第53話 ビーチ(3)
ようやく椅子から解放されると、肩が歓喜の声を上げた。絢音がレジャーシートを敷きながら、「嬉しそうだね」と笑った。
まるで拘束具から解き放たれたようだと言うと、絢音が眩しそうに目を細めた。
「私、拘束具をつけられたことがないからわからない」
「私もないから! 想像できるでしょ?」
「千紗都を拘束。滾る」
「変態はいます」
「助詞『は』を選んだ是非だね」
椅子を設置すると、とりあえずお尻を深くうずめた。隣で絢音が寝っ転がっていて、そっちの方がいい気がしないでもないが、隣の芝は青く見えるだけだろう。後で交代しよう。
空が青い。輝くような白い砂浜の上には無数のビーチチェアが置かれ、若者たちが肌を焼いているが、どうもあの感覚はわからない。欧米だと白い肌は不健康と見られ、日焼けする人が多いそうだが、その感覚だろうか。
隣を見ると、絢音の白い太ももが横たわっていた。何となく指先でなぞると、絢音がくすぐったそうに体を震わせた。
「そう言えば、服どうする?」
絢音が私のシャツをつまみながら言った。どうするというのは、水着になるかということだろうが、ぶっちゃけ海に入る気がないなら、わざわざ布を薄くする必要はない。
もっとも、チェアリング・オン・ザ・ビーチは、そもそも水着を1回しか着ていないことに対する物足りなさから企画したイベントである。ここで脱がなかったら本末転倒感が拭えない。
「脱ぐか」
もちろん、水着は下に着てきている。パパッと脱いで水着になると、絢音がはしゃぎながら写真を撮った。
「涼夏に送らなきゃ」
「涼夏の要望は二人の写真だったはず」
「今日、水着忘れたんだよね」
絢音が残念そうにため息をついたが、そんなわけはない。無理矢理引っぺがすと、絢音の白い肌が露になった。相変わらず細い。自分のお腹の肉をつまみながら、少しあげようかと言うと、絢音は静かに首を振った。
「もう少しお肉が欲しいけど、千紗都はそれ以上痩せなくていい。今、完全に仕上がってる」
「そうかなぁ」
「たくさん写真撮って壁紙にする」
絢音のスマホがパシャパシャと音を立てる。放っておくと永遠に撮り続けそうだったので、ビーチボールを持って一度腰を上げることにした。
日差しの下に出ると、肌が焦げる感じがした。日焼け止めはしっかり塗ってきたが、すぐに汗で流れてしまいそうだ。
ビーチボールを打ち合いながらそう言うと、絢音が大丈夫だと頷いた。
「後で私が塗ってあげる」
「肩と背中だけお願い」
「人間って、表面積大きいよね。どれだけ日焼け止めがあっても足りない」
適度に汗をかいたので、陣地に戻り、シートの上に寝転がった。シートの下は砂なので、柔らかくて気持ちがいい。
絢音は椅子に座って、これがチェアリングかとはしゃいでいる。
次に何をしようか相談しようとしたら、一緒に遊ばないかと声をかけられた。見上げると大学生くらいの男が3人。チャラいけどチャラくなり切れない感じの、一線を超えられないあどけなさがある。
声をかけるのにも随分勇気を出したのかもしれないが、生憎それに応じる義理はない。絢音は対応は任せたと言わんばかりに、ただ私を見つめるばかりなので、仕方なく私が追い払うことにした。せっかくだから、行きに話していたのを実践するのがいいだろう。
「私たち、デート中なの。もし私たちが男女だったら、話しかけてないでしょ?」
つっけんどんにそう言うと、男たちは、それはそうだがと言葉を濁した。
「じゃあ、邪魔しないでもらえる? 性別に関係なく、カップルに話しかけるのは非常識でしょ」
腰を上げて、のんきに座っている絢音の肩を抱くと、唇を押し付けた。これ見よがしにキスしていると、男たちは何やらドン引きしたような台詞を残して去っていった。
顔を離して絢音が笑った。
「これ、いつか学校でもやろう」
「そうする必要があったらね」
キスをするのはやぶさかではないが、幸か不幸かそうする必要があるシーンが思い付かなかった。
破滅したいと、よくわからないことを口走っている絢音の頭をぐりぐりと撫でて、私は再びレジャーシートに寝転がった。頭上にはまだまだ色の濃い青空が広がっている。
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