番外編 夏祭り(3)

 私のイベントカレンダーは7月から始まっているが、海の日に行われるこの南の祭がほぼ一番上にある。夏の皮切りだ。

 私の住む地域では、この南の祭と、7月末に行われる東の祭、そしてお盆の手前に行われる北の祭が三大花火大会と呼ばれている。帰宅部の中で。

 北の祭は厳密に言えば夏祭りではなく花火大会で、特に他の出し物はない。東の祭は2日間開催で、前日の総踊りも有名だ。2日目は花火大会の他にパレードもあり、去年我がユナ高の吹奏楽部も参加していた。

 南の祭も、一応広場で和太鼓やマーチングのステージがあったり、楽隊や山車のパレードがあるらしい。行きも混むだろうし、多少早めに行くかと話していたが、当日は予想最高気温38度で再検討になった。

『こんなに晴れなくて良かった。死ぬかもしれないから、夕方から行く?』

 朝、涼夏からそんなメッセージが来て、満場一致で夕方からになった。ステージに知り合いが出るわけでもないし、花火大会までに体力を使うのは得策ではない。

 とは言え、せっかくみんな空いているのに家にいるのもあれなので、会場から数駅手前にある大型ショッピングモールで時間を潰すことにした。

 今年も絢音はTシャツにホットパンツという涼しい格好で、髪を縛っているから完全にスポーツ少女だ。私も涼夏もショートパンツなので似たようなものだが、服のデザイン性のせいか、やはり何か違う。

「丈がとても短い」

 涼夏が顎に手を当てながら絢音の下半身を凝視したので、私もお尻の下の方の肉をつまんでみた。むにむにしている。

「人生でこんなにも下半身を意識されたことがないんだけど」

 絢音が困ったように首を傾けた。まあ実際のところ、夏祭り以外にも絢音はよくこれを穿いてくるし、珍しくはない。本人は色気がないから誰も気にしないと言っているが、私と涼夏の見解では十分扇情的である。

「絢音はもう少し自分の可愛さを自覚した方がいい」

 涼夏が指を立ててたしなめたが、絢音は大丈夫だと笑った。

「少なくともすずちさといる時は大丈夫。2個入りのおにぎりについてくる沢庵みたいなものだね」

「主役級だから」

「まあ、沢庵の方が好きだっていう物好きも、中にはいるかもだね」

 絢音が笑う。随分高級な沢庵だ。しばらくお尻を揉んでいたら、涼夏に頭をはたかれた。

 花火大会は19時半からだが、16時くらいには移動することにした。モールから駅に歩くだけで汗だくだ。

「生きて帰れそうにない」

 涼夏がハンドタオルで汗を拭いながら言った。絢音だけ一人、涼しい顔をしているが暑くないのだろうか。聞いてみたら、もちろん暑いと返ってきた。

「上半身が汗をかかない呼吸法をしてる」

「何それ、教えて」

 涼夏が目を丸くして飛び付いたが、絢音はうっとりと笑っただけだった。ありそうもない。

 電車を終点まで乗ると、早速すごい人だった。大通りを通行止めにして、両側にずらりと屋台が並んでいる。しかも両側の歩道と車道、計4列だ。

「祭りとはすなわち屋台なのか」

 焼きそばにたこ焼き、ホットドッグ、綿菓子、焼きとうもろこし、チョコバナナ、綿あめ、じゃがバタ、牛串など様々な食べ物に加えて、輪投げ、くじ、射的、ヨーヨー釣りなどの遊びもたくさんある。

「何か食べたいねぇ」

 涼夏が子供のように目を輝かせて物色する。実に好ましい反応だ。イベントは全力で乗っかるのが、帰宅部の基本スタンスである。

 あれこれ迷った結果、涼夏はトルネードポテトを買った。長い串にウネウネとポテトが螺旋を描いて揚げられた食べ物だ。人気なようで、多くの女性が手にしている。涼夏もその一人だ。

「見たことはあるけど、食べたことはない」

 絢音がそう言いながら、涼夏と一緒に写真を撮った。私も何枚か涼夏の写真を撮ると、ポテトを撮れと呆れられた。

 なお、一口もらったが、ポテトだった。価値の半分は写真映えと言っていい。

 すでにパレードは始まっていて、屋台の通りの片側を楽隊が音楽を奏でながら通り過ぎたが、立ち止まって見ている人は少なかった。

 日を避けながらステージのある公園まで歩いてみたが、こちらも観客は百人程度で、何十万という人が来るイベントのステージとしてはいささか寂しい感じだった。

「地元のお祭りに、大きい花火大会がくっついてる感じだな」

 公園の木陰に退避して、涼夏が疲れた顔でそう言った。実に的確な表現だ。北の祭同様、ほぼ花火だけのイベントと考えて良さそうだ。

 スポーツドリンクをぐびっと飲む。トイレは激混みだろうからあまり水分は摂りたくないが、心配しなくても全部汗になって出ていく暑さだ。

 フェリーの乗船券売場も兼ねている建物に入って、待合室で涼むことにした。考えていることはみんな同じで、座ることは出来なかったが、冷気が肌に気持ちいい。

「こうなると、後まだ2時間以上どうするかだ」

「お昼に来なくて良かったね。死んでた」

「絢音は炎天下でも平気そうだから」

「下半身は汗だく」

 絢音がそう言って、Tシャツの裾をパタパタさせた。どれくらい汗をかいているのか確認したくなったが、さすがに絵的にまずい気がする。じっと股間を見つめていると、涼夏が「変態の目だ」と身を震わせた。

 18時頃、退館を促されたので、屋台の通りに戻る。まだまだ暑いが、直射日光さえなければ耐えられないでもない。

 屋台の食べ物は高いので、コンビニで何か買いたかったが、大行列になっていたので諦めた。この夏もバイトをするし、500円くらい我慢しよう。ある程度お腹が膨れて、少し変わったものをと思い、富士宮焼きそばをチョイスした。なお、どの辺がご当地なのかはわからなかった。また帰ったら調べてみよう。

「そろそろ場所取りするか。メインの花火が見れなかったら意味がない」

 涼夏の意見に賛同して、港の方に移動する。すでに1時間を切っていたが、幸いにも場所はまだ空いていた。十分広い観覧スペースが用意されている。

 絢音がレジャーシートを持ってきてくれたので、コンクリートの上に広げて肩を寄せ合うように座った。これでもう、後は花火の開始を待つだけだ。

 西日を遮るものがないので、日を背中にしてタオルをかぶる。少しずつ空が暗くなってきて、試し打ちの花火が何発か上がった。

 暑さも少しだけ和らいできた。いよいよ始まる夏休みの話でもしながら、花火の開始を待つとしよう。

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