番外編 七夕(1)
<作者より>
沖縄より、少し時を遡ります。
後から書いたため番外編にしてありますが、6巻はここからスタートさせる予定です。
* * *
今日が7月7日であることを、朝起きた時は意識していたが、奈都と会う頃には忘れていた。奈都の口からもそういう話題が出ることはなかったので、すっかり忘れたまま登校すると、今日は早く来ていた涼夏が開口一番こう言った。
「何か願い事は考えてきた?」
そう言えば今日は七夕だった。まるでそういう遊びを事前に約束していたかのような口ぶりだが、今初めて聞いた気がする。忘れているだけだろうか。
絢音の方を見ると、絢音はまったくの無表情で口を開いた。
「ミーンミンミンミンミンミンミンミンミン」
「いや、怖いんだけど」
私が一歩後ずさりすると、涼夏がなかなか豪快に笑った。まったく展開がわからないが、私が来る前に何か話していたのだろう。
「そもそも七夕って何? AyaneGPTは知ってる?」
遊びの前に対象に関する知識を深めるのは、帰宅部の標準ムーブだ。私の質問に、絢音は無機質に頷いた。
「はい、知っています。七夕は中国が発祥の伝統的な祭りです。彦星と織姫が1年に1回、天の川で会う日とされています。七夕の夜になると、子供たちが短冊に願い事を書いて笹の葉に吊るします」
「どうして笹の葉なの?」
「短冊を笹の葉に吊るすのは、パンダが笹の葉を好きだからです。パンダは中国に生息する哺乳類の動物です。白と黒で構成されていることから、中国のシマウマとも呼ばれています」
どう考えても呼ばれていないが、AyaneGPTの精度はこんなものだし、どんな答えでも、あたかもそうであるように断定表現で答えるのが特徴だ。
由来もわかったところで、改めて願い事を考えることにする。
「涼夏と絢音ともっと仲良くなりたいとか?」
とりあえず思い付いたことを口にすると、涼夏に「それは努力で叶う」と却下された。驚いて眉を上げると、隣で絢音も思案げな顔をした。
「じゃあ、もっと成績が良くなりますようにとか、楽器が上手になりますようにとかもダメ?」
「ダメじゃないけど」
「やっぱり世界平和? もう人間の努力じゃどうしようもない」
絢音が静かに首を振ると、束ねた髪がふわふわと揺れた。首元が涼しそうだ。
「世界の多くの国で、人々が飢餓に苦しんでいる」
私がとてもツライと顔をしかめると、涼夏に「平和と飢餓は関係なかろう」と冷静に言われた。
「そう?」
「戦争のない世界を平和と定義しよう」
「平和ってなんだろう。AyaneGPTは知ってる?」
難しい話になったのでAI(アヤネ・インテリジェンス)に振ると、絢音は頷きもせずに答えた。
「はい、知っています。平和とは、紛争や暴力がなく、人々が尊敬し合い、安全に生活している状態です」
「世界平和もいいけど、もっと身近なのにしよう」
涼夏がさらっと却下して、絢音が難しいと首をひねった。
「努力じゃどうにもならない身近なこと」
「つまり、大金を拾う」
これだ。ようやく正解に辿り着いたと満足げに頷いたが、二人は呆れたように首を振るばかりだった。納得がいかない。
言い出しっぺは何か考えてきたか聞くと、涼夏は大きく頷いて微笑んだ。
「帰宅部の益々の繁栄」
「それ、私の仲良くなるのと同じレベルじゃん」
「じゃあ、楽しい企画を思い付きますように」
確かに、閃きは努力でなんとか出来るものではない。もっとも、例えばバラエティー番組のコーナーを考えている人たちが、いつも閃きに頼っているとは思えないから、何かしらそういう技術があるのだろう。
「私はお小遣いが増えますようにとかかなぁ。相手は人間だけど、交渉してもなんともならないから、神頼みに近いものがある」
絢音がさっきの蝉と同じくらい、無表情でそう言った。お小遣いが少ないばかりか、臨時で要求すると参加の方を諦めろと言われるから相談もできず、随分と厳しい環境に置かれている。私と涼夏の援助を受けてくれるのでまだいいが、少なからず活動を制限されているのは確かだ。
涼夏が同情する眼差しで肩をすくめた。
「大金を拾うより難しそうだ。相手が人の分、織姫と彦星の力が及ばなそう」
「織姫、もっと頑張って」
「機織ってるだけだしなぁ。知らんけど」
涼夏があっけらかんとそう言ったところで、朝の帰宅部ミーティングはお開きになった。
念のため、織姫が七夕以外の日は何をしているのか、本物のAIに聞いてみたが、天の川の彼方に住んでいるが何をしているのかは知らないと言われた。美しい織物を織ることが出来るとのことなので、きっと美しい織物を織っていることだろう。
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