3話(4)






「誰もいませんね」

「魔物がいるからね」


 「わかっている」と言わんばかりに、アリアはふいっと建物とロコが視界に入らないよう視線をそらす。

 二人が見ていたのは、町中にあった物とは一風変わった建物だった。天を刺すかのように鋭く尖った円すいの屋根と、沢山の円柱を並び合わせたような外観をするその建造物は、廃れた町のはずれにある魔法協会。町中に比べて見た目はわりと綺麗だが、やはり人の気配はない。


「アリア」


 リンはユニリスタを背中から下ろすと、遠目から目的地を確認していたアリアへ声をかけた。「はーい」と返事をしながら、アリアは薬瓶を手にリンへ駆け寄る。


「変わりないか?」

「はい。これはただの薬のようです」


 リンは薬瓶を受け取ると、ユニリスタに飲ませ始めた。途中で軽くむせたが、きちんと飲みきったようだ。空の瓶をアリアへ返す。


「さっきは毒味してたの?」

「もちろんです。喉が渇いているわけでも、薬が好きなわけでもありませんので誤解しないでくださいね」


 再びユニを背負うと、リンは一瞬ロコを見てからアリアへ視線を向けた。


「見ての通り俺は戦力外だ。ロコも期待できない。頼んだぞアリア」

「お任せください!」


 元気に答えたアリアを先頭に、三人は魔法協会へ向かった。

 遠目からでも確認できた質素な扉は、近付いて触れても、やはり見たままの存在だった。なんらかの魔法が施されているわけでも、立派な作りをしているわけでもない。鍵すらかかっていない扉をアリアは躊躇なく開けた。彼女に続いて、リンとロコも中へ入る。荒らされた形跡はなく、魔物がいるとは思えないほど静かだ。


「中は普通だけど、ほんとにいるのかな?」


 ロコの疑問をよそに、リンはエントランスホールの中心まで足を踏み入れると、床をじっと見つめた。


「……下だな」

「なるほど、地下にお家があるんですね」


 「それなら」とアリアは一体の死霊を喚んだ。死霊は床を破壊しようと、剣を力いっぱいに振り降ろす。しかし壊れたのは床の表面だけだった。木材の床はしっかり砕けているが、その下にある石材のようなものには傷一つついていない。


「あら、下が硬いですね」

「魔石だ」

「え、でも魔石って割れやすいしもっと小さいよね?」

「人界に流通している魔石は多くが加工されたものだ。これはそれを砕いて溶かし、結合させたものだな」


 何かを確かめるように、リンは床をトントンと蹴った。


「大した厚みは無く、ここを破壊すれば標的の真上に落ちるようだ。問題は、想定していたよりも底が深い事だな」

「壊しましょう」

「ちょっと待って、着地はどうするの?」

「各々で何とかしましょう」

「足引っ張って申し訳ないけど、私にそんな力無いから」


 「それに」とユニリスタを見るロコ。


「ユニのためにも、もう少し優しい道で行けないかな?」


 薬を飲んだとはいえ、ユニリスタはまだまだ動けそうにない。熱にうかされる彼を心配そうに見つめながらアリアは答える。


「そうですね。薬は飲みましたし、ゆっくり行きましょう」


 アリアがそう言った直後、死霊がエントランスホールの奥にある受付カウンターへ駆け寄った。そして剣を振り上げ一閃。大きく斜めに裂かれたカウンターと壁の棚。置いていかれた書類は剣圧によってふわりと浮かび、その一部は両断されて花弁のように舞い落ちる。魔法協会にて、最も多くの人が利用していただろうこの場所は、一瞬で使い物にならなくなった。


「なっ、何してるの⁉」


 驚くロコの声が聞こえていないのだろう。死霊はエントランスホール内の破壊を続けている。


「アリア危ないよ! やめさせて!」

「何故ですか? 地下への通路を探すなら、これが一番早いでしょう?」

「そうかもしれないけどっ。建物が崩れたり、これで地下への通路が瓦礫で塞がっちゃうかもしれないよ」

「支柱さえ残っていれば倒壊しません。通路が瓦礫に埋もれても、また壊せばいいんです」


 アリアにロコの声は届いていない。いや、アリア自身あまり聞く気が無いのだろう。彼女にとってロコは、その程度の存在だった。


「アリア」


 リンの声に、死霊の動きがピタリと止まる。


「ロコの言う通りだ。壊すならもう少し慎重にやれ。それと――」

「この子を庇うんですか? あなたらしくもない」


 呆れたような目でアリアはリンを見た。


「そうではない。ここにはいくつかの罠が仕掛けられている。発動条件は様々だが、破壊することで作用するものも混ざっているようだ」

「それならそうと早く言って下さい。で、どれなら壊してもいいんですか?」


 リンは受付カウンターの上に視線を向けた。誰かはわからないが、若い男の絵が飾られている。黒髪茶目、紺のスーツを着こなし、優しい笑みを浮かべている。


「あれですね」


 死霊が絵を斬りつけようと飛び上がった直後、リンは「あ」と声には出さないが小さく口を開いた。その瞬間を、ロコは見逃さなかった。


「アリア違う‼」


 遅かった。死霊により絵が裂かれたとほぼ同時に、アリアの足元に扉が出現した。それは瞬く間に開きアリアは落ちる。いち早く気付き、彼女を助けようと間近まで駆け寄っていたロコ。手を伸ばした彼女もまた、扉の中へ落ちて行った。

 扉が締り、エントランスホールに残されたのはリンと熱にうかされるユニリスタだけ。


「……どうするか」


 リンはぽつりと呟いた。






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