第34話 動画(2)
三学期に入ってから寒さは一層厳しさを増しているが、日の入りの時間は少しずつ遅くなっている。今は十七時半くらいだろうか。時間が同じでも、暗いと活力が失われるので、日が長くなるのは大歓迎である。
もっとも、こうも寒いと何もする気が起きない。今日は涼夏がバイトなので、また絢音と二人でファミレスだろうか。あるいは、これから古沼までの道のりで話す内容によっては、新しい活動が生まれるだろうか。
「考えたんだけど、それぞれがチャンネルを作って、アクセス数を競い合う感じにするのはどうだろう」
校舎を出てすぐに、涼夏が口火を切った。結局午後の授業中、ずっと考えていたらしい。
それぞれがチャンネルを作るというのはいい考えだと思う。もちろん、帰宅部としてチャンネルを作り、そこに集約した方が動画の本数は増えるが、あまりにもジャンルがバラバラでは視聴者も困惑するだろう。だからと言って、せっかく私以外、個性的なメンバーが揃っているのに、その個性を活かさない手はない。
「この先、続けるかもわかんないし、いかにもこれからどんどん動画がアップされるように見せかけて、最初の一本しかアップされないとかも、まあそれはそれでありかな」
言い訳ではないが、元々帰宅部は何かを一度しかやらないことも多い。もちろん、カラオケやボードゲームのような定番の遊びは頻繁にやっているが、何かに特化したらそれはもう帰宅部ではないという意見もある。
私の言葉に、涼夏は大きく頷いたが、絢音は考えるように視線を落とした。
「私、せっかくだし、何か音楽的なチャンネル作ろうかなって思ってるけど」
「それはもちろんいいし、むしろそれが正しいあり方だと思うよ?」
「弾き語り?」
「そうだね。元々何かやりたいなって思ってたけど、面倒くさい思いが勝ってたんだよね。いい機会だから、ちゃんと作ろうかな」
YouTubeには、女子高生の歌ってみた系の動画が山のようにある。中にはとんでもなく歌が上手な女子高生もいるが、その点に関しては絢音も負けていない。弾き語りであれば差別化もできそうだが、果たしてどうなるか。
「そういう意味では、涼夏のお料理チャンネルも負けないね」
私が思考過程をすっ飛ばしてそう言うと、涼夏が苦笑いを浮かべた。
「私はお料理チャンネル決定なんだね? まあ、そのつもりだけど」
アクセス数を稼ぐなら、涼夏なら顔出しすれば一発である。ただ、涼夏も私ほどではないがネットに自分を晒したいと思っていない一人だし、果たしてどういうチャンネルになるだろう。
「問題は私だ」
深く息を吐いて、わざとらしく顎に手を当てた。
ここまで企画しておきながら、自分の動画を何も考えていない。そもそも個別にチャンネルを作るつもりはなかったし、素敵な仲間たちを売り込むために、裏方に徹するのもありかと考えていた。
「まあ、千紗都が何をするかは自分で考えてもらうとして、動画は協力して作ろうか。勝負とは別に」
「それはいい案だね。帰宅部の活動としてやりたいし、みんなで力を合わせた方がクオリティーも上がるだろうし」
絢音がすぐに賛同する。私も元々一人でやるつもりはなかった。競争は副次的なものとして、あくまで三人でワイワイやりながら動画を作るのが活動の目的だ。
「三人か」
ヴァルハラに行ってしまった仲間のことを思い出しながら呟くと、涼夏が優しげな微笑みを浮かべた。
「とりあえず声かけてみる?」
「そうだね。たぶん乗って来ないと思うけど、声をかけなかったらかけなかったで拗ねるし」
「とても面倒くさい女だ」
涼夏が難しい顔で腕を組み、私は思わず絢音と顔を見合わせて笑った。
その日はいつも通りに時間を過ごして、後日奈都にも声をかけてみた。案の定、奈都は考える素振りすら見せずに言った。
「みんなの作る動画、楽しみにしてるね」
乗って来ないだろうとは思っていたが、その予想は外れてくれてよかった。涼夏とてデジタルコンテンツに強いタイプではないが、積極的に挑戦しようとしている。奈都にはどうもそういう気概がない。
もっとも、自分の興味のあることにしか熱くなれないのは、オタクによく見られる傾向である。そう言うとまた奈都は怒るだろうから、達観した眼差しで見つめると、奈都が不満げに唇を尖らせた。
「私は帰宅部じゃないからね?」
私のことが好きで、みんなとも仲良くしたいと言っている割には、こういうところはドライな子だ。
もっとも、気乗りしないことをやらせるのは、帰宅部の理念に反するので、奈都には動画判定員の一人になってもらおう。
気が向いたら参加してくれればいい。そう言うと、奈都は「わかった」と満足そうに微笑んだ。
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