第52話 怪談(5)

 チープな怪談話もいよいよ残すところ奈都だけである。自分の悪い癖だが、こういう時、奈都が何かやらかさないか無駄に緊張してしまう。

 特にもう、私が間に入っていなくても3人は友達なのだが、元々私が引き合わせた仲なので、奈都の言動に責任を感じる。この話をすると、奈都は「信用がないなぁ」と不満そうにするが、私の不安は過去の実績に基づいているので、どうか反省して欲しい。

 果たして今日はどうか、固唾をのんで見守っていると、奈都はうっすらと笑いながら話し始めた。

「私は中学の時からずっとチサが好きでね。今でこそ涼夏とアヤのおかげでチサとチュー出来たり、おっぱい触ったりしてるけど、中学時代はとてもそんなことが出来るような関係じゃなかった」

 突然思い出語りが始まったが、何か反応するべきだろうか。奈都にも考えがあるのだろうから、黙って様子を窺うと、涼夏が「乙女だな」と相槌を打った。奈都は静かに頷いて続けた。

「乙女な私は、チサが欲しいと思いながら、それが出来ないもどかしさに発狂して、チサっぽい人形を買って、それをチサとして愛でることにしたの」

「よくあるな」

 涼夏が同意するように頷いたが、よくはないと思う。涼夏と絢音が楽しそうに聞いているので、口を挟むのはやめておこう。

「家にあったお金を拝借して、なるべくチサに似たラブドールを一体購入して、チサ2って名付けた。私の制服を着せたら、もう完全にチサだったね」

 奈都がうっとりと微笑む。雲行きが怪しくなってきた。

 絢音が可愛らしく顎に手を当てながら、「ラブドール」と思案げに呟いた。私の認識が間違っていなければ、主に男性がエッチなことに使う等身大の人形のことだろう。

 絢音の呟きに反応するように、奈都が満足そうに頷いた。

「そう。だから、おっぱいの感触とかもリアルなの。まあ、チサのおっぱいが触れる今となっては、あれは偽物だったけど、当時の私は大興奮だったわけ。わかる?」

 奈都がいつもの早口で同意を求めたが、生憎賛同の声は上がらなかった。気にした様子もなく、奈都が続けた。

「今のドールって本当にすごくてね。不気味の谷を越えた可愛さってこういうものかって感動した。もちろん本物には及ばないけど」

 奈都が私を見て柔らかく微笑むが、それさえ不気味なのでなかなか怪談めいてきた。

「不気味の谷って何?」

 知らない単語が出たので聞いてみると、奈都が嬉しそうに説明してくれた。

「人形のフォルムをどんどん人間に近付けていくと、あるところまでは可愛くなるけど、あるところで急に不気味に感じ始めるんだって。限りなく人間に似た、人間じゃない何かみたいな。その先はまた好感度が上がっていく。その、ガクンと下がるところが不気味の谷」

 どうやら奈都の造語ではなく、一般的に使われる言葉のようで、疑問を投げかけた私の眼差しに、絢音が合っていると頷いた。奈都が話を戻す。

「それで、チサ2と楽しい毎日を過ごしてたんだけど、チサ2をよりチサに近付けるために、私はチサの髪の毛を集めることにした」

「髪の毛」

「うん。そりゃ、チサの私服とか着せたかったけど、それは無理だから、チサの肩についてた髪とか、遊びに行った時に床に落ちてた髪とか集めて、少しずつチサ2に移植してね。だんだんチサの匂いになって行く錯覚があったね。もちろん、そんなわけないけど」

 奈都があははと笑ったが、笑ったのは奈都だけだった。白けてきたというより、薄ら寒くなってきたから、怪談としては大成功だろう。

「夜な夜なチサ2に語りかけてたんだけど、やっぱり一方通行なのが悲しくなって、私は閃いた。中学時代の私の最大の閃きと言ってもいい」

「それは?」

「チサとの会話を録音して、後で編集して私の声だけ消したら、チサと会話っぽいことが出来るじゃん? しかも私の名前を呼んでくれるし。だから、チサと喋る時は全部録音して、編集して、夜寝る時に再生して聴いてた。完全にチサ2が喋ってる感じ。わかる?」

「理屈は」

 涼夏が怯んだように答えた。なんだろう。誰も死んでいないのに、実に猟奇的な話だ。常軌を逸している。

「まあそんなわけで、私はチサへの愛情を全部チサ2に注ぐことで、本物のチサとは適度な距離感で付き合えてたってわけ。でも今は、二人のおかげでチサとチューも出来るし、おっぱいも触れるし、二人には本当に感謝してる」

「そっか。それで、チサ2は?」

 涼夏が聞くと、奈都は楽しそうに笑いながら言った。

「要らなくなったから、バラバラにして捨てた」

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