第45話 お金(3)
古沼で絢音と別れると、いつも通り恵坂に移動して、涼しい店に腰を落ち着けた。
涼夏がレモネードのストローをくわえながら言った。
「絢音も大変だなぁ。なんにも話してないのは笑った」
「あの調子だと、絢音のお母さんは、私と涼夏の存在すら知らない可能性もあるね」
私も積極的に学校の話をする方ではないが、奈都の他に絢音と涼夏という親友がいて、毎日遊んでいるくらいの話はしている。旅行に行く時も包み隠さず話しているし、むしろそれでお小遣いをせびっている。
その点に関しては、野阪家は甘い。ただ、それは私が中学時代にぼっちだったからで、両親もそのことを心配していた。
だから今、私に友達がいることを喜んでくれているし、お金のことで友達と遊べないということがないよう、特別な時は配慮してくれている。西畑家とは正反対の対応だ。
「涼夏も家で私や絢音の話はするの?」
なんとなく、涼夏が家で家族と喋っているイメージがない。というより、涼夏に関しては、家族の存在が希薄だ。良くも悪くも濃密な西畑家と違って、猪谷家は淡白である。
「まあ、母上はあんまり聞いてこないけど、妹は千紗都のことも絢音のことも知ってるから、色々聞いてくるね。それで話す感じ?」
涼夏が氷をぼりぼり頬張りながら言った。淡々と、何の感情も籠もらない声だ。
ごく普通のことなのだろう。実際、ごく普通のことなのだが、涼夏の場合、家族で食卓を囲んでいることすら意外に感じる。そう言うと、涼夏が呆れたように肩をすくめた。
「私がご飯を作ることは多いけど、普通にいつも3人分作ってるぞ?」
「そうなると、時々一人でコンビニ弁当を食べてる私が、むしろ一番変?」
「一番かはわからんし、変とは言わないけど、千紗都が自分で思ってるより、私も絢音も野阪家が普通だとは思ってない」
実際、父親の帰りはいつも遅いし、母親も最近遅い日が多い。そういう時、私はお釣りがもらえる千円ルールで夕ご飯を調達する。
もうすっかり慣れたし、お金がもらえて嬉しいし、両親が残業して頑張ってくれるおかげで、お小遣いも多くもらえているので、特に不満はない。ただ、確かに自分で思うより普通ではないかもしれない。
「絢音、家を出たがってたなぁ。私としては、帰宅部ルームシェア計画の現実性が増すのは嬉しいけど」
話を変えるようにそう言って、涼夏が背もたれに浅くもたれかかった。
「涼夏も家を出たいんだよね?」
「絢音とは理由が違うな。私はなんとなくだ。家族と住むのが嫌なわけじゃない。まあ、妹はちょっと面倒くさいけど」
「そういう意味では、私は涼夏と絢音と一緒にいたいだけで、家を出たいわけじゃない」
「わかってる。この際だから言うと、私は千紗都のその気持ちは疑ってないけど、ルームシェアが実現するかは半信半疑だ」
涼夏の言葉に、私は驚いて眉を上げた。涼夏は「気持ちは疑ってない」と繰り返してから、再びストローをくわえた。
「千紗都んとこは過保護だから、千紗都が思ってるほど簡単に家を出れるか疑問だ。絢音は戦争してでも出てきそうなのが伝わってきたから、まあ勘当されたら私が拾う。私としても、ああいうしっかりした子がいてくれると助かるし」
「二人の絆を感じる。嫉妬で胸が苦しい」
「目的が共通してるしね。私も別に一人暮らしがしたいわけじゃないし、お金も割りたい。千紗都がいてもいなくても、私と絢音は家を出るけど、千紗都にいて欲しいのは確かだ」
涼夏がやはり感情の籠もらない声で言った。
こういう時の涼夏は少しだけ怖い。冷たいわけでもなければ、ドライなわけでもなく、単に大人なのだろう。大人を相手に話している時に感じる怖さだ。知識も経験も足りず、自分はまだまだ子供なのだと自覚させられる、そういう怖さ。
絢音も涼夏も、去年より確実に大人になっている。いつまでも子供じみた自分を恥ずかしく感じるが、そんな自虐さえ口にするのがみっともなく思える。
思わず視線を逸らせて自分のグラスに目をやると、涼夏がやれやれと首を振った。
「なんとなく考えてることはわかるけど、私は千紗都の骨も拾うつもりだし、なんなら結構頼りにもしてるぞ?」
「買い被りだよ」
「そっちの過小評価だと思うけど、まあ千紗都の自信の無さは今に始まったことじゃないし、その原因もわかってるから、温かく愛でるよ」
「そうしてもらえると助かる」
たぶん私は自分に自信が持てない。
抱えているものの大小はわからないが、何かを抱えていることそれ自体で二人と少しでも対等になれるのなら、それはそれで良かった気もする。
あの暗黒の中学時代を肯定したくはないが、特別な価値を見出さないとやってられないのも確かだ。
顔を上げると、涼夏が勝ち誇ったように微笑んでいた。何かわからないが、いざとならなくても骨を拾ってもらえたら嬉しい。
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