番外編 パックマン(2)

※(1)からそのまま繋がっています。


  *  *  *


 絢音がアカベイをやりたいと言い出したので、元気な奈都はぐるぐる回り続ける役になった。涼夏はよりアオスケらしい動きを目指すと言って、改めてWikipediaの記事と睨めっこした。

「要するに、私、千紗都、絢音がこの順番に直線上になるように動けばいいんだな」

 何やら難しそうだが頑張ってもらおう。

 ちなみに、誰かパックマンをやらないかと提案してみたが、却下された。私を捕まえるのが楽しいらしい。新手のいじめだろうか。

 だいぶルールは洗練されてきた。果たして勝てるだろうか。すでに十分疲れているが、新しいアカベイは余力を残している。

「まあ、なるべくトレースして、ゆっくり追いかけるよ」

 絢音がポンと叩いた背中に、水っぽい感触がした。もうシャツは汗でベタベタだ。シャワーを浴びてアイスクリームでも食べたい。

 再びペットボトルを並べて走り始める。奈都はなかなかのペースで走っているので、涼夏より強敵だ。そもそも涼夏がアオスケを継続した今、奈都は一体何の動きをしているのだろう。

 絢音がゆっくり追いかけてきて、涼夏が私を挟んで絢音と反対の位置になる方向にたらたらと走る。完全に体育の授業でサボっている生徒のムーブだ。

 まずはペットボトルを1つ倒すと、絢音との距離を取った。絢音から直線上に離れると涼夏に近付くことになるので、なるべく涼夏と絢音の直線上から逸れるよう動く。こうすると、涼夏は少なくとも私以上には動かなくてはならない。

 もっとも、涼夏はそんな厳密な動きはしていないし、もはや歩き始めている。

 ぜぇぜぇ言いながら4つまで倒すと、完全に動きを止めた涼夏が、「アヤベイ頑張れー。ナツスケ頑張れー」と気の抜けた応援をしていた。言い出しっぺが随分怠慢だ。

 奈都も疲れてきたのか、回る輪が狭くなっている。奈都の後ろを走りながら5つ目を倒したところで、にこにこしながら迫ってきた絢音に捕まった。ホラーだ。

「もう限界」

 広げたシートに座り込んで肩で息をしていると、ジュースを回収した涼夏がやって来た。

「汗だくの千紗都可愛いな」

「舐めたいうなじ」

 絢音がわけのわからないことを言いながら顔を近付けてくる。放っておいたらどうなるだろうと、黙って見ていたら、本当に汗まみれのうなじを舐められた。頭がおかしい。

 奈都が「いいなぁ」と言いながら近くに座って、ストレッチをするように足を伸ばした。

「だいぶ走ったから、少しは痩せないかなぁ」

 久しぶりに授業以外で運動らしい運動をした。もっとも、時間にしたら大した時間ではない。

「ルール、もうちょっと洗練させる? やっぱり、パワーエサが要る?」

 涼夏が明るい瞳でそう言った。もしかして、まだ続けるつもりなのだろうか。奈都は平気そうだし、絢音も「今日は運動を楽しむ日にした」と頷いた。何やらモードを切り替えようだ。

「って言うか、涼夏、全然走ってなかったじゃん」

 私がずるいと指摘すると、涼夏は涼しい顔で笑った。

「温存してた」

「私もモンスターやってみたいけど」

「パワーエサを導入したら、捕まえる楽しみも得られるよ」

 私の希望は秒で却下される。

 パワーエサは、本家では一定時間モンスターが青くなって、パックマンが捕まえると点数が入る。一定時間は口でカウントすればいいとして、捕まえるメリットはあるだろうか。点数制はすでに崩壊している。

「じゃあ、一定時間動きを止める?」

 奈都がそう提案したが、それはそれで私が有利すぎる気がする。あるいは3秒くらいなら丁度いいだろうか。

 どうせなら逃げるモンスターを追いかけたいと主張すると、一定時間中に捕まえたら、捕まったモンスターは荷物を置いたところまでダッシュで往復することになった。

 一定時間は5秒。逃げる時は歩く。集めるアイテムは6つのままだが、少し間隔は広くした。

 アカベイが一番私に捕まる可能性が高いという理由で、再び一番元気な奈都がやることになった。ペットボトルを倒すたびに誘き寄せて捕まえてやろう。パックマンはそういうゲームのはずだ。

 ゲーム開始から、真っ直ぐ一番手薄なペットボトルに向かう。そこで奈都を待ち受けると、奈都が無念そうに首を振りながら近付いてきた。

「なんだろう、この死ぬとわかっていて戦地に赴く感じ」

「パックマンの基本戦術だから」

 十分近付いたところでペットボトルを倒す。ちなみに、中身はもう空だ。この一戦が終わったら、新しいのを買いに行こう。アイスも食べたい。

 ゆっくり5つカウントしながら奈都にタッチして、近くにいた涼夏を追いかけた。ギリギリでタッチすると、涼夏がうへぇと変な声を上げた。

「往復しんどい」

「ちゃんと走ってね?」

 涼夏の背中を押しながら、なるべく陣地から遠いボトルを目指す。再び奈都が近付いてきたので、同じように待ち構えた。

「絢音もおいで」

 今回はアオスケ役をやっている絢音を手招きする。私を挟んで奈都と直線上になる動きをするので、基本的には私を挟み撃ちにする形になる。

 達観した顔で近付いてくる二人を十分引き付けてから、同じようにペットボトルを倒す。二人が反対方向に逃げ始めたので、まずは奈都を追いかけた。奈都が逃げながら悲鳴を上げた。

「なんで私なの!? アヤの番でしょ?」

「奈都の方が点が高そう」

「そんなのないし!」

 2秒で奈都を捕まえて、全力で絢音を追いかける。

「さーん……しぃー……」

「数え方遅くない?」

 絢音が遺憾だと非難の声を上げたが、気にせず捕まえた。往復するモンスターも大変だが、いちいち全力疾走している私も大概しんどい。

「えらい。もうダメだ」

 こっちももう脚が残っていない。顔を上げると涼夏はまた歩いているし、奈都も肩で息をしている。過酷な遊びだ。

 どうにかもう一度奈都に嫌がらせして、ついでに涼夏も捕まえたが、残りのパワーエサは本陣の近くで、すぐに戻ってきた奈都に捕まってしまった。

「あー、もう少しやり返したかった」

 シートに座ってタオルで汗を拭く。シャツの中にも突っ込んで腋や背中を拭いてからタオルを置くと、隣にやって来た涼夏が「いい運動になった」と笑いながら、私のタオルを手に取った。そしてそれを顔に押し当てて、全力で嗅ぎ始める。

 私が思わず目を丸くすると、奈都が「いいなぁ」と拗ねたように言った。

「この世界には頭のおかしい人しかいない」

 私が冷静にそう指摘すると、絢音が水筒を傾けながら笑った。

「自分以外が全員変に見えたら、どっちが変なのかを考えた方がいいね」

「いや、いきなり首を舐めたり、タオルを嗅ぎ始めるのは、普通じゃないでしょ!」

「千紗都が、思ったより小さな常識の中で生きてることに失望したよ」

 絢音がそう言いながら、2本の指で私の首筋を流れ落ちる汗をすくった。それをそのまま奈都の口に近付ける。

 奈都が顔を赤くしながら絢音の指を口に含んで、恍惚とした表情で微笑んだ。どう考えてもこいつらは普通ではない。

 涼夏がストレッチをしながら言った。

「さっきのはパックマンとして正しい在り方だった。試行錯誤を経て、私たちのパックマンゲームは完成した」

「試行錯誤はいいけど、最初の鬼ごっこは本当に無駄だった」

 半眼で指摘する。

 実際、まだ元気な内に今のルールでやっていたら、勝っていたか、負けたとしてもみんな同じくらいの疲労具合になっただろう。

 もっとも、モンスターは速度制限があったせいか、奈都も絢音ももう一戦くらい出来そうな顔をしている。

 何にしろ、こうしてまた一つの遊びが完成した。涼夏からこういう体を動かす遊びが提案されたことも喜ばしい。

 上から目線でそう告げると、涼夏は日焼け止めを塗り直しながら「いい季節だしね」と笑った。後はもう少し真面目にやってくれたらと思うが、今は提案したこと自体を前進だと受け止めよう。

 飲み物が尽きたので、一旦撤収して近くのコンビニに行く。念願のアイスタイムだ。

 日は高く、夏のように暑くなってきた。疲れはしたが、全身汗だくでカラオケとかしたい気分ではない。

「公園に戻って、次はパックマン交替かな」

 私が明るくそう言うと、涼夏が静かに首を振った。

「あのゲームはもう満足した」

「今日はダイエットデーに設定したから、力尽きるまで運動する」

「アイス食べながら言う台詞?」

 奈都が呆れたように肩をすくめると、涼夏が「もう力尽きた」と無念そうに首を振った。みんなまだまだ元気そうだ。

 たまには運動も気持ちいい。元々私は、体を動かすのが嫌いではない。

 最近また運動不足だし、これを機にもう少し帰宅部活動にも運動を取り入れられたらと思う。

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