第48話 応援(1)

 ユナ高は部活動が盛んな学校である。文化部、運動部ともに活況だし、男女ともに何かしらの部活に所属している人が多い。

 去年など、クラスの女子で、帰宅部は私と涼夏と絢音の3人しかいなかった。私たちもかなり精力的に帰宅部の活動をしていたが、また奈都に白い目で見られるからやめておこう。

 盛んということは、強いということでもある。奈都のバトン部や、一部の文化部は大した実績を残していないが、運動部は強豪揃いである。特に野球部は甲子園常連だし、有名なプロ野球選手を何人も輩出している。

 吹奏楽部も同じように強豪で、コンクールではいつも金賞。マーチングでも全国常連らしい。

 そういうわけで、野球部の試合の応援はなかなかすごいものがあり、ユナ高と言えばこの曲という定番曲もあるそうだ。

 今年の夏も既に地区予選が始まっており、夏休み前から熱戦が繰り広げられている。詳しい仕組みは知らないが、県大会はいくつかのブロックに分かれていて、ユナ高はその内の一つのシード校らしい。全然興味がないが、頑張ってくれたらと思う。

 いささか冷めた感想かもしれないが、夏は野球部に限らず色々な部活がインターハイやコンクールに出場して、好成績を収めている。友達もいない部活にまで興味を持つには、ユナ高は強い部活が多すぎる。

 そんなふうに、今年もまたニュースやホームページで結果を眺める程度に考えていたら、奈都がこんなことを言い出した。

「チサ、今度の日曜日も暇でしょ? 野球部の応援に来ない?」

「もって何? もって」

「いつも暇してるじゃん。今、そこは本題じゃないから!」

 奈都が若干面倒くさそうにそう言った。この子はものすごく短い文章で喧嘩を売る達人だ。

 何にしろ、奈都の言う通りそこは本題ではない。今の言い方だと、奈都は野球部の応援に行くようだ。

 そう言えば、今年は暇しているバトン部が応援の応援を頼まれたようなことを言っていた。例年、チア部が引き受けていたが、チア部はチア部で大会がある。甲子園はともかく、予選からフル参戦は、時間的にも日程的にも厳しい。

 もちろんそれは吹奏楽部も同じだが、吹奏楽部は層が厚い。コンクールに参加しないメンバーだけでも、コンクールに参加するメンバーの2倍も3倍も人数がいる。

 チア部もバトン部同様、創設から日が浅く、特に応援の花形というわけでもないので、野球部と吹奏楽部、チア部とバトン部の4者で話し合いが行われた結果、今年はバトン部がその役を担うことになった。もちろん、応援に行きたいというチア部のメンバーが自主的に参加するのはOKだし、バトン部も全員が強制というわけではない。

 ただ、部活に青春を燃やしている奈都はノリノリで頑張ると言っていた。まあせいぜい頑張ってくれたまえと思っていたが、それがこんな形で自分のところに来るとは思わなかった。

「いや、暑いし。野球、興味ないし」

 冷静に手を振ると、奈都は可愛らしく小首を傾げて続けた。

「チサ、私のことは好きだよね?」

「そうだね」

「じゃあ、私の応援に来て」

 これはなかなか断りにくい話の運び方だ。奈都もこんなテクニックを使うようになってしまったかと嘆いていると、一方的に場所と時間を告げられた。午前の第一試合で、朝も早い。

 ちなみに、その日曜日は絢音は塾の模試があって、涼夏と二人で遊ぶ予定になっている。どう考えても涼夏が行きたがるとは思えないが、その時は予定通り涼夏と遊ぶか、奈都の応援に行くかを決めなくてはいけない。

 基本的には先約を優先したいが、それに関しては昔奈都と喧嘩したので言いにくい。特にやることが決まっていない先約より、愛友の晴れ舞台を優先するのは当然だと言われたら、断る理由を探すのが難しい。

「まあ、ちょっと涼夏に相談してみる」

 私が達観した顔でそう告げると、奈都は「別に一人でもいいよ」と手をひらひらさせた。一人で野球観戦は、女子高生のムーブとしてはいささか寂しい。

「先に涼夏と遊ぶ約束してるの」

「じゃあ、頑張って説得して」

 まるで他人事のような口調である。しかも、行くことは決定らしい。

 言い方はともかく、どちらの約束も果たすにはそれしかないだろう。私自身の気持ちとしては、どちらかと言えば行きたくないが、まったく興味がないかと言われたらそうでもない。たぶん、野球観戦が嫌なのではなく、暑いのが嫌なのだ。いっそ曇ってくれたらいい。選手もバトン部も、みんなその方が嬉しいだろう。

 早速その日の内に、涼夏に奈都の誘いを伝えると、「それは愚かな選択だ」と秒で否定された。暑いのが無理な涼夏なので、極めて順当な反応である。

 どうしたものかと、しばらくスマホを握ったまま黙り込むと、急に涼夏が厳かな口調で言った。

『だが、時には愚かになるのも悪くない。愚かを知らずして愚かは語れない』

「急にどうしたの?」

 今、何か心変わりが生じるような展開だっただろうか。私の沈黙を怒りや失望に解釈したのなら否定したいが、蛇足だろうか。

 こういう時、対面なら表情も見えるが、通話だとお互いに気持ちがわかりにくい。

『別に。知ってる同級生もいるし、ナッちゃんのチアコスも見たいし、高校生の内に高校野球を観るっていうのも、実績解除感あるじゃん?』

「涼夏が心からそう思ってくれるなら行こうか。私はあんまり行きたくないけど」

『私を誘ったのはキミだ』

 呆れたように涼夏が息を吐いた。気が乗らないことに友達を巻き込んでイベント感を出すのは、JKの常套手段だろう。涼夏もそれはわかっているはずだ。

 こうして、日曜日は初の野球観戦になった。奈都には「じゃあ、現地で!」と軽いタッチで言われ、絢音からは「私も行きたかった」とメッセージが届いた。

 試合には恐らく勝つだろう。絢音の好奇心を満たすために、次の試合も観に行くようなことにならなければいいが、それは私と涼夏次第かもしれない。

 どうせ行くのなら、いっそ楽しければと思う。ルールもよく知らないが。

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