第19話 アルフレッド・ルシファーレン
突然のカシンの言葉に、動揺する素振りもなく、ただカシンの方を見上げたアルフレッド。話しかけてきたカシンに対し、アルフレッドは冷静な様子のまま言葉を返す。
「そうだが、君は?」
「俺はカシン。それにこいつらはリアとヒルコ。これから同期としてよろしくな!」
「ああ、よろしく」
「ちょっと座らせてもらうぜ! よいしょっと!」
「別にかまわないが……」
アルフレッドの向かいの席にどっしりと座ったカシン。
それにしてもカシンのコミュニケーション能力というか、誰が相手だろうと関係無しに臆すことなく話していく所はすごい。現に、何となく話しかけづらかったアルフレッドでさえも、気が付けばすっかりカシンのペースに流されてしまっているようだ。
「おい、リア、ヒルコ。なにぼーっと突っ立ってるんだ? 座ろうぜ!」
そして、カシンに促されるままに席に着く僕とヒルコ君。一体何を話せば良いのか、気まずい空気が流れる中、そんな事など関係無しにアルフレッドに話しかけるカシン。
「なあ、アルフレッド。あんたはどうだった?」
「どうって…… 何のことだ?」
「最初の実習だよ。ミドウさんと戦ったんだろ?」
アルフレッドの顔をのぞき込むように、身を乗り出すカシン。僕もその話題には非常に興味があった。何せ、アルフレッドの担当教官はミドウ。皆の話を聞く限りでは、今日アルフレッドもおそらくミドウと一戦交わっていたことは間違いない。
「ああそのことか。聞くまでもないだろう」
アルフレッドの返答に何故かほっとしたリア。いくら、成績が優秀であるだろうアルフレッドであったとしても、そう簡単にミドウさんを相手に玉を割ることなんてそう容易ではないはずだ。
「だろうなーー それにしても零番隊の先生方は流石だぜ! これから一緒に頑張ろうなアルフレッド!」
そのまま席を立ったカシン。取り残されそうになったリアとヒルコは、アルフレッドに向けてぺこりと一礼し、自らの席に戻っていくカシンの後を追っていった。そして、1人、その場に残されたアルフレッドは首をかしげながら呟く。
「?なんだったんだ? 一体?」
………………………………………
「カシン、わざわざそれを確認するためにアルフレッド君の所に?」
「そりゃそうだ。リア、お前ミドウさんが憧れって言ってただろ? 結果気になるかなと思ってさ! まあ挨拶がてらな。アルフレッドもこれから一緒にここで暮らしていく仲間だしな!」
笑顔でそう返すカシン。やっぱりカシンは良いやつだ。そう実感したリアはカシンに笑顔を返す。そのまま食事の続きを取ろうとした直後、既に食事を終えた様子のソールやファロン達が、リア達の席の方へとやってきた。
来て早々、カシンの頭をパコンと叩くファロン。ファロンはカシンに向けて、語気を荒げる。
「あんた、アルフレッドの所に絡みに言ってなかった? またろくでもない事言ってきたんじゃないだろうね!」
「いってえよ! 違うって挨拶だ! 挨拶! ついでに……」
「ついでに!? 何? やっぱり……」
「だから違うって! こいつが! リアがミドウが憧れだったって聞いてたからさ! アルフレッドの結果を聞きにいっただけだって!」
「じゃあ、リアも聞いたんだ! すごいよね! アルフレッド君!」
明るい様子で笑顔を浮かべながらそうリアに言葉をかけてきたのはソール。この時、リアはソールの言葉に違和感を覚えた。
すごい? すごいって何のこと?
「私もスウちゃんから聞いて! アルフレッド君1人でミドウさんの玉割っちゃったんだよね! 流石だなあ!」
そんな…… まさか!?
アルフレッドが座っていた方に視線を移したリア。相変わらず、1人黙々と食事を勧めるアルフレッドがそこにはいた。
まさか、アルフレッド君…… ミドウさんの玉を……!?
「おいおい、マジかよ…… 相手はミドウさんだぜ?」
流石のカシンもちょっと引いたような様子でそう呟く。そして、リアの頭の中はすっかり混乱に陥っていた。
――本当にミドウさんが、いくら授業だとして、いくら玉を割ればオッケーだとして…… それでもまさか本当に、僕達の動機の中でミドウさんに近づける人がいるだなんて……
「そりゃあ、あんたとは違って、彼はルシファーレン家のエリートだからね! あんたも少しは見習いなよバカシン!」
カシンへと絡むファロン。だが、周りの声など一切リアには聞こえていなかった。ある意味ではショックに似たような感情にリアは支配されてしまっていたのだ。
「……大丈夫ですか? 気分でも悪いんですかリア君?」
ふと、声が聞こえてきてリアは我に返る。目の前には、女の子の顔。
ソール……? いや、違う。ルウ?
そこには、心配そうにリアの様子をのぞき込むスウの顔があった。取り繕うようにリアは笑顔を浮かべる。
「ああ、ごめんねスウ! ちょっと考え事をしていて! 大丈夫だよ!」
「リア……」
リアの異変に気が付いたのか、ソールは不安げな顔をしながらそう呟いたのだ。
………………………………………
なんか寝れないなあ……
自らの部屋に戻り、布団に入ってからもなかなか寝付けなかったリア。ずっと頭の中をよぎっていたのは、アルフレッドのことである。あれから、別に平気なフリを見せてきたが、やはりリアの内心はショックであった。
そりゃあ、たかが玉を一個割っただけと言えばそれまでの話だが、リア自身はイーナの玉に触れる事すらできなかったのに、同期のアルフレッドは、零番隊のトップに君臨するミドウの玉を割って見せたというのだ。
ベッドから身体を起こし、窓の方へと歩くリア。窓の外を見ると、もう周りの部屋も灯りは消えており、皆眠りについているようだ。
そして、ふと庭の方を見ていたリアの目に、1人の男の姿が映る。
――一体こんな夜中に…… 誰なんだろう?
そう思ったリアは目を凝らして、その男の姿を見る。遠目からでもわかる鍛え抜かれた身体に、リアの目が一気に冴える。間違いない。ミドウさんだ!
それからリアは夢中になって部屋を出た。自分の憧れでもあるミドウさんが其処にいる。直接会って話してみたい。その一心でリアは、夜中に庭にいたミドウの元へと走ったのだ。
「……ミドウさん!」
「おお、リア君じゃないか! こんな夜中にどうした?」
リアの声に振り返るミドウ。まさかミドウが自分の名前を覚えてくれているだなんて想像もしていなかったリアは、そのまま夢中になってミドウへと話しかけた。
「ミドウさん僕のこと覚えていてくれたんですか!」
「何を当然のことを? もちろん覚えているに決まっているじゃないか 何せ、この学園の生徒達は皆儂らの子供みたいなもんだからな!」
その言葉がリアは何よりも嬉しかった。なにせ、自分の一番の憧れの存在に自分を認識してもらえていたのだから。そして、自分の子供同然と言ってくれたのだから。
「……ミドウさんはどうして、こんな夜中に?」
「……ふむ、ちょっと感慨深いモノがあってな。いつの時代も若者というのは儂ら年寄りにも刺激を与えてくれる……」
「?どういうことです?」
「リア君、儂は嬉しいんだよ。君達のような将来有望な若い者がここで芽吹いていってくれる。その芽吹きの手助けになれると言うことが」
感慨に浸るような様子でそう語るミドウ。おそらく、ミドウが言っているのはアルフレッドのことだろう。そう察したリアは、勇気を持ってミドウへと問いかけた。
「……ミドウさん、アルフレッドが…… ミドウさん相手に玉を割った話って、本当なんですか?」
リアの問いかけに、ニッコリと微笑むミドウ。そのままミドウは見た目にそぐわない優しい表情のままリアに言葉を返した。
「ああ、本当だ」
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