第117話 逃亡勇者と進化する魔物

 蜘蛛の巣にとらえられているのは若い男女2人のようだった。ミュゼと同じく目元は人間タイプの獣人のようだ。他にも蜘蛛の糸に包まれてぶら下がっている何かが、いくつも木から吊り下がっている。ひょっとしてだけど、あれも奴の獲物なのか?


 きっとあの2人もあんな風にこれから糸に包んで、奴の食料として保管するつもりだったのだろう。糸に包まれた中身が何かを考えたくはなかった。

「アラクネです!毒蜘蛛の魔物ですよ!」

 アダムさんが言う。

 アラクネ?

 俺はその下半身蜘蛛女に心眼を使った。


────────────────────


 アラクネ

 24歳

 メス

 魔蟲族

 レベル 38

 HP 4800/4800

 MP 5200/5200

 攻撃力 671

 防御力 596

 俊敏性 448

 知力 219

 称号 〈同族殺し〉

 魔法 火魔法レベル6 土魔法レベル6

 スキル 邪眼 集中 威嚇 状態異常耐性 束縛 再生 暴食 進化 誘惑 看破

 固有スキル 武器化


────────────────────


 おおう……、地味にやべーじゃん。大して強いの出ないって言ってなかった?

 英祐が以前言ってた、魔族が人間と戦う時、魔法使いや剣士相手は楽だというのが分かる。魔法だけなら負けないが、見たことないスキルが嫌過ぎる。


 スキルに毒がないのは、恭司の不死鳥と同じく、種族に付与された基本ステータスなんだろう。スキルが見れる俺でも、種族にしかない特殊能力は見ることが出来ない。

 だけど代わりに勇者特権で見られるステータス画面で魔物を検索することが出来る。


 種族でアラクネを検索すると、確かに毒蜘蛛だと記載があった。以前俺が倒したネクロマンサーみたく、職業としてそれを持っているケースもあるけど、大抵はこうして種族にスキルが根付いていることの方が多いらしくて、種族独自のものは奪うことが出来ない。


「ダンジョンボスとして出ることもある魔物ですから、かなり強いほうですよ。」

 とアダムさんが言う。

 スキル10個もあんのはそれでか!

「てか、固有スキルってなんだ?

 初めて見たし、それに武器化って……。」


「固有スキルは、武器が持つ特徴的なスキルのことです。チャージ時間がありますが特別な能力を発揮するレアなものですよ。

 あのアラクネにそれがあったのですか?」

「あ、うん、固有スキル、武器化って。あのアラクネは武器ってことなのか?」


「いえ、倒すと武器化するタイプの魔物ということです。武器化したのちに武器の固有スキルが見られると思いますよ。」

 そんなのいんだ!

 なんの武器になんだろな?どっちにしろ凄いレア武器になりそうだけど!


 てか、固有スキルは奪えないのかな?

 奪ったら俺が武器化するとか?うはっ。

 勝手に誰かに体を操られることになるよなそうすると。流石にそれは気持ちが悪い。

 恭司に使ったら不死鳥の能力のある武器になったりすんのかな?それは強そうだな。


 アラクネは獲物ににじり寄って食べようとしていたが、俺たちに気がつくと牙をむいて威嚇をしてきた。

「──!?」

 体が……動かねえ!?

 くそっ!いきなりやられた!


 アダムさんも身動き出来ないみたいだ。

 スキルの中で言うと、邪眼か威嚇か?

 ステータスを開くも、なんらかの状態異常じゃなかった。状態異常じゃないということは、聖魔法でユニフェイにも解除出来ないということ。これ、結構強力だぞ!?


 あいつらもこれにやられて捕まったのか!

 身動きの取れない俺たちに、アラクネが尻から蜘蛛の糸を吐き出して攻撃してくる。

 クソッ!

 だが俺の目の前でその糸がスパッとぶった切られた。ユニフェイが唸り声を上げながらアラクネを睨み、俺の前に立ちふさがった。


 ユニフェイのはなった風魔法をを警戒したのか、アラクネが少し後ろに後ずさる。

 と、アラクネがべシャッと地面に潰れたようにひれ伏した。グラビティだ!

 アラクネはよろよろと力なく、だが無理やりグラビティに抗い頭を持ち上げた。


 アラクネが目からなにかの光を放ち、それがユニフェイの体を包んだ瞬間、

「キャン!?」

 ユニフェイの体から突如として滲むように血が吹き出した。ユニフェイは聖魔法で回復を試みるも、目から放たれる光が継続してユニフェイの体を崩壊させていく。


 あれが魔眼か!てことはさっきのが威嚇ってことだ。くそっ!ユニフェイ!!

 身動きが取れない俺たちのせいで、1人で戦っているユニフェイは、アラクネの複数攻撃の前に為す術もない。

 俺は無理やり体に力を入れた。──動く!

「合成魔法、クリムゾンウェイブ!」


 クリムゾンノートは青い超光熱の炎で相手を焼き尽くす単体火魔法。

 アストラルウェイブは青白い衝撃波を対象に向けて放つ、単体魔法ながら範囲の広い聖魔法。

 それらが合成されて青い超光熱の炎の衝撃波がアラクネを襲う。


「ピギャエ!」

 クリムゾンウェイブがアラクネの首と胴体を真っ二つに切り離した。

「ユニフェイ!」

 俺はユニフェイに駆け寄ると、知能上昇を使って聖魔法でユニフェイを回復した。


 傷は治せても流れた血は元には戻せない。ユニフェイはだいぶ疲労しているようだ。

「匡宏さん!──ナパーム!」

 アラクネに背を向けていた俺の前に、動けるようになったアダムさんが立ちふさがり、アラクネにナパームを放った。


 ナパームは燃焼系の火炎放射器のような、しばらく炎が出続ける魔法だ。

 アラクネが俺たちにストーンブラストを放っていたらしい。ストーンブラストは軽く拳を握るくらいの大きさの石の飛礫を、直線上のすべての敵に浴びせる土魔法だ。


 土魔法の弱点は火魔法。

 アダムさんの攻撃により、ストーンブラストの飛礫はことごとく焼失した。

 俺が切り離した筈の首と胴体が既にひっついている。──再生スキルか!

 人間は武器にしか使えない再生スキルだけど、核を持つ魔物や魔族は体を再生することが出来る。英祐の持つスキルと同じだ。


「くっ……こ……い……つ……!!」

 アダムさんがやけに喋りづらそうに、重たくゆっくり声を出す。動作もひどく緩慢になり、本来一瞬で手にためられる筈の魔法が少しずつ大きくなっていく。

 これが束縛か?次から次へと!


 レベル31のアダムさんとそこまでレベル差があるわけじゃないし、スキルだってこの間レベル8になったばかりなのだ。

 同じ火魔法でもレベルが2違えば火力で押し勝てる筈が、アダムさんがスキルの力で押されている。


「──空間転移!!」

 俺は空間転移、つまりテレポートのスキルを使ってアラクネの前に飛び出し右手を当てた。奪う、奪う、奪う、奪う、奪う、

「うわっ!?」

 俺の右手が5回光ったところで、尻から飛び出した糸が俺の体をぐるぐる巻きにしてきて、俺はアラクネから引き剥がされた。


 だがすぐにドサッと地面の上に落ちる。ゼイゼイと息をしながら、ユニフェイが風魔法で糸を断ち切ったのだ。けど、体についた糸は物凄い粘着力で、簡単には外れそうもなかった。下半身は無事だったので立って走ることは出来るが、これじゃ腕を伸ばせないからスキルを奪えねえ!


 くそっ!どうやったらはずれんだ?これ!

 なんかないか、なんかないのか!?

 俺は持てるスキルを確認する。アラクネから奪ったスキルは5つ。

 威嚇、看破、土魔法レベル6、束縛、誘惑だった。つまりこれらはもう使ってこない。


 俺は看破を見てみた。弱点、能力、秘められし可能性などを見抜くことが出来る。

 おお……、意外と色々出来んじゃねーか。

 俺はアラクネの糸に看破を使ってみた。

〈アラクネの糸〉

 刃は通らず、火魔法でしか燃やせず、なかなかはずれない強固な粘着性を誇る糸。


 ……。

 チックショー!

「アダムさん!

 俺になんか火魔法を放ってください!」

「え?」

「いいから!この糸、火魔法でしかはずれないんです!」


「わ、わかりました。ファイヤーボール!」

「あっちいいいぃいいい!」

 アダムさんは一番弱いファイヤーボールを放ってくれたけど、ガードせずに受けたレベル8火魔法使いのファイヤーボールは、めちゃくちゃ痛いレベルに熱かった!


 俺は聖魔法を使いながらゴロゴロと転がって、なんとかアラクネの糸から脱出した。

「ぜってーぶっ殺す!」

 俺がアラクネの姿を探すと、ヤツは木にぶら下がっていた、蜘蛛の糸に包まれた獣人を糸の中から出し、今まさに喰らおうとしている最中だった。……オェ。


 俺とアダムさんが思わず目をそらす中、アラクネはゆうゆうと食事をし、獲物をまるごとすっかり食べきったようだった。

 次の瞬間、アラクネの背中が割れて光が溢れ出す。

「……な、なんだ……?」


 まるで脱皮をするかのように、中から別のアラクネが姿をあらわした。

 さっきまで、上半身が薄い紫の人型の美女で、下半身が濃い紫の蜘蛛の姿の筈だったそれは、全身が薄い紫の人型の美女として俺たちの前に現れたのだ。

 しまった、進化のスキルか!


 8つの脚は普通の両手両足に変わったが、かわりに背中から8本の白い甲殻の脚のようなものがはえている。

 髪の毛も白く長くてお尻近くまである。目は金色で頬や首元にも金色の飾りがあり、それが目のように瞬いている。

 一見して人でないと分かる姿ではあったが、人間に近過ぎてやりづらい。


────────────────────


 アラクネ・フォビア

 24歳

 メス

 魔蟲族

 レベル 70

 HP 9999/9999

 MP 9999/9999

 攻撃力 863

 防御力 772

 俊敏性 585

 知力 431

 称号 〈同族殺し〉

 魔法 火魔法レベル9

 スキル 邪眼 集中 状態異常耐性 再生 暴食 進化

 固有スキル 武器化


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 進化したことでめちゃくちゃステータスが上がり、おまけに10レベルアップごとにスキルレベルが上がるせいで、火魔法までもがレベル9になってしまっている。

 みんなで戦ったのに苦戦したアドゥムブラリですらレベル51だったってのに、レベル70だと!?勝てるわけがねえ!


 おまけに俺の持つどの魔法スキルよりもレベルの高い魔法スキル。

 知能上昇を使えば俺は負けないけど、アダムさんとユニフェイは、完全に火力負けしてしまう。さっき土魔法が奪えてなければ、それもついでにレベルが上がってから奪えたのに……などとケチくさい考えが頭をよぎる。


「匡宏さん、ひょっとして奴には、暴食のスキルがあったんですか!?」

 とアダムさんが聞いてくる。

 俺がそれにうなずくと、

「暴食は食べただけで経験値になるというスキルです。

 人を殺すだけで経験値を得られる、殺人鬼や暗殺者の職業スキルと似たものです。」


 それで経験値を得て、進化のスキルで進化したってわけか!あんなにたくさん獲物をつるしてすぐに食べなかったのは、単に備蓄食料って意味だけじゃなかったのか!

「後ろの食料をどうにかしないと、更に進化される可能性がありますね……。」


 冗談じゃねえぞ!?今だって既にめちゃくちゃ強くなってんのに!

「そこのあんた!俺たちを助けてくれ!」

 まだ糸に包まれてはいないが、巣にとらえられたままの男の獣人のほうが叫ぶ。

「私たちも戦うわ!

 このままじゃ全員死んじゃうもの!」


 女の獣人もそう言って俺たちに叫んだ。

 俺はアダムさんと顔を見合わせてコックリうなずきあうと、

「いいぜ!けど、さっきの俺を見てたろ?

 あっちいからな!ナパーム!!」

 俺とアダムさんは遠距離から届くように、ナパームで火炎放射器のように2人をとらえている糸を焼き切った。


「ユニフェイ!」

 俺とユニフェイがすかさず聖魔法を放って2人を回復させる。対魔法服の俺と違って、2人の服は燃えちゃうかな?と思ったけど、2人の服も何らかの対魔法をほどこしているのか、それとも火耐性があるのか、服が燃えるようなことはなかった。


「あっつつつつ……!」

「ありがとう、助かったわ!」

「俺はヴィクトル!」

「私はナターシャ!」

「「2人で1つ!」」

 2人は背中合わせに何やらポーズを決めている。アダムさんと俺は、とりあえず好きにやらせておくことにした。


「さっきはよくもやってくれたな。」

「今度はそう簡単にやられはしないわ!」

 武器は無事だったらしく、2人はそれぞれが両手に双剣を構えた。どっちも双剣使いなのかな?

「──スヴェントヴィトの舞!」


 ヴィクトルとナターシャの2人が、背中合わせのまま高速で回転するように踊りながら、アラクネに攻撃をしかけた。まるで前後左右に4つの顔があるかのように錯覚するくらいの素早い動きで、アラクネ・フォビアは無表情に背中の脚で防いでいたけど、正直どんどん後ろに下がっていく。


 ガキン!という音と共に、アラクネ・フォビアの背中の脚の一本が地面に落ちた。

 こいつら、──強ええ!

 さっきは不意をつかれて威嚇か束縛のスキルを放たれて、そのまま捕まっちまったってところか。普通に戦えば、アラクネの状態だったら余裕で倒せたに違いないと思わせた。


 アラクネ・フォビアの目が光る。邪眼だ!

「──させるかよ!」

 俺はユニフェイを抱えてアラクネ・フォビアの背後に空間転移した。奪う、奪う、奪う、奪う、奪う、奪う、奪う、奪う!!

 アラクネ・フォビアの目の光が消える。


「これでもう、糸しか出せねーだろ!」

「なんと!そうなのか?恩に着る!」

「とどめよ!」

 ヴィクトルとナターシャの2人がそう宣言した瞬間、アラクネ・フォビアの体から、四方八方に糸が飛び出し2人を攻撃する。


「くらわん!」

「甘いわね!」

 ヴィクトルとナターシャの双剣が糸をすべて攻撃で弾いた。だが双剣で弾かれた糸は、まるで意思を持つかのようにグニャリとうねって、2人の体に巻き付いた。


「ぐっ……!?」

「ううっ、ああっ!!」

 糸は根本から毒々しい色に染まってゆき、2人の顔色が一気に悪くなり苦しみだす。

「匡宏さん、毒です!聖魔法を!」

「繰糸!?糸から毒だと!?さっきまで直線攻撃しか出来なかったくせに!」


 俺がヴィクトルとナターシャに聖魔法をかけて状態異常を回復するも、常に毒が放出され続けてきりがない。

「それがアラクネ・フォビアの特性なんだと思います!」

 アダムさんが叫んだ。


「ユニフェイ!頼んだ!」

 俺は一度聖魔法をかけることをやめ、ユニフェイにアラクネ・フォビアから奪ったスキルを渡した。そしてまた聖魔法を使う。

 ユニフェイの目が光る。俺はユニフェイに邪眼のスキルを移したのだ。


 アラクネ・フォビアの体から血が吹き出して崩れていく。誰も回復してくれるもののいないアラクネ・フォビアの体は、死ぬまで崩れるのをやめなかった。

 アラクネ・フォビアがいなくなった同じ場所に、円錐が逆さまにくっついたかのような錫杖が残った。


「これが……、アラクネ・フォビアの武器なのか?」

 俺はそれを拾った。

「すまん、助かった。」

「ありがとう。」

 俺にお礼を言う2人の顔を見て俺は愕然とした。さっきまで確かに目元だけが人間だったのに、獣の口元だった筈のそれは人間と同じになっていたのだ。


 とんでもない美男美女である。

「え?お前らって……、人間だったの?」

「あっ!」

 ヴィクトルが焦って口元に手をやる。

「バレてしまったなら仕方がないわね。そうよ、私たちは人間よ。口元のはマスク、体は毛皮じゃなくてただの服よ。」

 ナターシャがそう言った。


「なんで獣人のふりなんかしてたんだ?」

 俺は首を傾げた。

「……魔族の国に向かう途中で、逃げてきたのさ、俺たちは。」

 俺とアダムさんがピクッとする。

「お前ら……、ひょっとして元勇者か?」


「ああ、そうさ。この世界の王族に召喚されたんだ。だが、魔族の国に向かわされた人間たちは、みんな殺された。

 それを知った俺たちは、魔族の国に向かう道中で逃げ出して、獣人のふりをして、この森でひっそり暮らしていたんだ。」


「見つかったら殺される運命……。

 私たちはここまでね。」

「ナターシャ……。」

 目に涙を浮かべたナターシャを、ヴィクトルがそっと抱きしめた。

「そうだったのですね、実は俺たちも逃げ出した元勇者なのです。」


「なんだって!?」

 アダムさんの言葉にヴィクトルが驚く。

「だから、別にお前らをどうこうしようとは思わねえよ。好きにしな。」

「ありがとう。本当にありがとう。」

 ヴィクトルとナターシャは泣きながらお礼を言った。


「これからどうするんだ?」

「このまままた森に住むさ。

 他に行くあてもない。」

「もし、だけどさ。王族たちと戦う気があるなら、俺たちと来ないか?」

「王族と……戦う?」


「俺たちは、元勇者たちの集まりなんだ。

 仲間もたくさんいる。二度と同じような目に合う奴らが現れないように、王族に反旗をひるがえすつもりなんだ。」

「歓迎しますよ、あなた方を。」

 俺とアダムさんがそう言った。


「そうか……。だが俺たちは、逃げ根性が染み付いて、すぐにはそんな気持ちになれないんだ。でも、もしお前たちと共に戦いたい気持ちになったら、ぜひ行かせて貰うよ。」

「そっか。その気になったら、こっから一番近いとこなら、チムチのボルテって店を訪ねてくれ。俺たちに連絡がつくからさ。」


「わかった。ありがとう。」

「……それで、これ、どうしようか?」

 俺はアラクネ・フォビアが吊るしていた糸の塊を見上げて言った。

「まだ生きてんのかな?

 だったら助けたほうがいいよな。」


 俺が中にいるであろう獣人たちを開放しようと思った時だった。

「……。もう、ものは考えられないよ。

 アラクネにとらえられた獲物は、新鮮さを保つために生ける屍として保管されるのさ。

 生きてはいるけど、生きてはいけない。

 彼らの為を思うなら、殺してやったほうがいいさ。」


 ヴィクトルの言葉に、俺は吊り下がった、たくさんの糸玉を見て、なんとも言えない気持ちになった。

「……ユニフェイ、やってくれるか?」

 吊るされた木に火がうつるとまずい。かといって他の魔法でアラクネの糸は切れない。可能性があるとすればこれだけだった。


 ユニフェイが邪眼で糸玉を一つ一つ、外側から破壊していった。地面に落下した糸玉は中身ごと跡形もなく消えた。

 俺は糸玉の中身の人たちの冥福を祈った。

 アダムさんも、ヴィクトルとナターシャもそれぞれの方法で冥福を祈った。


「じゃあ、俺たちは行くな。」

「ああ、また会えるといいな!」

「気をつけてね!」

 俺とアダムさんとユニフェイは、ヴィクトルとナターシャと別れて、再びエルフの国を目指して森を進むことにした。


 アダムさんとヴィクトルが、小さくうなずきあう。俺たちに手を振りながらその場に立ち止まっていたヴィクトルとナターシャは、急に鋭い目つきに変わった。

「──さて。」

「さっきから私たちを見ていたわね。

 いいえ、あの子を、かしら?」


「出てこいよ!俺たちが気付いてないとでも思ってんのか?」

「──あら、存外間抜けじゃないのね。」

 森の奥から出てきたのは、アスワンダムの幹部、金髪美女のミカディアだった。

「悪意がビンビンに刺さってくんだよ。

 気付かねえわけがねえだろ。」


「……あの子は気付いてなかったみたいだけれど、連れの彼と魔物の犬は気が付いていたわ。あの子に何かするつもりでいるなら、私たちがあなたを殺す!」

「へーえ?

 やれるもんならやってご覧なさいよ?」

 ミカディアは真っ赤な口紅を塗った唇を弧に歪めて冷たく笑った。


「あんまり寄り道すんなよミカディア、先に行くぜ?みんなもう移動してんだからな!」

 水色の髪の男、スライがミカディアに声をかける。

「ええ、分かってるわ。」

 ミカディアの腹の巨大な口から、獣人の毛皮を模した男女の服と双剣が、ペッと吐き出されて地面に落下した。

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