第29話 抱負 2.1月1日

 迎えた元旦は、9時頃親に起こされて、寝ぼけ眼で雑煮を食べた。

 帰宅部の3人からはすでにあけおめメールが来ていて、私も返しておいた。そして、その3人以外からは何もなかった。私の方からも送っていないのでいいのだが、本当に狭い人間関係で生きていると思う。

 昔は年賀状という文化があったらしいが、今はもう廃れてしまった。私も涼夏の家の場所は知っているが住所は知らないし、絢音に至っては家を見たことすらない。もちろん、小中学校時代の友達からも1枚も来なかった。

 テレビでは恒例のニューイヤー駅伝をやっている。天気は上々。群馬県には一生行くことがないような気がするが、温泉もあるし、茨城県よりは行くかもしれない。

 母方の祖父母の家は、車で1時間ほど。メイクだけしておいて、出発までは宿題をして過ごした。明日からは思い切り遊びたいので、なんとしても今日中に終わらせたかったが、前半バイトをしていたこともあって、ちょっと終わりそうにない。今夜涼夏が来たら、二人で一緒に進めてもいいが、せっかくだからゲームがしたい気もする。

 祖父母の家では、スマホをいじりながら、愛想だけは良くして時間を潰した。久しぶりの親戚とも話すことはないし、向こうも年頃の女子高生を相手に、どう接していいか困っているようだった。

 この微妙な居心地の悪さを感じているのは私だけではないようで、帰宅部グループは一日中メッセージが途切れることがなかった。なお、お年玉は中学生だった去年よりも多かった。大変有り難い。

 夕ご飯だけは親戚と一緒に食べると、明日はバイトがあるからと言って一人で帰路についた。親にそう言えと言われたのだが、確かに友達と遊ぶからと言うよりは納得感がある。労働する者はいつだって敬われるものだ。

 予定よりだいぶ遅く中央駅で涼夏と合流すると、会って早々泣きつかれた。

「遅いー。店はどこもやってないし、暇だった」

「ごめんごめん。涼夏が来ることは言ってないし、なかなか抜け出しづらかった」

 髪を撫でながら慰めると、涼夏は私の首筋に顔をうずめながら、両手で背中を引き寄せた。

「千紗都の匂いがする……」

「それは帰ってからにしよう」

 軽くあしらって引き離すと、涼夏は驚いたように目を丸くしてから、何やら恥ずかしそうに俯いた。

「なんだその台詞。新年早々、誘惑されたぞ?」

「まったくしてない」

 手を繋いで電車に乗る。涼夏の方は家族行事はどうだったのか、すでにメッセージで聞いてはいたが、改めて話題に出してみた。

「そっちはだいぶ早かったよね」

「んだね。毎年淡白」

「お父さんとは?」

「妹は明日会うみたいなこと言ってたな。私は別にいいや。お年玉より、明日1日のバイト代の方が多いだろうし」

「バイト代か」

 年末頑張って働いたが、お金はまだ振り込まれていない。夏もそうだったが、働いた日に現金でもらえるような契約ではないので、どうしてもひと月ほどズレてしまう。ただ、夏は夏休みの間に使いたかったので、働いた時間を親に申告して、前借りしていた。今回はお年玉があるので、そういうことはしていない。

「明日は何か福袋でも買おうと思ってる」

「うちで?」

「申し訳ないけど、それはないかな」

「うん。別に千紗都が買ってくれても私のバイト代は変わらないから、好きな化粧品でも買って。私もバイトは夕方までだから、それから1つくらい買おうかな」

「福袋はみんなで開けるのが楽しいよね。したことないけど」

 あくまで想像だが、福袋の中身が全部気に入ることはまずないだろう。だから、何人かで持ち寄って交換するのが楽しいだろうし、無駄も少なくて済む。涼夏とならサイズがほぼ同じだし、趣味も違うので、服を買うのもいいかもしれない。

「絢音はどうするかなぁ。貴重なお年玉を、博打みたいな福袋に使わせたくない」

「そうだね。自分で買いたいって言ったらともかく、買わなくちゃいけないような空気は作らないようにしよう」

「買わなくていいって、20回くらい言うよ」

「逆効果だから!」

 取り留めもない話をしながら、家路を辿る。スマホを見ると、他の二人から「既読すらつかない」と悲しげなメッセージが来ていた。誰かと一緒にいる時は、その場にいる人に集中する方針なので諦めてもらおう。もちろん、二人も冗談で書いているだけだ。

 家に帰ると、とりあえず面倒なお風呂を済ませるべく、自動のボタンを押した。お風呂と歯磨きさえ片付ければ、後は寝たい時に寝ることができる。

「新年早々、千紗都と過ごせるなんて、私はとても幸せだ」

 涼夏が私のベッドの端に腰掛けて、うっとりと目を細めた。

「私も、新年早々、涼夏と過ごせるなんて、幸せだよ」

 同じように柔らかく微笑んでそう言うと、涼夏は急に顔を赤くしてもじもじと指を絡めた。私は呆れながら手を振った。

「いや、その反応はおかしいでしょ」

「ドキドキした」

「同じこと言っただけだから。自分の台詞を顧みて」

「言うのはいいんだよ。ほら、片想いだから、言われるのは慣れてない」

「両想いだから! 私も涼夏のこと愛してるから! 結婚するから!」

 心外だと大きく首を振り、両手で肩を持って間近でそう訴えると、涼夏は感情を忘れたようにパチクリとまばたきをした。可愛かったので、10秒くらいキスをしてから肩を離すと、涼夏が唇に手を当ててはにかんだ。

「今年、初チュー」

「そういうのいいから。夜、いっぱいするから」

 呆れながらそう言うと、涼夏はベッドに倒れ込んで、私の枕を抱きながらごろごろと転がった。

「もうダメ。言葉だけでイキそう」

「涼夏、今日、変だよ?」

「いや、私じゃない。千紗都が可愛い」

 恥ずかしそうに枕に顔をうずめて、ブンブンと首を振る。どうでもいいが、先にメイクを落として欲しい。

 お風呂が沸いたので、とりあえず枕を引き剥がして体を起こさせた。

「お風呂、一緒に入ろ」

 当たり前のようにそう言うと、涼夏は変な悲鳴を上げて両手で顔を覆った。

「ひぃっ! 千紗都、一体どうしたの? 今年はそういうキャラで行くの?」

「どういうキャラ? 24時間前と同じだと思うけど」

「千紗都と二人でお風呂とか、初めてだし」

「泊まりに来るのが初めてなんだから、そりゃそうでしょ」

 なんだか変なモードに入っている涼夏を浴室まで引っ張って、服を脱いだ。涼夏は他人の家で緊張しているのか、突っ立ったまま動こうとしない。仕方がないので、バンザイさせて服を脱がせた。

「ヤバい。脱がされるの、恥ずかしい」

「じゃあ、自分で脱いで」

「いい」

 良くない。上を全部脱がせてから、スカートのホックを外した。最後にタイツと一緒に下着も下げると、涼夏は胸を隠すように腕を組んで、自分の下着を見つめていた。とびきり可愛い上、白い肌がとても綺麗だ。私も全部脱いで、なんとなく抱きしめると、涼夏が奇妙な声を上げてから、恐る恐る私の背中に手を回した。

 すべすべした肌が気持ちいい。擦れ合う太ももはひんやりしている。ふんにょりと押し付けられる胸の柔らかさがとても官能的で、脳が痺れて、だんだん体が熱くなってきた。

「涼夏……」

 囁きながら唇を重ねると、涼夏はせわしなく私の背中を撫でながら舌を絡めた。

 しばらくむさぼるようにキスを楽しんでから浴槽に入る。涼夏はクスリでもキメたように、焦点の定まらない目でぼんやりしていた。仕方がないので髪と体を洗ってあげると、くすぐったいのか涼夏が時々我慢するように声を漏らした。なんだかエッチだ。

「メイクは自分で落としてね」

「うん……」

「大丈夫? 様子がおかしいよ?」

「大丈夫。私も千紗都の体を洗う」

 語彙力が乏しい子供みたいにそう言うと、私を椅子に座らせて手でボディーソープを泡立てた。私の背中に体をぴったりとくっつけて、全身に手を這わせる。なるほど、確かにこれは変な声が出そうになる。

「千紗都。私、今年で一番幸せ」

 涼夏が耳元で熱っぽく囁いた。冗談を言っている口調ではないが、どう考えても冗談だろう。今年はまだ始まってから20時間くらいしか経っていない。

 放っておくと永遠に洗い続けそうだったので、適当なところでやめさせて体を流した。湯船で今日の話を聞こうと思ったが、涼夏は熱でもあるようにぼーっとしていたのでやめておいた。

 お風呂から出て体を拭く。髪を乾かして部屋に戻ると、涼夏が裸のままベッドにダイブした。

「幸せな時間だった。絢音とナッちゃんに悪いから、今度二人ともお風呂に入ってね」

「涼夏は、本当に私のこと、大好きだね」

 背中からお尻のラインがとても美しい。見ていて恥ずかしいので、服を着せてあげたいが、勝手にバッグをあさってもいいのだろうか。

 パジャマを着てベッドに腰掛けると、涼夏は私の腰に手を巻き付けて、太ももに顔をうずめた。部屋は暖房を入れているが、裸のままで大丈夫だろうか。

「風邪引くよ?」

「服着せて」

「別にいいけど。涼夏こそ、今年はそういうキャラで行くの?」

「そこまでいつもと違うつもりもない」

 着せてという割には、涼夏は私に抱きついたまま動こうとしなかった。仕方がないので布団をかけてあげて、まだ少し湿り気の残る髪に指を梳かす。

「何する? ゲームとか持ってきた?」

「持ってきたけど、千紗都が可愛すぎてそんな気分じゃない」

「意味がわかんない。まあ、私も昨日の疲れが残ってるし、お喋りでもしようか」

 まだ22時前だが、涼夏は明日は朝からバイトだし、早く寝るに越したことはない。

 ベッドから起き上がって、歯を磨いてトイレに行って戻ってくると、涼夏はベッドに横になったままだった。歯は家で磨いてきたようなので構わないが、パジャマは着ないのだろうか。

 そういえば私が着せてあげることになっていた気がしないでもないが、面倒だったのでそのまま電気を消してベッドに潜り込むと、涼夏が驚いたように声を上げた。

「あれ? 私のパジャマは?」

「知らない。知恵の実を食べる前のイヴみたいだよ?」

「十分恥ずかしいから!」

 覆いかぶさるように涼夏を抱きしめると、その弾力と温もりに胸が熱くなった。しばらく抱きしめ合ったままじっとしていると、涼夏がぽつりと切り出した。

「昨日のバイトはどうだった?」

「ん? 普通だった。急に普通に戻った?」

「そんなことはないけど。お喋りするって言ってたから」

 涼夏の吐息が首にかかる。布団からいい香りがする。いつも涼夏が、私はいい匂いがすると言っているが、涼夏も同じだ。

 バイトの話をして、宿題の状況を確認し合って、絢音が1月にやるライブの話をして、明日の福袋の話をして、取り留めもないことをグダグダと喋っていたら眠たくなってきた。

「涼夏は、今年の抱負みたいなの、何か考えた?」

 しっとりと汗ばむ体を撫でながら聞くと、涼夏は私にしがみつきながら首を振った。

「特に何も。まあ、千紗都と仲良く過ごせて、楽しく帰宅部の活動ができたらって思うよ」

「冬遊び会議も開かなくちゃだね。停滞は後退だっていうから。現状に満足して歩みを止めたら、そこからもう衰退が始まるの」

「難しいことを言うなぁ。遊びのレパートリーは増やしたいね」

「これからまだまだ寒くなるし、お金のかからない屋内の遊びは増やしたい」

「もっと3人で遊びたい気持ちもある。バイトのシフトの問題もあるけど」

 涼夏が眠そうにそう言って、ぐったりと私の体に寄りかかった。

 春からずっと、涼夏は絢音の塾の日程とずらしてバイトを入れている。二人はそれを「千紗都シフト」と呼んでいるが、私が一人にならないように組まれたそのシフトのために、逆に3人であまり遊べなくなっている。

「ナッちゃんが週に1日くらい、千紗都の相手をしてくれたらいいんだけど」

「別に一人でも平気だから。奈都は部活大好きだし、私と遊ぶっていう理由で休むことはないと思う」

「千紗都が一人でも平気な気がしない。また私に叩かれに来る?」

 懐かしい話を持ち出して、涼夏がくすっと笑った。私が寂しくてナンパに引っかかりそうになった話は、あの後しばらくしてから話した。予想通り随分心配されたが、今では笑い話になっている。

「涼夏がバイトを減らすとか」

「それはないな。ナッちゃんの部活と同じくらい、私もバイトがやりたいんだよね」

「みんな、遊ぶ以外にやりたいことがあって偉いなぁ。私は今年も、引き続き趣味探しをしよう」

「私は、焦ってるのか余裕なのかよくわからない、今の千紗都が大好きだけどね。どうせなら、一緒にできる趣味を探してね」

「もちろん、そのつもり」

 そこで会話が途切れたので、それ以上は喋らずに唇を触れ合わせた。

 腕の中で、鼻息を荒くして舌を絡めて来る愛友が愛おしい。私も今のところ、今日が今年一番幸せな日だ。もちろん、1月1日だから当たり前だけれど。

 今日は夢は見られるだろうか。富士山や鷹もいいけれど、せっかくなら愛友たちとの楽しい夢が見たいと思う。

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