第34話 動画(4)
涼夏の動画は、平日の学校帰りに涼夏の家で撮ることにした。元よりお料理動画なので台所が要る。もちろん、私の家でもいいのだが、二本目以降を考えたら、どう考えても自分の家の方がいいだろう。
涼夏も絢音と同じで、家族には見られたくないと言うので、土日はやめておいた。平日なら母親の帰りは遅いし、妹も部活があってしばらく帰って来ない。もっとも、地元の中学なので、部活が終わり次第すぐに帰ってくる。あるいは、どこかでくだを巻いて遅くなるのだろうか。
クリスマス前に彼氏と別れたと聞いたが、それからまた新しい彼氏はできたのだろうか。マンションに入る直前に聞いてみると、涼夏は興味無さそうに言った。
「知らんねぇ。そういう話は聞かないけど、雰囲気から察するといないね」
「冬だしね」
「それ、関係ある?」
エレベーターに乗りながら、涼夏があははと笑った。大真面目に言ったが、冗談と取られたようだ。冬は活力が低下するので、パワーの要る恋愛もお休みになるのではないか。そう言ったら、「冬は寒くて暗いから、余計に人恋しくなるんじゃない? 知らんけど」と返ってきた。それもまたもっともだ。
部屋に入って荷物を置くとすぐに、涼夏は雑な服に着替えてエプロンをつけた。チャンネル名はすでに決めていて、『JK小雨のクッキングスタジオ』にするらしい。小雨とは涼夏がSNSで使っている名前で、Cool Summerの頭文字から取ったらしい。
「制服も着替えちゃったし、JKかわからなくない?」
笑いながら指摘すると、涼夏は可愛らしく鍋を掲げて微笑んだ。
「私は映る気はないし、喋る気もないし、万が一袖の端から学校が特定されるようなリスクも冒さない」
「手は?」
「手だけでJKかどうか想像してください」
なるほど、コンセプトはわかった。
初回はパスタを作るらしい。麺を茹でるだけの上、パスタソースは市販品だ。絢音の動画と比べて、いくらなんでも手抜きではないかと指摘すると、料理のクオリティーと動画のクオリティーは別だという、謎理論を展開された。
「JKって、DJっぽい響きがあるよね。JK小雨って、曲とかかけそうじゃない?」
「どうかなぁ」
「今回は曲ではなく、ソースをかけます」
「そのくだらないトークを動画に入れたら?」
撮影は小さな三脚でカメラを固定して、キッチンと涼夏の手だけが映るように調整した。絢音の演奏と違って一発勝負と考えると、ただ麺を茹でるだけでも緊張する。もちろん、百戦錬磨の涼夏は飄々としている。
「まずはお皿を用意します。お気に入りのお皿に盛り付けると、料理も美味しくなるね」
楽しそうにそう言いながらお皿を並べる。絶対に音声も入れた方が面白そうだが、動画では穏やかなフリーの音源を流すそうだ。喋っているのは、後から文字を入れる時のネタだという。
「パスタを茹でる時は塩を入れます。市販のソースは今回はミートソースを使いますが、お好みで色々なソースを試してください」
「そりゃそうでしょ」
「大真面目にテロップ入れるから。麺を茹でる間に、パスタソースをお湯にかけましょう。麺と同じ鍋でやるのはやめましょう」
涼夏が手際よくパスタソースを温める。私なら同時に二つのことができるか怪しいし、なんなら電子レンジにかけてしまいそうだ。こういうところからも、動画の主は料理に慣れていると感じてもらえるか、それともくだらないと一笑に付されるか。
絢音も涼夏も私の大事な友達なので、辛辣なコメントが付かないと嬉しい。なんなら、コメントを閉じてアップロードしてもいいかもしれない。少なくとも私はそうしよう。まだ何を撮るかまったく決めていないけれど。
パスタは首尾よく完成し、見栄えがするように何枚か写真を撮ってから、涼夏と二人で食べた。
「パスタはこの後、スタッフが美味しくいただきました」
「美味しいね」
「私の麺の茹で方が神ってる」
パスタがなくなり、動画について語っていたら妹が帰って来た。一応部屋から顔を出して挨拶だけすると、再びタブレットを覗き込んだ。
音源は事前に涼夏が見つけてきたものを使い、動画はさすがに短く編集する。オープニングはつけたいとのことだが、アイデアだけもらって私が作ることになった。涼夏はパソコンもタブレットも持っていないし、母親は持っているが、絢音の家のような家族共用ではないそうだ。
「スマホで困ったことがないからね。まさか、私が動画を作る日が来るとは思わなかった」
「世の中、わからないね」
「発案者は千紗都だから」
そう言えばそうだったかもしれない。まだ何も考えていないが、まあなんとかなるだろう。
夜まで遊んでいると、塾が終わったのか、絢音から「パスタ美味しそう」とメールが返ってきた。作ったものがパスタという時点で、聡明な絢音なら大体どんな動画になるか見当もついただろう。
一応、二本目以降の動画も、涼夏一人で撮れる形にした。つまり、実質私は何もしていない。作ったものを食べただけだが、それは別に妹にもできる。
「千紗都は精神的支柱だから」
帰り際、涼夏が私の目をじっと見つめてそう言った。妹の目もなかったので、軽く口づけをしてから、二本目の動画も期待していると言ったら、涼夏が「どうかなぁ」とおどけながら肩をすくめた。
「まずは全員、一本目でしょ」
「それはそうだ」
なんだかんだと、二人は動画を撮り終えた。そろそろ私も自分の動画に取りかかるとしよう。
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