番外編 夏祭り(1)

 夏の風物詩と言えば花火大会だ。夏休みで一番の楽しみというほどではないが、去年絢音と奈都と一緒に東の祭の花火大会を見に行って、とても良い思い出になった。

 あれは珍しく絢音が言い出したが、今年は部長である私が企画しよう。そう決意して、夏休みに入る前に近隣の夏祭りや花火大会を調べて、お祭りカレンダーを作った。その数30。

 もちろん、日にちがかぶっている祭りもあるし、夏祭りというだけで花火がないものもたくさんある。私自身は重要なのは花火ではなく、友達との思い出なので、大きな山車を見るのもいいし、盆踊りに参加するのでも構わない。

 完成した翌朝、早速奈都に見せてみると、手放しに褒められた。

「すごいね。夏祭りに対する強い意気込みを感じる」

「部長だからね」

「何の? お祭り部?」

「帰宅部」

 言っておいて、帰宅と全然関係ない感が半端じゃないが、今そんな話がしたいわけではないという空気は読んでくれたようで、奈都もそれ以上は突っ込んでこなかった。

 ひとまず夏休みに入ったばかりの土曜日、イベントが4つもかぶっている日を取り上げてみる。花火大会が3つと、天ノ川祭という地域の伝統的な祭りが同じ日に開催されて、行くとしてもどれか一つしか選べない。贅沢な悩みだ。

「奈都はどれがいい?」

 胸を弾ませながら聞いてみる。正直なところ、私自身はどれでもいい。一緒に行く仲間たちが一番楽しめるものが、私にとっても一番良い。

 奈都は気になるイベントはあるだろうか。笑顔で顔を覗き込むと、奈都は困ったように表情を曇らせた。

「その日に行くのは決定なの? 私、行けないんだけど」

「そっか」

 用事があるならしょうがない。お祭りカレンダーには他にもイベントがぎっしり書かれているし、何もこの日である必要はない。

 差し当たり、次の祝日、港で行われる南の祭にはみんなで行きたい意向を伝えると、奈都は一層困った顔をした。

「その日もダメなんだけど。午前しか空いてない」

「そうなんだ。じゃあもういいよ」

 残念だと息を吐いて、スマホをポケットにしまう。気持ちが空回りしてしまったが、こればかりは仕方ない。続きはまた学校に着いてから、帰宅部のメンバーで話すことにしよう。

 今日は祭りの話以外にネタを用意していなかったので、何か奈都から話してくれないかと待っていると、奈都が何やら怯えたように私の指をつまんだ。

「えっと、大丈夫? 今、何か大切なものが壊れなかった?」

「何かって?」

「友情とか信頼とか」

「元々奈都には期待してないよ」

 だから大丈夫だと微笑むと、奈都は絶望的な表情で頭を抱えた。朝から元気だ。

 行けないものはしょうがない。中学の時も、奈都の空いている日だけ遊んでもらっていたし、今は奈都の他にも友達がいるので大きな問題ではない。

 今度は真面目にそう伝えると、奈都は明らかに不満げな顔でため息をついた。

「もっと早くから予定を入れて」

「私はすべての休みの日が空いてるから、遊べる日に遊べる子が相手してくれたらそれでいいよ」

「言ってることはわかるんだけど、私もチサと遊びたい」

「奈都から誘ってくれたらいいだけの話じゃないの?」

 特に不機嫌に言ったわけではなかったが、奈都は痛いところをつかれたという顔をして、「そうなんだけど」と言葉を濁した。責めるつもりはなかったが、もしかしたらそう聞こえてしまったかもしれない。

 世の中には誘う側の人間と誘われる側の人間がいて、奈都は明らかに後者だ。友達が多く、人当たりも良いので色々なグループから声をかけられる。

 帰宅部だと絢音も誘われる側だ。統計的に、一人遊びが出来る人はそうなる傾向が強いように感じる。彼らは、誘われなければ一人で遊べばいいと考えている。私なんか、2日間一人でいたら死んでしまう。

 絢音と奈都の大きな違いは、絢音は付き合いを限定しており、可能な限り帰宅部のために体を空けていることだ。塾があるかバンドの練習でもない限りいつでも空いているし、大抵の予定は先に教えてくれている。

 夏休みは私もバイトをする関係で、帰宅部の予定はウェブを使って共有することになっている。私も涼夏も、それを見ながら遊びの計画を立てるつもりだ。

「まあまた遊べる日に誘うから。帰宅部カレンダー作ったら、奈都もちゃんと登録してね?」

 慰めるようにそう言うと、奈都は力なく頷いた。何やら自己嫌悪に陥っているようだが、そっとしておこう。

 奈都の私と遊びたいという気持ちは疑っていない。たまたまダメな日が重なってしまったが、どんどん誘うのでしっかりと遊んでもらおう。

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