第49話 沖縄 4

 元々そんなに目的のある旅ではないこともあり、ウミカジテラスではショップをはしごしてのんびり過ごした。海と飛行機を眺めながらオシャレなドリンクを飲むのは、沖縄の、しかもウミカジテラスでしか味わえない贅沢だろう。

 涼夏はノンアルコールカクテルに挑戦していたが、あれは綺麗なジュースという認識でいいのだろうか。一口もらったが、普通に甘いドリンクだった。

「何事も経験」

 自転車に戻りながら、涼夏が元気に笑う。さっき写真を撮るためにメイクを直したので、今はまた完璧に可愛い涼夏だ。もちろん、メイクをしていなくても涼夏は可愛いが、さすがにメイクが崩れている時は、本来の可愛さを発揮できない。

 まだチェックイン可能な時間より前だし、早くチェックインしても仕方がないので、さらに南に行ってみることにした。もちろんリュックは早々に手放したいが、歩き回らなければそこまで邪魔でもない。自転車のカゴは十分大きい。

 大きな橋を渡ると、あしびなーというアウトレットと、イーアスというショッピングセンター、そして豊崎海浜公園に美らSUNビーチという海水浴場があるとのことで、そこに行ってみることにしたのだが、この豊美城道路の橋がなかなかのアトラクションだった。

 歩道はあるのだが狭い上、とにかく高くて、電動自転車なので上ることこそ楽に出来たが、普通に怖かった。

「涼夏、怖い」

 泣きそうな声でそう言ったのは意外にも絢音だったが、私も内心ビクビクしていた。上の方は風も強く、すぐそこをトラックが走り抜けていく。

 眺めは良くて、涼夏が嬉々として写真を撮っていたが、怯えている私と絢音を見てやれやれと首を振った。

「そう言えば、あんまり高いところって経験ないよね。去年プール行った時の滑り台とか?」

「あれは平気だった。ここはなんだか守られてない感じがする」

 絢音が悲鳴を上げて、私も同意するように頷いた。特段、高いところが苦手ということはないが、ここはなんだか恐怖を覚える。

 全然平気な二人に前と後ろを守られながら橋を下り、生きてあしびなーに到着した。新しいペットボトルのジュースを買って中に入ると、思ったより人がいなかった。平日のせいか、それとも暑さのせいか。

「場所もありそうだよね。車がないと来るのが難しそう」

 奈都が日差しから逃げるように日陰に入って、興味深そうに周囲のショップを眺めた。ごく一般的なアウトレットである。食べる場所は少なめで、有名ブランドの店がズラリと並んでいた。

 そんなに沖縄っぽいラインナップではなかったし、ここでしか体験できない感じでもなかったので、一周して自転車に戻った。

「まあ、機動力があるから、こういう雑な寄り道もしやすいよね」

 涼夏が得意気に自転車のサドルをポンと叩いた。実際、レンタサイクルという案はとても良かったと思う。昼に借りたので夜まで乗っても千円。いちいちバスやモノレールで移動していたら、お金も時間もかかる。

「よく調べたね。私だったら、この選択肢に辿り着けなかった気がする」

「言い出しっぺだしね」

 当たり前だと涼夏が笑うが、私だったら発案だけして、具体的なプランは任せてしまいそうだ。

 豊美城道路をくぐって西の方に走ると、すぐに右手にイーアスの大きな建物が見えてきて、その向こうに海が広がっていた。

 地元の海水浴場とは明らかに異なる、澄んだエメラルドブルーの海に、白い砂浜。ブイで囲われているエリアは少し狭く感じるが、もしかしたら急激に深くなるのかもしれない。先程までいた瀬長島とほとんど同じ位置なので、ここでもやはり那覇空港に降り立つ飛行機が、すぐ頭上を飛んでいく。

「ちょっと面倒くさいけど、泳ぐ?」

 涼夏がそう言いながら、意見を求めるように私たちを見た。確かに、リュックは邪魔だし、泳ぐ心づもりで来ていない。ただ、もちろん水着もタオルも入っているし、美らSUNビーチには更衣室もロッカーもある。

「せっかくだし、いいんじゃない? 私は沖縄の海で泳いでみたいけど」

 絢音が笑顔でそう言って、隣で奈都もコクコクと無言で首を縦に振った。涼夏が満足げに頷く。

「じゃあ、泳ごう。写真も撮ろう」

「そうだね。水着の千紗都の写真を撮ろう」

「うん。壁紙にする」

 和気藹々と喋りながら、駐車場の隅に自転車を駐めて管理棟に向かった。リュックから水着を引っ張り出して、汗でベタベタの服を脱ぐ。解放感に満たされたが、また後でこの服を着なくてはいけないのは心が折れる。

 日焼け止めの容器を全力で振りながらそう呟くと、涼夏が「水着のままホテルに行く?」といたずらな瞳で言った。涼しくて気持ち良さそうだが、そこまで開放的な場所ではないので遠慮しておこう。

 しっかりと日焼け対策をして太陽の下に出ると、海風が心地良かった。ビーチには日差しを遮るものがないので、ノリと勢いで海に飛び込む。一瞬冷たかったが、すぐに慣れた。

「ついに沖縄の海に入った。今回の旅行は達成された!」

 涼夏が水面をバシャバシャしながら、勝ち誇ったように宣言した。奈都が「始まったばかりだから」と呆れ顔で突っ込んで、いきなり私に水をかけてきた。絶交しよう。

 遊び道具もないので、しばらくじゃれ合ってから砂浜に戻り、管理棟の近くの木の下に退避した。

「暑いね」

 汗が滴り落ちる。水着なのでどれだけ汗をかいても構わないが、熱中症には気を付けなくてはいけない。あしびなーで買ったスポーツドリンクをゴクゴク飲みながら、波打ち際に目を向けた。

 遊んでいるのは三十人くらいだろうか。家族連れや子供が多い。地元の人たちだろう。後ろの方はBBQスペースになっていて、若者たちが騒いでいる。カフェでくつろいでいる人もいるし、全体としては五十人とか百人とかいるかもしれない。

「海って、何かアイテムがないと遊ぶのが難しい感じがする」

 ふと涼夏がそんなことを言い出した。つまりビーチボールとか浮き輪とか、百均にあるような遊び道具のことだろう。さっきあしびなーの近くに百均があったから買って来ればよかったが、あの時点では海に入るつもりはなかった。

 ビーチボールをレンタルしてもいいが、お金はジュース代くらいしかなく、残りはロッカーの中だ。

「私は風を感じてるだけで満足だけど」

 奈都がうっとりと目を細めてそう言ったので、私は笑顔で口を開いた。

「風属性だから?」

「懐かしいネタを使わない」

「時間が経っても属性は変わらないでしょ?」

「恥ずかしいからやめて」

 奈都が両手で顔を覆う。涼夏には話していなかったので、涼夏は火属性だと伝えると、「暑いの苦手だけど」と首を傾げていた。

 結局一時間ほど、風を感じたり海に入ったりしてからロッカーに戻った。汗で乾いているところがないような服を着て、再び自転車に跨る。シャワーは有料だったので浴びていない。真っ直ぐホテルに向かうつもりなので、チェックインしてからでいいだろう。

 絢音のために別ルートで帰るプランも考えたが、どう考えても他に道はなかった。むしろ、だからこそこの豊見城道路は造られたのだ。

「私、頑張る」

 絢音が語彙力を失ったようにそう言って、三人で顔を見合わせて笑った。私も怖い側の人間なので、一緒に頑張れたらと思う。

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