3話(4)
◇
「誰もいませんね」
「魔物がいるからね」
「わかっている」と言わんばかりに、アリアはふいっと建物とロコが視界に入らないよう視線をそらす。
二人が見ていたのは、町中にあった物とは一風変わった建物だった。天を刺すかのように鋭く尖った円すいの屋根と、沢山の円柱を並び合わせたような外観をするその建造物は、廃れた町のはずれにある魔法協会。町中に比べて見た目はわりと綺麗だが、やはり人の気配はない。
「アリア」
リンはユニリスタを背中から下ろすと、遠目から目的地を確認していたアリアへ声をかけた。「はーい」と返事をしながら、アリアは薬瓶を手にリンへ駆け寄る。
「変わりないか?」
「はい。これはただの薬のようです」
リンは薬瓶を受け取ると、ユニリスタに飲ませ始めた。途中で軽くむせたが、きちんと飲みきったようだ。空の瓶をアリアへ返す。
「さっきは毒味してたの?」
「もちろんです。喉が渇いているわけでも、薬が好きなわけでもありませんので誤解しないでくださいね」
再びユニを背負うと、リンは一瞬ロコを見てからアリアへ視線を向けた。
「見ての通り俺は戦力外だ。ロコも期待できない。頼んだぞアリア」
「お任せください!」
元気に答えたアリアを先頭に、三人は魔法協会へ向かった。
遠目からでも確認できた質素な扉は、近付いて触れても、やはり見たままの存在だった。なんらかの魔法が施されているわけでも、立派な作りをしているわけでもない。鍵すらかかっていない扉をアリアは躊躇なく開けた。彼女に続いて、リンとロコも中へ入る。荒らされた形跡はなく、魔物がいるとは思えないほど静かだ。
「中は普通だけど、ほんとにいるのかな?」
ロコの疑問をよそに、リンはエントランスホールの中心まで足を踏み入れると、床をじっと見つめた。
「……下だな」
「なるほど、地下にお家があるんですね」
「それなら」とアリアは一体の死霊を喚んだ。死霊は床を破壊しようと、剣を力いっぱいに振り降ろす。しかし壊れたのは床の表面だけだった。木材の床はしっかり砕けているが、その下にある石材のようなものには傷一つついていない。
「あら、下が硬いですね」
「魔石だ」
「え、でも魔石って割れやすいしもっと小さいよね?」
「人界に流通している魔石は多くが加工されたものだ。これはそれを砕いて溶かし、結合させたものだな」
何かを確かめるように、リンは床をトントンと蹴った。
「大した厚みは無く、ここを破壊すれば標的の真上に落ちるようだ。問題は、想定していたよりも底が深い事だな」
「壊しましょう」
「ちょっと待って、着地はどうするの?」
「各々で何とかしましょう」
「足引っ張って申し訳ないけど、私にそんな力無いから」
「それに」とユニリスタを見るロコ。
「ユニのためにも、もう少し優しい道で行けないかな?」
薬を飲んだとはいえ、ユニリスタはまだまだ動けそうにない。熱にうかされる彼を心配そうに見つめながらアリアは答える。
「そうですね。薬は飲みましたし、ゆっくり行きましょう」
アリアがそう言った直後、死霊がエントランスホールの奥にある受付カウンターへ駆け寄った。そして剣を振り上げ一閃。大きく斜めに裂かれたカウンターと壁の棚。置いていかれた書類は剣圧によってふわりと浮かび、その一部は両断されて花弁のように舞い落ちる。魔法協会にて、最も多くの人が利用していただろうこの場所は、一瞬で使い物にならなくなった。
「なっ、何してるの⁉」
驚くロコの声が聞こえていないのだろう。死霊はエントランスホール内の破壊を続けている。
「アリア危ないよ! やめさせて!」
「何故ですか? 地下への通路を探すなら、これが一番早いでしょう?」
「そうかもしれないけどっ。建物が崩れたり、これで地下への通路が瓦礫で塞がっちゃうかもしれないよ」
「支柱さえ残っていれば倒壊しません。通路が瓦礫に埋もれても、また壊せばいいんです」
アリアにロコの声は届いていない。いや、アリア自身あまり聞く気が無いのだろう。彼女にとってロコは、その程度の存在だった。
「アリア」
リンの声に、死霊の動きがピタリと止まる。
「ロコの言う通りだ。壊すならもう少し慎重にやれ。それと――」
「この子を庇うんですか? あなたらしくもない」
呆れたような目でアリアはリンを見た。
「そうではない。ここにはいくつかの罠が仕掛けられている。発動条件は様々だが、破壊することで作用するものも混ざっているようだ」
「それならそうと早く言って下さい。で、どれなら壊してもいいんですか?」
リンは受付カウンターの上に視線を向けた。誰かはわからないが、若い男の絵が飾られている。黒髪茶目、紺のスーツを着こなし、優しい笑みを浮かべている。
「あれですね」
死霊が絵を斬りつけようと飛び上がった直後、リンは「あ」と声には出さないが小さく口を開いた。その瞬間を、ロコは見逃さなかった。
「アリア違う‼」
遅かった。死霊により絵が裂かれたとほぼ同時に、アリアの足元に扉が出現した。それは瞬く間に開きアリアは落ちる。いち早く気付き、彼女を助けようと間近まで駆け寄っていたロコ。手を伸ばした彼女もまた、扉の中へ落ちて行った。
扉が締り、エントランスホールに残されたのはリンと熱にうかされるユニリスタだけ。
「……どうするか」
リンはぽつりと呟いた。
◇
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