第55話 誕生日2 1

 9月。今年も順調にいけば、去年と同じ日に誕生日がやってくる。絢音も同様に9月生まれで、私より2日遅いだけだ。

 私が絢音より年上なのはその2日間だけなので、絢音が今年はその2日間、私を先輩呼びすると言っていた。それを言ったら、奈都など3ヶ月くらい先輩だが、たったの2日だからネタとして成り立つのだろう。

 もし先輩と呼ばれたら、私も先輩面で対応しようと思っているが、恐らく忘れているか、大して面白くないと判断して、実行には移さないだろう。私と違って、絢音はやる前に考える女だ。

 9月はユナ高は文化祭が開催される月でもある。去年はクラスの文化祭委員をやることになり、男子二人と一緒にバタバタと走り回っていた。そのせいで絢音のプレゼントすら買い忘れるという痛恨のミスをしたので、今年はプレゼントはもちろん、誕生日会の企画もじっくり練ろうと考えていたが、クラスメイトの推薦により、今年も文化祭委員をやることになってしまった。

 それ自体は別に嫌ではないし、文化祭はいかにも青春という感じがして、青春欠乏症の私としては嬉しいまである。ただ、忙しくなるのは確かで、今年の誕生日もまた慌ただしく過ぎていくだろう。

 たまには奈都にも何か考えて欲しいと言ったら、奈都は申し訳なさそうにため息をついた。

「9月は私も、バトン部の企画とクラス展示、両方あって忙しい。練習もあるし」

「私とバトンとどっちが大事なの?」

「バトン」

 こうして、5年かけて密に築いた私と奈都の関係は、あっさりと終焉を迎えた。

 企画は涼夏に任せるとして、今年はせめてプレゼントはちゃんと買おうと、休みの日に奈都と一緒に、恵坂から古々都界隈をぶらぶらすることにした。

「私はアヤのプレゼントを買いつつ、ついでにチサのプレゼントも買って帰ろう」

 奈都が通り沿いのセレクトショップのウィンドウを眺めながら言った。この手のお店はとても興味があるが、どうせお値段も高いだろうし、店員さんとの距離が近そうなので入ったことがない。

 涼夏と遊ぶ時ですら入らないのだから、奈都が自分から入ろうなどと言うわけがない。ただ、将来的には、奈都が一番こだわりの店とかとっておきのブランドを持ちそうな気がする。私や涼夏は流行に流されやすく、絢音は将来的にもファッションには興味を持たずに、安い服を何故かカッコよく着こなしてそうだ。

「どうせ私の目の前で買うなら、私が欲しいものを買ってよ」

 極めて妥当な提案をすると、奈都が複雑に眉をゆがめた。

「私の選ぶ楽しみと、チサのもらう喜びの、どっちが大事なの?」

「そりゃ、私でしょ」

「自信に満ち溢れた誤答だね」

 奈都が爽やかに笑った。今のは自分に言ったのだろうか。しかし、確かにプレゼントというのは、相手が欲しそうなもの100%というより、自分の趣味の押し付けという面がある。

 去年は絢音からはパスケース、奈都からはポーチをもらい、涼夏は季節外れのマフラーを用意していた。パスケースもポーチも日常的に使っているし、マフラーは冬に活躍して、今年も使う予定だ。そう考えると、やはり日用品の方がいいだろうか。

 奈都に聞いてみると、「日用品って、消耗品ってこと?」と聞かれた。そういうつもりで言ったのではなかったが、石鹸とかもいいかもしれない。涼夏には微妙だが、絢音は特にこだわりがなさそうなので、肌に合わないということがなければ使ってくれるだろう。

 嬉々としてそう言うと、奈都は「石鹸か……」と渋い顔をした。

「わたし的には微妙だけど、私とアヤは違うから」

「奈都にも石鹸を贈るよ」

「私のもらう喜びは、チサの選ぶ楽しみより優先されるべきだと思う」

 さも当然のようにそう言って、力強く却下してきた。舌が2枚あるのだろうか。

 確認のために口を開けさせてみたが、幸いにも1枚しかなかった。ついでに指を突っ込んで、掻き回すように舌に絡めると、奈都が顔を赤くして俯いた。

「チサ、時々それやるよね。好きなの?」

「奈都の反応が面白いのと、私しか触ったことがないっていう、変な優越感はあるね」

「他にも誰にも触られたことがない場所がたくさんあるから、気が向いたら触ってね」

 何やら恥ずかしそうにそう言ったが、一体どこを想定しているのだろう。「気が向いたらね」と話を終わらせて、ショッピングに戻った。

 大きな雑貨屋に入ると可愛い小物が無数に並んでいて、それらすべてがプレゼントの候補として立ち上がってくる。小物入れとか良さそうだと手に取ると、奈都が誇らしげに胸を張った。

「この店に入って最初に触ったのがそれってことは、少なくともチサはそれが気に入ったってことだね」

「奈都って発想が独特だよね」

「チサへのプレゼントはそれにしよう」

 本当にレジに持って行きそうな奈都の腕を掴んで、店内を回る。小物もいいが、観賞用の小さいサボテンとかも面白そうだ。

 調べてみると、頻度はともかく、一応土を替えたりする必要があるらしい。元々そういう趣味のある人ならともかく、それが重荷になってしまうのは私の望むところではない。

 それにしてもサボテンは可愛い。手に取ってうっとりしていると、奈都が怪訝そうに首を傾げた。

「チサが植物を育ててるイメージはないけど、サボテンは似合うね」

「万年暇人だから、土を替えるくらいするよ。サボテン買ってくれるなら自分で選びたい」

「別にいいけど。だいぶ安いから、3つくらい買おうか?」

「そんなに要らない。やっぱりプレゼントは別のにして」

 サボテンはまた今度自分で買おう。そう思ったが、こうして機会を逸すると、多分買わないだろう。安くても贈ってもらった方がきっかけになったかも知れない。

 眺めていると、可愛いエプロンが気になったが、絢音は私以上に台所に立たない女なので、もらってもしまい込まれて終わりそうだ。料理が嫌いなのではなく、兄弟の前ではやりたくないと言っていたから、卒業後ならワンチャンあるが、逆に言えば卒業前はワンチャンない。

 ティーポットとマグカップのセットも可愛いが、絢音がお茶を淹れてくつろいでいるイメージが湧かない。

「あの女、意外と難しいな」

 私がシカのぬいぐるみを持ち上げながらそう言うと、奈都がくすっと笑った。

「チサも何が好きだか、4年以上一緒にいるけど、よくわからないよ?」

「私は特にこだわりがないから、何もらっても使うよ」

「それは言える。じゃあ、そのシカで」

「別に何でもいいけど」

 ぬいぐるみも、特に集める趣味もなければ好きなキャラクターもいないが、よほど不細工なのじゃなければ、普通にもらって嬉しいし、メテオラと並べて飾っておくだろう。

 次にアジア雑貨の店に入ってみたが、こちらは全体的に個性の強いアイテムが多く、一つ一つは可愛くても合わせるのが難しそうだった。

 試しにミラーワーク刺繍のバッグを肩にかけてみると、奈都が難しそうに唸った。

「似合わない」

「ワンピースならまだもうちょっといけそうな気がする」

「ワンピースのチサ可愛い。じゃあ、そのバッグをプレゼントするから、頑張って合わせて」

「別にいいけど、5千円もするから、もっと安いのでいいよ」

 夏休みにバイトしたとはいえ、高校生にはなかなかの額だ。最近お小遣いが賃上げされたらしいが、それでもひと月分くらいになる。

 結局何も買わずに外に出ると、奈都が「これが女子高生のショッピングか」と唸った。

「私一人だったら、最初の店でティーポット買って終わってたね」

「可愛いもの見てるだけで楽しくなるでしょ?」

「光の女子高生だ。チサが眩しい」

 奈都が両目を覆って頭を振る。光の女子高生という概念はよくわからないが、奈都は闇の女子高生なのだろうか。

 それなりに客の入っているアパレルショップに入ってみる。だいぶ前に涼夏と来たことがあるが、その時は冬だったので、置いてあるラインナップがだいぶ違う。

「考えてみると、同じブランドで夏用の服と冬用の服があるのって、面白いよね」

 私がトレーナーを広げながらそう言うと、奈都が無念そうに首を振った。

「考えてみたけど、それの何が面白いのか、全然わからなかった」

「奈都は闇の女子高生だもんね」

「変な属性作らないで」

 奈都が半眼で訴える。先に作ったのは奈都のはずだが、棚上げスキルの高い子なので仕方ない。

 体型が私よりは絢音に近い奈都に色々合わせた結果、ユニセックスの帽子を買うことにした。割とラフな格好をしていることの多い絢音なので、キャップも似合いそうだ。

 奈都も色々と私に合わせていたが、結局何も買わなかった。

「本人の目の前でプレゼントを買うの、難しい」

 それはそう思う。サプライズがそこまで好きというわけではないが、予定調和も面白くない。

「じゃあ、今日はこれで終わりにして、一人で探しに行くか、デートを続けて、プレゼントは別の日に買うか」

 そう提案すると、奈都は数秒考えてから、「デートだね」とはにかんだ。私としてもそうしてもらえると助かる。今日は一日奈都と遊ぶ気でいたから、ここで放り出されると退屈な午後を過ごすことになる。

「ご飯を食べてから、ショッピングを続けよう。その中で私の欲しそうなものを考えて」

 何なら目の前で買ってくれても構わない。プレゼントを買うだけのためにまた時間を取らせるのも悪いと言うと、奈都はわかったと頷いた。

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