第26話 友達(3)

 その後もだらだらと喋って過ごして、そろそろ帰ろうと駅に向かった。

 涼夏が「それにしても」と静かに切り出して、私の顔を見た。ほんのわずかに視線を逸らせて続ける。

「ナッちゃんが女同士の恋愛最高ってカミングアウトしたのには、少なからず驚いた。そんな気はしてたけど」

 一瞬何のことかと思ったが、そういえばカフェでそんな話をしていた。私は不思議に思って首を傾げた。

「奈都は前から私を好きだって言ってたし、涼夏も絢音も私にキスしてきたし、私もみんなのこと大好きだし、そんなに不思議?」

 もちろん、恋愛を女同士でするのがマジョリティーとは言わないが、少なくとも私の周りではそれが普通になっている。涼夏は少しだけ考えるように首を傾げてから、軽く自分の頬に触れた。

「私は男女の恋愛に嫌悪感があるし、千紗都はトラウマがあるし、絢音は男があんまり好きじゃない。でも、ナッちゃんはそういうのに関係なく、元から女の子が好きな気がする」

「同性愛者ってこと?」

「ぶっちゃけると、そう。もちろん、ネガティブな意味では言ってないし、私自身、今は千紗都が大好きだ」

 それは必要のないフォローだった。私はそれに何の偏見もない。

 ただ言われてみると、中学時代、奈都はそれを隠すために、わざと私と一定の距離を取っていたように思える。そして、最近はそれを隠していない。

 いつからか考えて、ふと思い出した。

「そういえば、夏休みにみんなで涼夏の家で宿題をやった帰りに、奈都に女の子同士の恋愛をどう思うかって聞かれた」

「なんだそれ」

 涼夏が興味を惹かれたように目を見開いた。あの日は確か、私が涼夏とキスをしたことがあると言って、少しだけ空気が悪くなった。その帰り道にその質問をされて、私が何の偏見もないと答えた後、奈都はとても嬉しそうにしていた。もちろん、奈都が私を好きだという意味で言ったのはわかっていたが、深いところまでは理解できていなかった。

「そっか。あれ、そういう意味だったのか」

 すっかり忘れていたが、過去の疑問が一つ解消されてすっきりした気持ちでいると、ポケットでスマホが震えた。見ると絢音からで、「愛友の次は何に進化するの?」と書かれていた。そのまま涼夏に見せて尋ねる。

「友達は愛友で終わりだな。その先はもう恋人でしょ」

 涼夏が明るい声でそう言った。確かに、抱き合ってキスするような仲を越えたら、さすがにそれはもう友達ではない。

「涼夏の目標ゴール地点は?」

 少しだけからかうように目を細めると、涼夏は私の目を見て、微かに怯えるように眉をゆがめた。

「私が本気で付き合ってって言ったら、千紗都はどうする?」

「涼夏が私と恋人同士になりたいのなら、私は別に構わないけど」

「千紗都は私と恋人同士になりたいの?」

 それは難しい質問だった。私はそもそも恋愛に興味がない。

 なるほど。涼夏も私と同じだと思っていたが、涼夏は男女の恋愛に興味がないだけで、私とはずっと違うことを考えていたのだ。

「私には、愛友と恋人の差がよくわからない。言葉一つで涼夏ともっと仲良くなれるならなりたいと思うけど、奈都も含めて、今の帰宅部の関係を崩したくない。まずはそれが絶対」

 もしかしたら、それはずるい答えだったかもしれない。あるいは、遠回しな涼夏の告白を、遠回しに拒否してしまったかもしれない。不安げに様子を窺うと、涼夏は呆れたように息を吐いて頷いた。

「私、高校を卒業したら家を出ようと思ってる。その時に、もし可能なら千紗都と一緒に暮らしたい」

「奇遇だね。私も同じだ」

 私がそう言うと、涼夏は嬉しそうに私の手を強く握った。

「それが、今のところの目標ゴール地点。だから、恋人じゃなくてもそれが出来るなら、愛友のままで全然いいし、もちろんその計画に絢音も賛同してくれたら嬉しいよ」

 その一言に、私は小さく安堵の息を吐いた。私は涼夏と絢音に優劣をつけていないが、たぶん涼夏はそうではない。その温度差が私たちの関係に影響を与えることを、私は密かに恐れている。隠すことでもないので、はっきりそう言ってみると、涼夏は楽しげに笑った。

「私、絢音のことも大好きだよ? ただ、千紗都の好きと絢音の好きは種類が違う。それは優劣じゃない」

「なるほど。そもそも恋愛をまったく意識してない私には無い区別だ」

「似てるようで違うのがいいね」

 そう言って、涼夏が屈託のない笑顔を見せた。思いの外、難しい話になってしまったが、私たちの仲は何も変わっていない。何よりもそれが嬉しい。

 別れ際、涼夏が恥ずかしそうに微笑んだ。

「それにしても、私が告白したらOKしてくれるっていうのには、涼夏さん、ちょっとドキドキしました」

 カフェでは随分大人びた表情をしていたが、急にまた子供のように照れている。本当に可愛い子だ。

 少しだけいじめよう。いじめる振りをして、私も少しだけドキドキしている気持ちを伝えておこう。

「涼夏、愛してるよ」

 真っ直ぐ目を見てそう言って、ふわっと涼夏の体を抱きしめた。そして、周りに人がたくさんいることなど構うことなく、涼夏の顔に唇を押し付けた。

 腕の中で涼夏の驚く気配がする。少し体を強張らせていたが、やがて力を抜いて私の背中を引き寄せた。

 さすがにフレンチキスはやめておこう。軽く唇を触れ合わせて顔を離すと、涼夏が頬を染めてうっとりと目を細めた。

「千紗都さん、大人だわー」

「なんかそれ、聞いたことある」

 二人でくすくすと笑い合う。今はこれでいい。これがいい。今この場所にも、春からゆっくり歩いて辿り着いた。だから、次の場所にもゆっくり歩いて行こう。それが私の、今の目標。

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