いないですか? YES/NO


 少し考えたけれど、YESを選択する


——あなたのクラスを教えてください。


 クラスというのはどうやら職業のことらしい。いや、ファンタジーなのに職業ってどういうことなの? と思うけれど、そういうことらしい。にわかである私にはよく分からない。  

 このゲームの選択肢にはないけれど、VRゲームと言えば召喚士や魔物使いと呼ばれるモンスターと仲良くなれるクラスが有名だ。けれどこのゲームにおいては選んだ一般スキル次第で、どのクラスでもモンスターを使役することができるらしい。だから特に専用のクラスはないんだって。

 たしかにやるからには、どんな戦い方を選んでもモンスターと戯れたいって気持ちは分かる。

 色々と例によって情報を集めた結果、選択欄の一番下にある『魔剣士』というクラスは、正式サービスから実装されているらしい。ネットには名前だけで詳しいことは書かれていなかったけれど、その短い説明文を読めば大体イメージ通りのモノだった。

 剣が使え、さらに魔法も使える……うん、やっぱりこれだ。

 私は肉弾戦主体の格ゲーばっかりしてきたので、剣を使ったことも魔法を使ったこともない。だから正直未知数ではあるけれど、どちらも楽しそうだ。それにランダム選択で出てくる可能性もあるとはいえ、今のところ拳闘士みたいなクラスはないようだ。どうせなら一番縁遠いものをやってみたいと思ったのだ。

 それに、新しいクラスである『魔剣士』はきっと多くのプレイヤーが選ぶだろう。そうすれば、私は一層目立たない。ふふふ、我ながら怖ろしいまでに賢い。


——魔剣士で間違いないですか? YES/NO


 YESを選択すると、次はスキル選択の項目へと移った。

 ECCにはスキルの種類に『一般スキル』と『技・魔法スキル』と呼ばれるものがあるみたい。

 一般スキルは誰でも取得可能な補助的スキル。最初は五つまで選ぶことができる。そして色々な条件を満たすことによって、スキルは増えていくらしい。ただ、一般スキルにはスキルポイントを割り振ることはできないので、自力でレベルを上げていくしかない。

 取りあえず最初の五つは、事前に情報を見て決めていたのでさっさと選ぶ。

 続いて技・魔法スキルというのは、スキルポイントによってレベルを上げられるけど、選んだクラスに応じて取得可能なスキルが異なってくる。

 たとえば剣士であれば『回転斬』などのスキルを選べても、魔法使い専用の『火魔法』などは選べない。それぞれのクラスが取れる専用のスキルを選んでいくしかない。

 まぁ、私の選んだ魔剣士クラスであれば、『回転斬』も『火魔法』も取得可能なのですがね、ぐふふ。

 とはいえ、だ。

 私は『回転斬』などの剣技スキルを取得するつもりはなかった。

 なぜならECCでは大抵の技スキル——特に剣技スキルはプレイヤースキルで再現が可能とされているからだ。もちろん再現は難しく、適正クラスでなければ剣すらまともに触れないらしいけど、わざわざスキル欄を潰してまで剣技を習得する必要性を感じなかった。

 格闘ゲームで散々ならしたのだ。プレイヤースキルには自信がある。

「あれ? 技・魔法スキルの欄って、八つじゃなかったかな?」

 ネットで拾った情報と違い、技・魔法スキル欄は五つしかなかった。なんだか三つ損した気分だけど、決めていた八つの中から三つ削って選択する。


——以上のスキル選択で間違いないですか? YES/NO


 少しだけ事前情報と異なっているところがあって違和感を覚えたけれど、一応スキルを選択し終える。そしてYESを選べば長かったキャラメイクも終わりに差し掛かる。


——最後に、あなたの名前を教えてください。


 本当に長かった。まだ始まってもいないのに、このゲームをやり遂げたような充実感に胸を膨らませつつ、格闘ゲームで使用する名前を打ち込んだ。


——プレイヤーキョウは既に使用されています。


「ほげっ」

 終わりかと思えば、まさかの名前被り。これだからオンラインゲームって奴は。仕方ない、別のを……。


——プレイヤーイカは既に使用されています。

——プレイヤーカイは既に使用されています。

——プレイヤーウキョウキョは既に使用されています。


 だぁっ! なんでだ? 最後のはもうネタで付けたのに、なんで登録されてんの? 

 なら、伊海田杏子のきょうこを読み変えて……。


——プレイヤーアンズで間違いないですか? YES/NO


「なんで、ウキョウキョは駄目で、アンズは良いの?」

 釈然としない気持ちになりながらも、ようやく名前被りにならなかったようだ。嘆息しつつ最後のYESを選択する。


——すべての項目を選び終えました。この内容で登録すると通常は変更できません。変更するには現実世界での通貨による手数料がかかります。変更したい方は三日以内に手数料を支払い、再度キャラクリエイトを行ってください。三日を過ぎますとログインID取得からの手続きとなり、先行サービス開始期間ではプレイできません。詳細は説明書かヘルプ画面をご覧ください。 続行する/中断する


 うへ、そんな仕組みなんだ。

 いや、説明書に書いてあったけど流し読みしてたから詳しく分からなかったんだよね。単純にキャラを作り直すには課金が必要なんだって思ってたけど、三日以内にしないと第一陣でプレイできないってことか。

 うーん……でもこれ以上いじるところもないし、「続行する」っと。


——データを読み込んでいます。そのままお待ちください……データの登録を完了します。そのままお待ちください——データを登録しました。以下があなたの初期登録情報です。


 少しの間があって、私の目の前に銀髪紫眼の私が表示される。


名前:アンズ  LV1/100 

種族:ヒューマン

クラス:魔剣士 LV1

スキルポイント:0


HP 30/30

MP 20/20

 攻撃力 15(プラス5)

 防御力 10(プラス10)

 敏捷性 10

 命中力 10

 魔法耐性 12

 賢さ 12


一般スキル

 『鑑定 LV1』『気配察知 LV1』『忍び足 LV1』『採取 LV1』『使役 

LV 1』


技・魔法スキル

 『火魔法 LV1』『水魔法 LV1』『土魔法 LV1』『風魔法 LV1』『回復魔法 LV1』

 

称号  オプション効果を表示する ▽

 『二兎を追う者』


武器・装備 説明欄を表示する ▽

武器

 『錆びた剣』レア度:E 品質:—— 耐久値:—— 効果:攻撃力プラス5 

装備

 『布の服』レア度:E 品質:—— 耐久値:—— 効果:防御力プラス5

 『布のズボン』レア度:E 品質:—— 耐久値:—— 効果:防御力プラス5


 さて、あとは開始時間を待つだけかな。

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