第52話 怪談(3)

 今の涼夏の怪談は、私の想像とは少し違う内容だった。いわゆるお化けとか怪奇現象とか、そういう話をするのかと思ったら、ただのキモい人の話だった。

「私、普通の怪談を持ってきたんだけど」

 もしかしたら、企画の趣旨が違ったのではないかと思って聞くと、涼夏は構わないと頷いた。そのまま私が話す流れになったので、ここ数日で考えたチープな怪談を披露する。

「ユナ高の話だけどね。去年、文化祭の準備をしてた時に、先輩から妙なことを言われたのを思い出したの」

「いい入りだね」

 絢音が真剣な眼差しをしたが、どことなく頬が緩んでいる。楽しんでくれるのは嬉しいが、果たして怖がってもらえるだろうか。

「もちろん私たちが入学する前、先輩たちもまだ中学生とか小学生だった頃に、ある事件が起きたんだって」

「ふむ」

 涼夏が探るような目で私を見つめる。チープな話なので、あまり真面目に聞かれるのも恥ずかしい。

「夕方、ある女子生徒が専門の方の校舎のトイレを使ったんだけど、誰もいなかったのに、何かが倒れる音がして、ドアが開かなくなっちゃったんだって」

 怪談と言えばトイレだ。夕方の校舎の奥のトイレ。声を出しても人はいないし、スマホはバッグと一緒に教室に置いてきてしまった。

「絶体絶命だね」

「一人暮らしだと気を付けなきゃいけないやつの一つだね」

「物が倒れて来なくても、鍵が壊れて出られなくなるケースもあるらしい」

「一人暮らしだったら、少し空けてするのも大事かも」

「常にスマホを携帯してトイレに行く」

 何やら危機管理の話が始まったので、終わるのを待ってから続きを話し始めた。

「何とか上から出ようとか色々頑張ったけど、とうとうダメで、3連休の間にその子は亡くなってしまいました」

「可哀想に」

 奈都がしょんぼりする隣で、絢音が「そんなニュースもあったね」と神妙に頷いた。私が考えた話だから、きっとそんなニュースはなかったと思う。

「誰も探しに来なかったの? 3日も?」

 涼夏が素朴な疑問をぶつけてきたので、私はそうだと頷いた。

「誰も来なかった」

「不自然だな」

「そこが怪談なんだよ。そもそもどうしてドアが開かなくなったのか。倒れるものなんてなかったのに」

 私が推理を求めるようにそう言うと、絢音がしたり顔で口を開いた。

「それはきっと、霊の仕業だね」

「そう。そしてその子も霊になって、夕方一人で訪れる生徒を待ち受けてるの」

「その連鎖が長年続いてるんだろうね。校舎が出来たの、割と最近だけど」

 涼夏が悲しそうに息を吐いた。後半が本当に余計で、奈都が笑いを堪えるように口元を押さえた。せっかく頑張って考えたのに、結局笑い話みたいになってしまった。話していて自分でもガバガバ設定だと思ったので仕方ない。

「そんなわけで、みんなもトイレに行く時は気を付けてね」

「つまり、トイレに行く時はみんなで!」

 涼夏が謎理論を展開すると、奈都がしんみりと首を振った。

「私、あの文化苦手」

「謎だね。一緒に行くことはあっても、したくもない時について行くことはないかな」

 絢音も曖昧に同調する。そもそもトイレの話がしたいわけではないので、私の話はこれでおしまいと言って、バトンを絢音に手渡した。

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