第35話 デート(1)

 時々春めいた風の吹く季節になってきた。三寒四温というヤツだ。

 朝から穏やかな気候で、上着が少し暑い。

「春になったら何しようね」

 よりエレガントな帰宅を求めてそう言うと、奈都が驚いた顔をして首を振った。

「チサ、それはフラグだよ。『春になったら』と『この戦いが終わったら』は、ならない合図なの」

「奈都はフラグが立ちがちな子だね」

「そんなこと初めて言われた」

 私も初めて言った。他にはどんなフラグがあるだろう。「テストが終わったら遊びに行こう」とかもフラグだろうか。

 テストが終わらない世界についてぼんやり考えていたら、奈都が私の顔を覗き込みながら言った。

「今度の休み、水族館行こうか」

「水族館? 何かあるの?」

「魚がいる」

 そんなことは聞いていない。突然の水族館だったので、何か特別なイベントでもあるのかと思ったが、どうやらそういうことではないようだ。単に行きたくなったのだろう。

「それは別にいいし、血湧き肉躍るけど、奈都がそんなこと言い出すなんて珍しいね」

 前向きにそう返事すると、奈都は釈然としない顔をしてから、自分を納得させるように頷いた。

「私も、遊びを考えなくちゃって思って」

「それはいい心がけだね。涼夏と絢音にも予定を聞いてみるね」

 何でもないようにそう言うと、奈都は一瞬言葉に詰まるように息を呑んでから、「そうだね」と目を合わさずに言った。

 どうやら意味を取り違えたようだ。遊びを考えたと言うから、てっきり帰宅部の活動として考えてくれたのかと思ったが、私と二人で行くつもりだったらしい。

 もちろん、その前振りがなくても、私は涼夏と絢音のことを考えただろうし、涼夏や絢音に言われたのなら奈都のことを考える。常にグループ行動を意識しているが、クラスも部活も違う奈都がそうではないのもわかる。

「二人で行こうか」

 なるべく穏やかにそう提案したが、奈都は大袈裟に頭を抱えて重たい息を吐いた。

「私はダメなヤツだ」

「知ってる」

「……」

「違う。そんなことないよ!」

 何でそんなこと言うのかと、驚いたように手を広げたが、奈都は白けた表情で私を見つめてからため息をついた。

「涼夏もアヤも、いつだって私を誘ってくれるのに、私はついチサと二人きりになりたいって考えちゃう」

 それはずっと前からそうだ。夏に海に行った時にも、奈都は私を独占したいと言っていた。

 ただ、涼夏も絢音もまったくそんなことを考えていないし、土日の遊びには積極的に奈都も誘っている。私自身も、奈都も含めて4人で仲良くを望んでいるが、奈都の気持ち自体は嬉しく思う。

「まあ、マジレスすると、二人と知り合った時、私にはすでに奈都がいたけど、奈都は私と二人きりの時間が長かったから、そう考えるのは自然なことだと思う。みんなも私も理解してるし、気にしてないよ」

 励ますようにポンと肩を叩くと、奈都は顔を覆いながら小さく頷いた。

 実際、涼夏と絢音に、奈都と水族館に行く話をしたら、まるで気にした様子もなく、「楽しんできてねー」と笑っていた。それがまた奈都の罪悪感を刺激したようで、「二人とも天使だ。私たちとは人間のレベルが違う」と無念そうに肩を落とした。

 そんな情けないところも可愛いが、サラッと私もダメなグループに巻き込むのはやめていただきたい。

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