第30話 さがす(1)

 新学期が始まると恒例の席替えがあり、また教室の景色が変わった。絢音も涼夏も少し近くなったが、前後や隣にはなれなかった。

 隣だった川波君も遠くなり、教室のドアから私の席の動線上にいなくなった。そっちは別にいいのだが、まったく絡みのない相手よりは気楽だったかもしれない。壮絶な勘違いを引き起こす可能性があるから、本人には言わないけれど。

 3学期は期間が短く、行事も大して何もない。3年生は卒業式があるが、先輩との絡みのない私にはただの休日である。中1の時はバドミントン部の先輩の卒業を悲しんだりしたものだが、もはや遠い昔のことだ。奈都は先輩との別れを悲しんだりするのだろうか。あるいは去年、悲しまれたりしたのだろうか。そういうのはとても学生っぽくて、部活に青春する気持ちもわからないでもない。

 他には2月に合唱コンクールなるものがあるが、歌うのは別に嫌いでも苦手でもない。見せ場もないだろうし、言われるまま練習していたら自然と過ぎて行くだろう。

 そんなわけで、ぼーっとしていたらあっという間に終わってしまうのが3学期である。しかも寒い季節で、活動意欲も著しく低下する。さっさと帰って、暖かい部屋でココアでも飲んでのんびり過ごしたい気持ちもあるが、たぶん15分くらいで退屈して寂しくなるだけだろう。

「そういうことだから、私たちは意欲的に活動しなくちゃいけない」

 拳を握ってそう訴えると、絢音が可笑しそうに頬を緩めた。

「例えば?」

「特に何も考えてないけど」

「千紗都のそういうとこ、大好き」

 絢音が机の上に肘をついて、キラキラした目で私を見つめる。どういうところかさっぱりわからないが、きっと褒められたのだろう。

 涼夏は今日はアルバイトで不在。明日は絢音が塾なので、3学期に入っても相変わらずどちらかとしか遊べない日が続くが、私だけが暇しているので仕方ない。絢音は塾に加えてバンドの練習もあるので、1月は一人になることも増えそうだ。奈都は素行不良なので、相変わらず帰宅部には顔を出さない。

「卓球でもする?」

 ラケットを振る仕草をしながらそう言うと、絢音は大きく頷いた。

「そういうのもいいね」

 言っておいて何だが、卓球という気分ではなかった。一つのアイデアから発想が膨らむかと思ったら、絢音は私について来るのが好きだという、基本設定を思い出した。

「西畑さんの意見は?」

 あまり期待せずに尋ねると、絢音は悪戯っぽく微笑んでルーズリーフを取り出した。

「一つ、案がある」

「あるなら先に言って。危うく卓球になるところだった」

「別に卓球でも良かったけど」

 絢音がそう言って、ルーズリーフにシャープを走らせた。3行に渡って、『千紗都を探せ!』と大きな文字で書かれる。私の名前を漢字で書くところがさすが優等生だ。奈都や涼夏なら、間違いなく『ちさとを探せ!』になっていただろう。

「で、これは?」

 ウォーリー的な響きだと付け加えると、何のひねりもなく「ウォーリーだね」と絢音が笑った。内容もまたそのままだった。

「街で写真を撮って、その中から千紗都を探すゲーム。涼夏とナツにやってもらおう」

「作る側やりたそう」

「楽しかったら、『涼夏を探せ!』とか作ってくれたら、私が探すよ」

 そう言って笑いながら、絢音がスマホを取り出した。早速1枚撮ってみようと言われて、私は一人でスマホを持って廊下に出た。授業が終わってから30分くらい経つが、廊下はまだ生徒たちで賑やかだ。人と声を掻いくぐって外に出ると、教室の窓から見える場所に移動して、無料の通話アプリをタップした。

 見上げると窓から絢音が顔を出していて、スマホから絢音の声がした。

『奥の木の方に行って、正面カメラ目線と、カメラ目線じゃないのを撮ってみたい』

 指示に従って移動する。撮る時はスマホはポケットに入れて、少ししてからかけると、小さすぎたから移動してと言われた。なかなか大変だ。

 何枚か撮って教室に戻ると、早速写真を確認した。同じ制服の生徒が20人くらい写っている。私も隠れているわけではないから、20分の1と考えると難易度は低めだ。もっとも、私は自分がどこにいたかわかっているからそう感じるだけかもしれない。

「木の陰から、体を半分だけ出してるとか、花壇の向こうでしゃがんでるとかした方がいいかなぁ」

 そう提案すると、絢音は写真を指でズームしながら、「難易度によるかなぁ」と呟いた。

 私も撮る側に回ってみたくなったので、今度は絢音に外に出てもらう。私も移動して、別の風景で撮ってから同じように確認した。今度はもっと生徒の多い場所で、しかもベンチに腰掛けているという構図なので、なかなか難易度は高い。

「同じ写真に入れたらいいんだけどね。ウォーリーも、ウォーリー以外のキャラクターも探せるし。千紗都を探した後は、実は私もいるみたいな」

「それ面白そう」

 パチンと手を合わせて賛同する。ただ、問題は誰に撮ってもらうかだ。涼夏にはプレイヤーになって欲しいし、この帰宅部ノリの遊びに、他の人を巻き込むのも忍びない。そう伝えると、絢音も小さく笑って頷いた。

「確かに。莉絵とかも、1枚だけなら付き合ってくれるかもだけど、こんなことに何時間も付き合わせられない」

「そもそも帰宅部の活動だしね」

 すでに絢音がルーズリーフにタイトルを書いてから、1時間近く経っている。撮影は地味に時間がかかるし、階段の昇降もなかなか大変だ。積極的に人を誘える遊びではない。

 コートを着て帰路につくと、古沼に向かって歩き出した。途中の公園で、今度は少しだけ隠れた写真に挑戦してみる。出来た写真を確認すると、やはり人が少なくて簡単だった。もちろん、間違い探しと同じで、知らなければそれなりに悩む可能性はある。

「出来れば少し高いところから撮りたいね。歩道橋とか」

「古沼まで行けば、人もいっぱいいるし、高い場所からも撮れそうだね」

「カメラ目線じゃない写真の盗撮感がすごい」

「それ思った。たくさん集めたら、完全に私のストーカー」

「実はこれは偽企画で、本当はただ、千紗都の写真が欲しいだけでした」

「普通に撮ってくれていいから」

 ああだこうだ喋りながら、古沼を目指す。仁町女子の集団と一緒になったので、木を隠すなら森の中だと、絢音に写真を撮ってもらったら、盗撮感がさらにアップした。

「ギリギリアウト寄りのセーフだね」

 私が苦笑いを浮かべると、絢音がふるふると首を振った。

「完全にアウトだと思う」

「おい、撮った本人」

「撮らされた。千紗都は自分が入ることで、仁町女子の女の子が撮りたかった」

「どうせならみんなコート着てない時がいいね。興味ないけど」

「私はある」

「お巡りさん、この人です」

 テンポ良く言葉を投げ合って歩いていると、やがて前方に古沼のビル群が見えて来た。早速絢音と一緒に歩道橋に上がり、絢音を残して反対側に降りた。学校でしたのと同じように電話をしながら、何枚か撮ってみる。

 いつもは歩かない方向だし、人の数も多いし、なかなか難しそうだ。

「全部同じ服だから、わかりやすいかなぁ」

「ウォーリーも全部同じ服だけど」

「そういう意味じゃない。次は寒いけどコート脱いでみる」

「私はあったかいビルから撮影するね」

「『絢音を探せ!』に変えようか」

「涼夏もナツも、私より千紗都を探したいでしょ。特にナツ」

「バンド仲間にも遊んでもらって」

「じゃあ、数枚撮ろう」

 写真が撮れそうな窓のあるビルを見つけたので、中に入ってみた。絢音に外を歩かせて、エレベーターで上に上がる。一応病院とか何とかセンターとかが入っているビルだから、一般人が入っても問題はないだろうが、窓に張り付いて写真を撮っていたら、後ろから警備員に声をかけられそうな緊張感があった。

「これは何かやましい遊びだ」

 絢音と合流すると、写真を見せながらそう言った。写真の方は、難易度が高すぎて撮られた本人すらわからないレベルだった。

「やっぱり上から撮るのはいいね。まあ、識別できる情報量が減るけど」

 小さくなるのは仕方ないとして、高くなればなるほど頭と肩くらいしか見えなくなる。そうなるともう、雰囲気とオーラでくらいしか判別出来ない。

「オフィスビルはやめよう。商業施設の方がいいね」

「2階くらいが無難かな。4階はやり過ぎた」

 あれこれ相談しながら、さらに写真を撮り続ける。時間が経つにつれて人が増え、景色も彩度を失ってより難しくなった。疲れたのもあり、マックで反省会を開くことにする。

 シェイクを飲みながらスマホで写真を確認していると、だんだん冷静になってきた。撮っている時は楽しかったが、何だか涼夏に苦笑いされそうな気もする。

「私はバンドメンバーにこれをやらせる勇気はないかな。完全に帰宅部のノリだね」

 言い出しっぺが澄ました顔でそう言った。私たちはすでに楽しかったので、最悪遊んでもらえなくても元は取った気分だが、せっかくだから私たちを探して欲しい。

「絢音が、練習サボって何してるんだって怒られるのも嫌だし、帰宅部限定コンテンツにしよう」

 そもそもバンドの本番まで時間がないのに、くだらない遊びに付き合わせてしまった。私が言い出したことではないが、絢音には帰宅部よりバンドを優先してもらった方がいい気がしないでもない。特別なことが出来る人間は、特別なことをするべきだ。そんなことを考えていたら、絢音が私の指をつまんで柔らかく微笑んだ。

「私は帰宅部の優等生でありたい」

「それはどうも」

 絢音の言葉は有り難く思う。独占している罪悪感のようなものはあるが、私がそれを抱くことを、絢音はきっと望んでいない。

 居心地の良い部活にしたい。部長としては、そんなふうにも思う。

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