第50話 金欠(1)

 沖縄旅行によって、私たちはたくさんのものを得た。思い出や体験、お土産も買って、友情も深まった。

 この先の1年半がどんな学校生活になるかはわからないが、あれ以上の経験はなかなか出来ないだろう。一生思い出しそうだが、今のところあまり話題に出していない。過去を振り返るには、私たちは若すぎる。

 そんな素敵な旅行と引き換えに失ったものがある。

 お金だ。

 元々金欠な絢音はもちろん、私もバイト代を先に使った上、親にももらって、祖父母にもねだりに行った。親には怒られたが、高校生の内に大好きな友達と行く旅行の大切さを語ったら、快く出してくれた。

 安い旅行ではあったが、それでもトータルで3万円以上使っている。パラセーリングとシュノーケリングの料金が往復の飛行機と同じくらい高かったが、値段以上に価値のある体験だった。

 それでも、一人分なら問題ない。恒常的にバイトをしている涼夏をもってして金欠になったのは、私と涼夏で絢音の旅費を持ったからだ。これに関しては1ミリも後悔していないし、次に同じ機会があったら、また出してもいい。

 ただ、事実としてお金が尽きたというだけだ。

「私たちは、お金のかからない遊びを考える必要がある」

 恵坂のとある公園で、涼夏が安いアイスをガリガリかじりながら言った。ショートパンツにTシャツ1枚、後ろでちょっと髪を括っているのが可愛い。ちなみにTシャツは、カニの絵と一緒に「LOBSTER」と書かれているやつだが、お気に入りなのだろうか。沖縄でも着ていた。

 お金のかからない遊びと言えば、すぐに思い付くのは誰かの家で遊ぶことである。特に私の家は平日は誰もいなくなるので、この夏は頻繁に来てもらって、宿題をしたり、ゲームをしたり、動画を見たり作ったり、料理に挑戦したり、他にも色々楽しんでいる。ただ、夏休みはまだ半分以上残っており、もっと夏っぽいことがしたい。

「お金のかからない夏っぽいこと……バーベキュー?」

「貴族の遊びだろ」

「鳩を焼く」

「千紗都、もうちょっとだけ考えて喋って」

 涼夏が呆れた顔でそう言うと、絢音がくすくすと笑った。

「鳩は鳥獣保護法で保護されてるから、勝手に獲って食べちゃダメって聞いたことがある」

「論点がおかしいから。今、大事なのはそこじゃない」

 いつもはボケ続ける帰宅部だが、今日の涼夏はツッコミが鋭い。暑くてボケるのが面倒なのかもしれない。

「ツッコミは基本的に正論を言えばいいから、奈都でも出来る」

 私が過程をすっ飛ばしてそう言うと、絢音が笑顔のまま口を開いた。

「今、バカにナツってルビを振った? ナツにバカってルビを振った?」

「私は涼夏のことをバカとは言ってないよ」

「二人とも、もう少し思考の過程を口にして。なんで今、私の話が出た?」

 涼夏が疲れた顔で、静かに首を振った。今日はメイクが若干薄めだ。そこは節約ポイントではないだろうから、単に面倒だったのか、汗をかくから抑えたのか。

 私がじっと見つめたまま口を開かなかったからか、絢音が代わりに要約した。

「涼夏がボケずに突っ込んだから、千紗都はツッコミの方が簡単だって言ったんだよ。イントネーションがバカでも出来るみたいな感じだったけど、それだと突っ込んだ涼夏がバカって聞こえるって話」

「なるほど? 言われるとそういう流れだったけど、言われないとわからんぞ?」

「暑いからね」

 目を細めて空を見上げると、強い青空が広がっていて、日差しが容赦なく降り注いでいた。予想最高気温は37度。まだ午前中だが、日差しの下の体感温度は40度を超えている。

「カラオケでも行って、奈都をからかってくる?」

 今日は奈都は夕方までバイトだ。バイトが終わった後合流しようと話していて、目的もなく恵坂に集まったものの、こうして公園でぼんやりしている。

「カラオケは貴族の遊びだな。お金のかからない遊びを探してる私たちに相応しくない」

 涼夏が秒で却下した。実際のところ、平日のカラオケフリータイムは遊びとしてはかなり安い部類に入るし、少なくとも涼夏には余裕である。絢音のために言っているのではなく、単にお金のまったくかからない遊びを探す遊びをしているのだろう。

「じゃあ、鬼ごっこ。汗をいっぱいかいて、夏を感じられるよ?」

「この炎天下に、それは人間のする行動じゃない。私は夏っぽさは感じなくていい」

 涼夏があり得ないと首を振った。確かに、涼夏はお金のかからない遊びと言っただけで、夏っぽい話は私が勝手に言い出したことだ。

 実際、私も体温より暑い場所で駆け回りたくない。

「じゃあ、やっぱり屋内かなぁ」

 屋内でカラオケよりお金のかからない遊びがあるだろうか。ファミレスで一生喋り続けてもいいが、それは遊びではない。

 涼夏は自分で考えるのを放棄したように、残りのアイスをシャクシャク頬張りながら私を見つめている。何かないかと唸っていると、絢音が可愛らしく指を立てた。

「じゃあ、デパートに化石を探しに行こう」

「あー、いいね」

「なんだそれ」

 返事がかぶって、涼夏がキョトンとした顔で私と絢音を交互に見た。

「何その、知ってて当たり前みたいな。今、化石展でもやってるの?」

「開館当初からの常設展示」

 絢音がくすっと笑う。

 厳密に言えば展示ではない。私もうっすらと聞いたことがあるだけだが、古くからあるデパートの壁や床には大理石が使われていて、アンモナイトをはじめとした太古の生物の化石が見られるらしい。

 説明してなお、涼夏は不思議そうに首を傾げた。

「それはすごく貴重なものじゃないの?」

「どうだろう。私は要らないけど」

 絢音が思案げに首をひねった。そういう意味ではないと思うが、敢えて「私も要らない」と乗っかると、涼夏が冷静に手を振った。

「そういう意味じゃない」

「まあ、学術的に研究してる人はいるみたいだよ」

 絢音がそう言って、木陰から日差しの下に躍り出た。明快な回答はもらっていないが、屋内でお金をかけずに出来る特別な遊びとして、化石探しは模範的な選択だ。

「まあ、よかろう」

 涼夏がアイスの棒を片付けて、絢音の隣に並んだ。

 面白いかは未知数だが、どうせ無料だし、やってみる価値はある。日差しはどんどん強くなっている。焦げる前に、私たちは足早にデパートに向かった。

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