魔女の一族と魔道具 4
『この世界には、動植物・精霊・魔性の類・神々・そして人間が均衡を保って存在している。
植物や魔性の類が織りなす大いなる自然を精霊達が管理し、その中で人間を含む多くの動物が生命を育む。そしてそれを観察し記録するのが神々の役目である。
魔女や魔術師と呼ばれる者は、肉体は人間でありながら魔力を持って生まれ、植物や魔性の類、時には精霊の力を借り生活を営むことを許された唯一の種族である。人々は、魔力を持ち、魔術を扱う者を魔術師、身体に魔性の力を宿した女性を魔女と呼んだ』
ひばりは帰りしなに、マリーに教えられた文言を頭の中で反芻していた。
魔女、魔術師、魔道具、魔術具、魔薬、魔性の類。これまでマリーに教えられてきたことは、9歳になるまでひばりにとってお
魔女や魔術師の歴史は古く、太古の時代、東南アジアからヨーロッパへ移住してきた民族の中で、魔術に似た力を揮っていた祭司が発端とされている。その祭司は、自然を管理する精霊の王と対等に渡り合える程の膨大な知識を有していた。超自然界の
やがて、精霊の王の娘と祭司の息子が愛し合い、婚姻を交わした。歴史上、異なる種族同士の婚姻はそれが初めてのことだった。その二人が結ばれることで、魔力を持つ半人半精の女児が生まれ、その女児こそが魔女の始まりとされている。
精霊の王は異なる種族同士が結ばれたことを喜び、自分の子孫であるこの一族を、永代守り続けると祭司に約束した。
魔女の一族は次第に枝分かれし、世界各地にその力を広げていったが、祭司が亡くなってから数百年後、代を重ねるごとに祭司の持っていた知識は徐々に失われ、精霊と会話できる者がいなくなり、相互協力の関係は潰えてしまった。
しかし、精霊達は魔女の一族を見限ることはなく、魔力を持つ子を成すことと、その力を
事実、魔力を持って生まれてくるのは魔女や魔術師の子だけではなく、魔力を持たない両親の間に魔力を持った子が生まれることも少なくはない。そういった子は一族の者の魂が還ったと判断され、各国にいる魔女の子孫達に引き取られていく。
そして何代かに一人、精霊と会話ができる者が生まれてくることによって、知識の正常化が図られてきた。
そうやって、精霊との交流が絶たれてから数千年経った現在でも、超自然界の力を借りた魔術の知識は受け継がれているのだ。
ところが、そういった歴史や古の魔術、言い伝えなども、全ては口承口伝によるもので、ほとんど資料としては残されていない。残すことを」精霊が認めていないのだ。
14世紀頃に存在していた魔女が、自身の知りうる魔術や魔草薬のレシピなどを記した一冊の本があったそうだ。仮に一族の血が途絶えたとしても、その本があれば魔術の知恵を失うことはないと信じ、一心不乱に書き綴った。
ところが、その本が完成した翌朝にもう一度開いてみると、そこには何も無かったかのように、白紙のページだけが残されていたらしい。魔女の一族以外へ知識が流出することを懸念した精霊達の仕業ではないかと言われており、そこから精霊の怒りを買わぬためにも、魔術や歴史の記録を残すことは禁忌であるとされた。
魔道具のように、命を持たない無機質の物が、長い年月を経て次第に魂を持つようになるというのは、自然の理の中では不自然なことである。だが、そこに魔力が存在し、精霊の悪戯で何かしらの影響を与えたの言うのなら、特段あり得ないことでもないのだ。魔女や魔術師は、その影響を種とし、拾って発芽させることで魔術を完成させる。これは古の魔術の
例外としてあるのが、元ある物を別の物に変化させる、所謂「錬金術」だが、あれは古の魔術の応用である。魔女の口伝には無いためひばりも詳しくはないが、物質の理を書き換えて変質させるのだろう。研究してみたいが、何せ資料も無いし、誰に聞けばいいのかもわからない。
*
ひばりは自宅の扉の前に立ち止まり、インターホンを模した魔術具に手を触れる。触れた指先が熱を持ち、そこから自分の魔力が少しだけ吸い出された。すると、敷地への立ち入りが許可下りたように、ひばりの背丈ほどある門扉が「カシャン」と音を立てて開いた。
ひばりの家である箱守家は、こういった手の込んだ仕掛け魔術の制作を得意としている。
国からの要請で、絶対に部外者を入れてはならない場所――例えば紙幣製造場などの出入り口に使われる魔術具の制作を、箱守家が一手に受けたと聞いたことがある。
日本には他にも魔女の一族がいるはずなのだが、なぜ箱守家にそのような依頼が来るのかはわからない。きっと、昔から国政に関ってきたのだろう。その名残で今でも政治家や官僚、財閥のトップからの依頼が絶えることはなく、今でもひっきりなしに相談が舞い込む。
だがそういった事実が明るみに出ることはほとんどない。そういう依頼は、どこか後ろめたいことや秘匿すべき事柄に関係することが多いので、依頼元も大々的には語ることはできないのだ。
*
「ただいま」
「ひばりちゃーん! おかえりなさい!」
ハートが飛び散るような勢いで走って玄関まで出迎えに来てくれたのは、ひばりの母であり魔術の師匠でもあるマリーだった。
マリーは小柄なひばりよりさらに背が低く、レースやドレープをふんだんにあしらった可愛らしい服を好んで着るため、数メートル離れるとどこかの富豪の幼いお嬢様のように見える。そして栗色でウェーブのかかった腰まであるロングヘアに整った顔立ち、深緑色の瞳を持つものだから、まるでフランス人形である。
「ママは今日も麗しいね」
「まぁ、ひばりちゃんに褒められてママ幸せ! 今夜はひばりちゃんの好きなパエリア作っちゃおうかしら」
「ママ最高、大好き」
「やめて! 幸せすぎて失神しちゃう!」
大仰にひばりの帰宅を喜ぶマリーだったが、突然笑みを薄めた。
「――ところで、そちらはどなた?」
マリーの深緑色の目は誰もいない場所を見据えているが、ひばりには誰を指しているのかすぐにわかる。ひばりは顔だけ振り返り、優しい声で囁く。
「カガミ、出ておいで」
マリーはにこにこしているが、音もなくスッと姿を現したカガミから目を離さない。ふんわりとした雰囲気を持つマリーだが、魔術師界隈では有名な実力者だとひばりは聞いたことがある。ひばりの中に隠れていたカガミの存在を一瞬で認識し、正体を見定めようとしているのだからさすがだ。
「この子はカガミ。今日お客様から頂いた骨董品のコンパクトミラーから顕現させたの」
「そう。従属の契約は済んでいるのね?」
「うん、血を使ってるから私の魔力と同調してるはずよ」
「そうね、でなければこの家に入れないわね。カガミ君はおいくつなのかしら?」
カガミはひばりの後ろに隠れてどうしたらよいのかわからずモジモジしている。今日顕現したばかりで、ひばり以外の人間と接したことがないのだから無理もない。
「この子話せないの。リヒトには言葉がわかるみたいなんだけど」
「あらぁ、まだ子供なのね。可愛らしいこと。こっちにおいで」
こいこいと手招きするマリーだったが、カガミは更に後ろに下がり顔も隠してしまった。がっかりした様子でマリーは手を引っ込めたが、諦めきれない様子でカガミのことを見つめている。
「そろそろ日和君も帰ってくる頃ね。お夕飯の支度しなくちゃだわ」
「パエリア楽しみにしてる」
「まかせて」
そう言ってマリーは小走りでキッチンへ向かっていった。
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