第44話 SNS(2)

 その日は帰りに勉強したこともあって、夜は軽く予習するにとどめた。せっかくなので、いつもとは違う趣向の動画を上げてみようと、一人で出来るトランプゲームを調べてやってみることにした。

 色々出て来たが、結局ソリティアが一番面白そうだったので、一人でカードを並べてやってみる。多くの一人用のトランプゲームがそうであるように、これもクリアするには運要素の強いゲームだが、それなりに面白い。暇潰しには丁度良さそうだが、こういう遊びで暇を潰すようになったらおしまいという気もする。

 ゲームオーバーになるまで続けてから、いつものように動画を編集する。編集といっても、ムービー自体は前後を切って、すでにあるオープニングをくっつけるだけだ。

 それにフリーのBGMを乗せて、いつものようにワードジェネレーターでトピックを決める。今日は「研究所」になった。また難しいお題だ。

 何かのゲームについて書こうとも思ったが、ゲームをしながらゲームについて語るのは面白くない。今まで勉強風景しかアップしていなかったのに、まるで使うムービーを間違えたかのようにトランプをしているのが狙いだ。面白いかはともかくとして。

 しばらく考えた末、結局少し前に調べた色についての研究発表をすることにした。肌に合う服の色とか、メイクの色とか、髪の色とか、季節の色とか、そういう話だが、だらだらと書き綴りながら、強い既視感を覚えた。

「なんか、前も同じようなこと書いた気がする」

 別の動画で似合う服の話をしたが、そこでも色の話をした。話題の引き出しが少ないから、どんなお題を出されてもそれに結び付けてしまう。結論ありきではジェネレーターを使っている意味がないが、今日は面倒くさいのでこのままいこう。

 動画が完成すると、誤字はないかをチェックした。ついでに、何かの拍子に顔や個人情報が映り込んでいないかを調べる。いつもこれが地味に大変だ。今日は等倍速の短い動画なのでいいが、いつもは2倍速や3倍速で作っている上、見ていて退屈な動画なのでチェックが苦痛で仕方ない。

 ただ、前に一度、無意識に身を乗り出した時に顔が映ってしまい、アップする前にそれに気が付いてヒヤヒヤしたので、この工程は割愛できない。最近はもう面倒くさいので、30分の勉強風景を3倍速にするのではなく、最初から等倍速で10分だけ切り取って動画にしている。

 コメント欄を閉じているので20人の反応はわからないが、リア友には「自然な感じがする」と好評だ。何かを作っている動画でもないし、長く映したところで、最初と最後でどうせ内容は変わらない。

 無事にソリティアの動画をアップし終えると、二度ほど動画を見返した。こういう変わったことをした時は、反応が欲しい気がしないでもない。

 しばらくすると、涼夏から「動画見た。何故ソリティア」と、カメが笑っているスタンプとともに送られてきた。また新しいスタンプを買ったようだ。

 せっかくなので通話して、涼夏にも反応について聞いてみた。

「涼夏は動画のコメント受け付けてるけど、来たことある?」

 涼夏のチャンネル『JK小雨のクッキングスタジオ』には、今のところ5本の動画がアップされている。ほとんど市販品を使ったミートソースパスタの後は、ほうれん草のおひたし、切り身を焼いただけの焼き魚、サラダチキン、そして市販品を焼いただけの焼餃子というラインナップで、2本目以降はどれも2分弱の動画である。

 言ったら悪いが、料理チャンネルとしての価値はなく、制服も着ていなければトークもないので、JKらしさもない。結局私のチャンネルと同じ、内輪ウケの内容だが、意外にも涼夏は「5件くらいかな?」と何でもないように言った。

「5件も? それは友達から?」

 最初の勝負の後は、涼夏も一部の友達にチャンネルのことを教えている。私だけが帰宅部メンバーにしか言っていないが、コメントも出来ないのに、トータルでは私が一番再生数が多い。単に動画の数の問題だろう。

 驚く私に、涼夏が考えるように小さく唸った。

『どうだろう。『美味しそうですね』とか、『料理頑張ってください』とか、そんなだよ? リア友かは不明』

「小雨ちゃん、すごいね」

『風乃さんも、コメント開いたら来るんじゃない? 『パジャマ可愛いですね』とか』

「なんだろう。作ったが料理が美味しそうなのと、着てるパジャマが可愛いのは、全然感想の質が違う」

『VLOGなら、身なりを褒められるのは嬉しいことじゃないの?』

「それはそうか。でも、何のこだわりもないパジャマだしなぁ。そもそも私が選んで買ったわけでもないし」

 考えてみると、顔が見えなければいいやと思って気にしていなかったが、いつも特に可愛くもない普段着で撮影している。もう少しカメラを意識した格好をした方がいいかと相談すると、涼夏はどちらでもと笑った。

『私は中の人を知ってるから何でも楽しめるけど、あれを見てる千紗都を知らない人が、何を楽しんでるのかさっぱりわからん』

「奈都と絢音はおっぱいだって言ってた」

『今時、もっと直接的な動画がいっぱいあるから、あれに胸を求めるのは非効率でしょ。二人とも、中の人を知ってるからそう思うだけ』

 涼夏が当たり前のようにそう言って、私は驚くと同時に安心した。二人とも冗談で言っているだけとはわかっていながらも、本当に胸ばかり見られているとしたら、それは私の求めている反応ではない。

 ではどういう反応を求めているかと言われると、自分でもよくわからない。帰宅部活動の一環としてやっているだけなので、愛友3人が何かしら反応してくれればそれで満足という気もするが、それにしては3人の目を意識して作っているわけでもない。

 今のところ、暇潰しと惰性というのが正解だろう。何かを作るという行為自体は面白いので、完成して公開した時点で、私の目的は達成されているとも言える。

 私がそう言うと、涼夏が「プラモデルを作って、写真1枚撮ってすぐに捨ててしまう人みたいだ」と、よくわからない喩えをした。

 私の自己満足ソリティア動画は、過去最高の初速を記録したが、その後はいつも通り、広大なネットの底の方に沈んでいった。

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